婚約破棄寸前の二人
ざまぁはほぼありません。
糖分摂取希望の方歓迎!
私、ルナリア・フォスターシュは、今日、きっと婚約者に婚約の解消を告げられる。
「ふう……」
「お嬢様、大丈夫ですか?」
思わずため息をついてしまうと、そばに控えていた専属メイドのリリーが心配そうに声をかけてきた。
……いけない。ここはベルダ様の家である、ラングストン伯爵邸の庭園なのよ。彼がまだ来ていないからといって、気を抜いてはいけないわ。
穏やかな風が吹く庭園に用意されたテーブルには、ティーセットや美味しそうなお菓子が並んでいる。椅子はふたつあるけれど、私が座っている向かいの席は、まだ座るべき人を待っていた。
晴れ渡る青い空とは正反対に、私たちの周囲には暗い空気が漂っている。
「ありがとう。大丈夫よ、リリー。こうなることはわかっていたのだもの。来るべき日が来たというだけだわ」
「お嬢様……」
私が無表情でそう返すと、リリーは辛そうな表情で涙ぐんだ。リリーも、これから起こるであろうことはすでにわかっているのだ。
それは、ここへ呼び出された婚約者からの手紙に書かれていた文章から、彼の用件が容易く予想できたからだ。
『僕たちの関係をしっかりと清算する必要があると思う』
こんなことが書かれているのだから、彼が婚約を破棄したいと考えているのは間違いない。
それに、婚約者でありながら常に冷たい態度を取られ続けていたので、彼が私のことをよく思っていないことは、ずっと前から知っていた。
……銀髪に紫の目という冷たい印象を与える外見に加え、氷魔法の使い手であり、感情を表情に出すのが得意ではないという私だから、それも無理はないことなのだけれど。
婚約者であるベルダ様からは、事あるごとに冷たい女だと言われてきた。
彼とは、十二歳の時に政略的な婚約を結んだ。
侯爵家の一人娘であり跡継ぎである私と、伯爵家三男のベルダ様。
同い年で、顔合わせの時も特に問題がなかったからと、ベルダ様が婿に入るという形での婚約はすぐに決まった。
初めの頃は、彼も良くしてくれていたと思う。
プレゼントを贈ってくれたり、頻繁に会いに来てくれたり。
もちろん私もお返しのプレゼントを贈ったり、当主の勉強があるので頻繁にではなかったが、彼に会いに行ったりはしていた。
それなのに、いつからだろう。
彼は、だんだん私に冷たい態度を取るようになった。
笑顔を見せることがなくなり、会話もおざなりになっていって、私を避けるようにさえなった。
初めは、それほど大きな問題ではないと思っていた。
機嫌が悪い時もあるだろう。
反発したい時期もあるだろう。
周囲の人からそう言われたこともあり、私は、忙しさにかまけて様子のおかしい彼を放置してしまった。
彼に嫌われている。
私がそう気づいた時、関係を修復するにはすでに遅すぎた。
ベルダ様は、私のことは見るのも嫌だとばかりに目を合わせることさえなくなっていた。
おまけに、彼には最近、親しくなった令嬢がいるらしい。男爵家の令嬢だが、可愛らしくてよく笑う、とても愛嬌のある方なのだとか。私とはまるで正反対の人だ。きっと私との婚約を解消して、彼女と新しい婚約を結びたいと考えているのだろう。
……婚約当初は、私なりに彼との将来を楽しみにしていたから、いざこうなると悲しいものね。
私は目の前のティーカップに視線を落とし、再び小さくため息をこぼした。
「……待たせたな」
無愛想な声が降ってきて、私は顔を上げた。
長い赤髪を後ろで結んだ、私の婚約者。
緑の目を冷たく光らせた彼が、私を見下ろすようにしてそこに立っていた。
久しぶりに、婚約者と目を合わせたような気がする。
冷たく蔑むような表情をしているが、それでも彼の端正な顔立ちは損なわれていなかった。
出会った頃はまだ子供らしく可愛らしかった彼も、十七歳になった今は、ずいぶんと男性らしく成長した。すらりとした長身にほどよく筋肉のついた身体、整った顔立ち。私たちが通う学園でも、彼の容姿はよく騒がれている。
婚約者がいなければ……なんて声を聞いたのも、一度や二度ではない。まぁ、今日その婚約者がいなくなる可能性は高いのだけれど。
「今日呼び出した用件は、君もわかっていると思う」
彼はおもむろに椅子へ腰掛けると、すでに冷めたお茶に口をつけることもなく、挨拶や前置きの会話すらなく、ぶっきらぼうに本題を切り出した。そちらから呼び出しておきながら、時間に遅れたことは謝罪すらしないらしい。
「俺たちの今後について、そろそろ考え直すべき時が来たということだ」
「……はい」
やはり、彼は婚約破棄を望んでいるらしい。
私は彼から決定的な言葉が出るのをじっと待った。
幸い、彼との婚約が駄目になっても、次期侯爵家当主である私の婿になりたいと思ってくれる男性は多いはずだ。ベルダ様が嫌だと言うなら、私はそれを受け入れようと思う。
……幼い頃は仲が良かったはずなのに、関係はこれほどあっけなく壊れてしまうものなのね。
私は残念な気持ちを堪えながら、それでも表情を動かすことなく彼を見据えた。
そしてベルダ様は、煩わしい時間は早く済ませたいとばかりにすぐさま口を開いた。
「俺たちの婚約は、なかったことにーー」
「こんの、バカ息子があぁぁ!!」
ボカァン!!
突如、ベルダ様の頭上に強烈な拳骨が落ちた。
そのあまりの衝撃に、彼はガシャーンとテーブルの上にある紅茶へ顔ごと突っ込み、そのまま動かなくなってしまった。
ひっくり返って束の間宙を舞っていたティーカップが、ポトリとベルダ様の頭に落ちるのを、私はただ驚いて見つめていた。
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