会わない日々
屋敷へ戻り、明日からは一人で登校するとリリーに伝えると、一瞬心配そうな表情をされたものの、何も聞かず了承してくれた。何があったか話す気にはなれなかったので、とても助かる。
翌朝、いつものようにベルダ様が来たらどうしよう、と思っていたけれど、心配していたことは起こらなかった。
……それもそうよね。昨日、あんな風に拒絶してしまったんだもの。
私は一人で馬車に乗り込み、学園へ向かった。
少し前の状況に戻っただけだ。
それなのに、静かな馬車内にとても違和感がある。ベルダ様の、温かい眼差しが恋しい。明るい声が聞きたい。でも、今は会いたくない。こんな気持ちで会ってしまったら、私はきっとまた、彼を傷つける言葉しか言えないだろうから。
誰もいない車内を見ていたくなくて、学園に着くまでずっと、私は目を閉じて過ごした。
昼休みも、ベルダ様が私を迎えに来ることはなかった。食堂で鉢合わせしないために、リリーに頼んで料理人にお弁当を作ってもらっているので、しばらくは中庭にでも行って食べることにした。
次の魔法戦闘の授業は五日後だ。それまで、彼に会うつもりはない。今日の様子からして、きっと彼も、私の意思を尊重してくれるだろう。その間に、私は少しでも、心を落ち着けよう。次に彼と話す時に、ひどい言葉をぶつけてしまわないように。それから、彼との魔法戦闘の後、どんな結果になっても、落ち着いてそれを受け入れられるよう、覚悟もしておかなくては。
彼は、私に何をお願いしたかったんだろう。あの時は、何かプレゼントが欲しいとか、一日デートがしたいとか、そういうことかなと考えていたけれど。
今となっては、とんでもない自惚れだったような気がしてきた。
……私が勝ったら、彼は私のお願いを、受け入れてくれるだろうか。
そして五日後。
ついに、魔法戦闘の授業を受ける日がやってきた。訓練場へ到着した私は、婚約者の姿を探す。
……ベルダ様は、まだ来ていないみたい。
五日間、顔を合わせていなかったので、少し緊張する。けれど、この期間があったからこそ、頭を冷やすことができた。あの時は、あの方とはそれほど親しくないと嘘をつかれたと思って、ひどい態度を取ってしまった。冷静な判断ができていなかったとはいえ、ちゃんと謝らないと……。
そんなことを考えていると、先生に声をかけられた。
「フォスターシュ、ラングストンのことなんだが」
「はい、どうかされましたか?」
「ここ五日ほど学園を休んでいるらしいが、何か知っているか? 最近は真面目に授業に出ていたから、気になってな。今日は来ると聞いているが、もし体調が悪いなら、予定していた対戦はなしでもいいぞ」
「……え?」
ベルダ様が、学園を休んでいた?
ずっと彼を避けていて、情報も耳に入らないようにできるだけ一人で過ごしていたから、知らなかった。会わずに済んでホッとしていたけれど、まさか学園に来ていなかったなんて。
「ん? あぁ、噂をすれば、来たようだな。見る限りそれほど調子は悪くなさそうだが、一応確認しておくよ」
ベルダ様が訓練場へ入ってきたのを見て、先生が彼の方へ向かっていく。先生はベルダ様と少し会話をすると、すぐに離れていった。
一人になったベルダ様が、誰かを探すようなそぶりをした。そして私を見つけると、何かを堪えるような顔をして、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。そして私の目の前に立つと、何か言いかけては口を閉じ、意を決したように、再び口を開いた。
「久しぶり。ルナリア」
五日という期間は、久しぶりというには短いはずなのに、私もなぜか、彼と会うのは久しぶりな気がした。会えなかった日々を長く感じていたのは、二人とも同じだったのかもしれない。
「……お久しぶりです、ベルダ様。あの、学園に来ていなかったと伺いましたが、もしかして、体調が良くなかったのですか?」
私が心配する様子を見せたからか、彼はホッと息を吐いて言葉を続けた。
「あ、ううん。実は、ずっと特訓してたんだ。今日のルナリアとの対戦、絶対に負けるわけにはいかないから」
まさかそんな理由で学園を休んでいたなんて思わなくて、目を見張る。
「ルナリアが強いことは分かってるし、ルナリアと戦うのなんて嫌だけど、今日だけは絶対に勝つから、俺の話を聞いてほしいんだ」
「……お話、ですか?」
「うん」
ベルダ様は懇願するような表情で、私を見つめている。
「もしかして、あの男爵令嬢のお話ですか?」
「うん」
彼は、何を伝えたいのだろう。どうして彼女とあれほど仲良くなったのか、私に聞いてほしいということだろうか。確かにそれは、あまり聞きたい話ではない。
「……わかりました。ですが、それはベルダ様が勝ったらです。私が勝てば、私のお願いをきいていただきます」
「………………うん」
ずいぶんと間があったけれど、彼は一応了承してくれた。
「そうならないよう、頑張るよ」