これからもよろしくお願いします
「あの、ベルダ様。私たちは婚約者なのですから、何かあった時に話し合いをするのは、当然のことだと思うのです」
「え、うん。そうだね?」
……遠回しに言い過ぎたかしら。あまり伝わっていないみたい。
「ですから、ベルダ様から彼女のお話を聞くことは、賭けでお願いされずとも、当然すべきだった、私の義務なのです」
「うん……?」
何を言いたいのかわからないというように首を傾げるベルダ様に、今度ははっきりと言ってみる。
「ですから、賭けで私に勝ったお願いの権利は、また別のことに使ってもらって大丈夫ですよ」
「……えっ」
賭けに勝てば私がお願いをきくと言った時、彼はちょっと様子がおかしくなるほど喜んでいた。そして、彼はとても努力して、その権利を勝ち取ったのだ。私にできることがあるのなら、叶えてあげたいと思う。
「……といいますか、ベルダ様が、賭けなんてなくても私のお願いをきいてくださると言っていた気持ちが、今はわかるような気がします。ベルダ様も、一つと言わず、私にできることなら何でも言ってください」
「ひえっ、わ、おぁ、ど、どうしたのルナリア! 突然のサービス過多なんだけど、これどんな異常事態!? 配信終了!? 俺死ぬの!??」
ベルダ様はとても混乱しているみたいだ。
でも、どうしたのかと訊かれたら、私はその疑問に、単純明快なひとつの答えを持っている。
「ただ、私があなたをお慕いしているからですよ」
「……ルナリア」
好きだから、彼のために何かしてあげたい。これは、そんな単純な気持ちだ。
呆然とこちらを見る彼に、私はもう一度告げた。
「あなたが好きです、ベルダ様」
「ルナリア……!」
彼の顔が、泣きそうに歪んだ。
そして気がつくと、ベルダ様のたくましい腕の中に閉じ込められていた。少し驚いたけれど、全く嫌なんかではなくて、むしろ、ずっとこうしていたいほどに心地いい。
そっと彼の背中に手を添えると、彼の腕に、ぎゅっと力が込められる。
「……嬉しい。本当に嬉しい。ルナリア、俺も大好きだよ。生まれる前から好きだったって、もう言ったよね?」
ーー『生まれる前から好きでした。ルナリア嬢、今すぐ結婚してください』
それは確か、記憶を取り戻したベルダ様の、第一声だった。あの時は、伯爵様に殴られたせいで頭がおかしくなってしまったのではないかと思ったけれど、今はこんなにも嬉しいなんて、なんだかおかしい。
「ふふ。はい、聞きました。……私も、嬉しいです」
幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。少し前まで、あんなに嫌な気持ちで胸が張り裂けそうになっていたのに、彼といると、私はこんなに簡単に幸せになれるのだ。
彼が前世を思い出してくれて、本当に良かった。あの件がなければ、間違いなく私たちの婚約は上手くいっていなかっただろう。
前世が実際にあるのかなんて、本当はよくわからない。けれど、彼が変わったことだけは事実で、私を愛してくれる彼がここにいるのだから、もうそれだけでいい。
……大好きです。私の婚約者様。これからも、よろしくお願いしますね。
馬車の中でしばらく抱き合っていると、ベルダ様が何か言いたげに、もぞもぞと動き出した。
「……ルナリア。あの、お願いなんだけど……今、一つ聞いてもらっても、いい……?」
彼の言葉は、先ほどの「私にできることなら、一つと言わず何でもお願いを言ってください」と伝えたことについて言っているのだろう。
「はい、もちろん」
「じゃあ、その……手を、繋ぎたいんだけど、いいかな?」
「はい。いいですよ」
差し出された手に、そっと自分の手を重ねる。そういえば、エスコート以外で手を繋ぐのは、初めてかもしれない。さっきまで抱き合っていたのに、手を繋ぐことなんてたいしたことではないと思っていたけれど、なぜか少し緊張してしまう。でも、なんだかじんわりと胸が温かくなってくるような気がして、思わず、繋がれた手をじっと見つめた。
「……うわぁ、ちょっと待って。自分でお願いしておいて何だけど、これ、すごくドキドキする。どうしよう、俺、手汗やばくない!?」
「ふふ、全然大丈夫ですよ」
この手を離したくないなと思う。彼と仲直りできて、本当に良かった。
「もしかして、賭けを言い出した時にベルダ様が元々お願いしたかったことは、手を繋ぐことなのですか?」
「えっ? いや、これもそうだといえばそうだけど、ルナリアがいくつでもって言ってくれたから、とりあえず言ってみただけというか」
なるほど。候補ではあったけれど、本命ではないということだろうか。
「では、もっと言ってくださってもいいですよ」
「ふぉー……! だからサービス過多なんだってばありがとうございますっ!」
なんだか、こんな風に慌てる彼を見るのが楽しくなってきてしまった私は、さらに言い募ってみる。
「だって、私もベルダ様のお願いは、できるだけ聞いて差し上げたいと思っていますから」
「ちょ、ダメだって。それ以上俺を調子に乗らせたら大変なことになるから止めて。とんでもないことになるから。なってしまうから」
とんでもないこととは、どういうことだろう。でも、ベルダ様の顔が爆発しそうなほど真っ赤になっているので、そろそろ本当に止めておいた方がいいかもしれない。
「わかりました。でも、いつでも言ってくださいね」
「俺の婚約者が小悪魔すぎる件。なんだ、ただ幸せなだけか……」
ベルダ様の前世の言葉は、相変わらずよくわからない。でも、特に意味はないらしいと、私は学んでいるのだ。
「ルナリアにお願いしたいことなんて、言い出したら本当に際限がないから。休みの日は毎日デートしたいし、お揃いの指輪とか着けてルナリアは俺の婚約者だって皆に主張したいし、それに、今だって……」
顔を赤くして、蕩けるような甘い眼差しを向けられる。そっと頬に手を添えられたことで、彼が何をしたいのか、なんとなくわかった。ドキンと胸が大きく音を立てたけれど、私はただ、彼の次の言葉を待った。
すると、ベルダ様は葛藤するように、視線を彷徨わせ始める。
「……いや、ダメだ。ごめん、ルナリア。こんなこと、賭けに勝ったからってお願いして了承してもらおうなんて、俺はなんてクズなんだ……」
ベルダ様はなぜか落ち込み始めた。そんな彼も、私には今や可愛く思えて仕方がない。
「……じゃあ、私のお願いを聞いてもらえますか? 賭けなんかしなくても、聞いてくださるのですよね?」
「へ、うん……?」
私は、自分の頬にあるベルダ様の手に手を添えて、彼をじっと見つめてみる。あの男爵令嬢のように明るく笑うことはできないけれど、彼への精一杯の想いを視線に込めてみた。
「たぶん私も、ベルダ様と同じことがしたいと考えていると思うのです。ベルダ様が先ほどしたいと思っていたことを、してくださいますか?」
「うぐっふぅ……っ! ルナリアが俺を殺しに来てる……!」
恐らくまた前世の言い回しなのだろうけれど、殺すだなんて物騒な。
「駄目、ですか?」
「……もう。そんなわけ、ないでしょ。はぁ、本当、可愛くて困る……」
頬を赤く染めた彼の顔が、ゆっくりと近づいてくる。私はそっと目を閉じた。その後訪れたのは、ただただ幸せな時間だった。
ずっと繋いだままだった手は、馬車を降りるまで、離れることはなかった。
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