周囲の変化(Sideベルダ)
最近、俺はかなり機嫌がいい。
まるで頭を石で殴られたかのような衝撃によって(俺じゃなかったら死んでたと思う)前世の記憶を取り戻し、今の自分が推しの婚約者であるという、ありえない幸運に気づいた。とはいえ、あわや婚約破棄という、絶望的状況の一歩手前だったのだが。
誠心誠意の謝罪と弁明により、なんとか推しとの婚約破棄を回避した俺は、精一杯ルナリアへアプローチした。
元来恋愛事に疎いらしい彼女には、なかなかそれが響かなくて挫けそうになりながらも、精霊祭でのデートは、かなりいい感じだった気がする。何より、あのデートはルナリアから誘ってくれたものなのだ。これはもう、このままゴールイン待ったなしだと思う。
あぁ、早く学園を卒業して、正式に彼女と結婚したい。ルナリアのウエディングドレス姿、死ぬほど綺麗なんだろうなぁ。銀糸のような彼女の髪が、真っ白なドレスの上を滑ってキラキラと輝き、アメジストみたいな紫の瞳が細められたら、きっと女神のように神秘的な美しさを放つんだろう。そして、そんな彼女の横に立つのは、この俺なのだ。幸せすぎる。
「おーい。何ニヤニヤしてんだよ」
教室で頬杖をつきながら一人妄想していると、友人がそう声をかけてきた。仕方ないだろ、ニヤニヤもするさ。こんなに幸せなんだからな。
「俺が幸せそうだからって、そう僻むなよ」
「うわ、腹立つなコイツ。そりゃ、精霊に加護を貰えたら、ニヤニヤもしたくなるだろうな! 羨ましいぜ!」
……はぁ? わかってないな。そりゃあ、精霊の加護を貰えたのはありがたいことだけど、俺が幸せなのは、俺がルナリアと結婚できるからだよ。俺にとって、いや世の中の全ての男にとって、これ以上幸せなことなんてないはずだ!
「というか、なんでみんな、俺が精霊の加護を得たことを知っているんだ?」
特に言いふらしたわけでもないのに、しばらくすると、俺が火の精霊の加護を得たことは、すっかり学園中に知られているようだった。友人だけでなく、話したこともないような奴から、「精霊の加護を得たんだって? おめでとう」なんて声をかけられるようになったのが、不思議でならない。
「そりゃ、魔法の授業ではいつも落第ギリギリだったお前が、いきなり上手く魔法を使うようになれば、誰だって気づくだろ」
「あー……」
そうか。前世を思い出す前の俺は、剣術の成績はそこそこで、魔法は正直落ちこぼれレベルだった。今は真面目に訓練をしてるから剣術は上位レベルに入っているが、魔法は正直前世の知識も役に立たないし、魔法を使う感覚なんて全くわからなくて、論理を聞いても難しすぎたため、成績は上がっていなかった。でも今は、火の魔法だけは、かなり扱いやすくなった。精霊の加護の恩恵をよく知るこの世界の人たちには、すぐに俺が加護を得たとわかったらしい。
「なるほどね。そりゃそうか」
「なぁベルダ、一体どうやって加護を得たんだ? 教えてくれよ」
友人が期待を込めた眼差しで見つめてくるが、教えるわけにはいかない。なぜなら、いくらルナリアへの愛に生きる俺でも、さすがにちょっと恥ずかしいからだ。
『アハハハハッ、オマエ、メチャクチャアツイヤツ! アノコガ、メチャクチャスキナンダナ! オレ、ソウイウヤツ、スキダゾ!』
そんなことを言いながら、火の精霊は加護をくれた。
うん、俺のルナリアへの愛の勝利だ。でも、人に言いふらすようなものじゃないからな、こういうのは。だから、お前には教えてやらん。教えないってば、しつこい奴だな。
「あの、ベルダ様。少し、お話してもいいですか……?」
しつこく尋ねてくる友人をあしらっていた俺は、その声にピタリと動きを止めた。視線を向けると、思っていた通りの人物がそこにいた。
……どうして今さら、君が俺に声をかけてくるんだ?
「フローリア……嬢」
ふわふわした長い桃色の髪を揺らしながら、上目遣いの大きな琥珀色の目でこちらを見つめる、乙女ゲームのヒロインだった。