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第六話 河童、相撲を挑む

池に棲む緑河童・勘介との出会い。

彼の純粋さと相撲勝負は、真一郎の未熟さを容赦なく暴き出す。

敗北の中で手渡されたのは、小さな御守りと――新たな試練への道標だった。

 みずほの池の水面が揺れ、緑色の甲羅を背負った小柄な存在が顔を覗かせた。


「うわっ!?」


 真一郎は思わず数歩、後ずさった。信じられない光景に心臓が跳ねる。頭の皿から滴る水、甲羅の光沢、指の間に生えた水かき。まさに伝説に語られる河童そのものだった。


「お前……か、河童……?」


 信じられぬまま呟くと、隣の猫又クロは尻尾をふわりと揺らして平然と答えた。


「落ち着け真一郎。河童族の中でも“緑河童”は人間に寛容だ。心配することはない」


「心配ないって……! そんなことより河童が実在してることに驚いてんだよ俺は!」


 思わず叫ぶ真一郎に、クロは呆れた顔をした。


「赤河童なら人間嫌いで、遭遇したら覚悟を決めるしかなかったけどな。緑河童なら友好的だ。むしろ助けになる」


 そのやり取りに、河童はぱちぱちと瞬きをし、やがて明るく名乗った。


「ぼくは緑河童の勘介! 君たちは?」


 クロはすっと胸を張り、名を告げる。


「猫又のクロだ。そしてこいつは浦見真一郎、人間だ」


「ね、猫又のクロ様!? わぁぁぁ!」


 勘介がぱっと目を輝かせ、甲羅ごと跳ねるように叫んだ。


「おわっ!? なんだ急に!」


 真一郎がのけぞる隣で、クロはどこ吹く風の態度で片耳を掻いた。


「……まあ、有名人だからな」


「お前、有名なのかよ!?」


「まあね」


 涼しい顔で言うクロに、真一郎は言葉を失った。


 事情を語ると、勘介はしばらく真剣に聞いていたが、やがて肩を竦めた。


「お坊さんじゃないなら、仕方ないよ。だけど……“名無し”はまだ人間と融合したばかり。融合数も少ないし、弱点はきっとあるよ」


「弱点……!」


 真一郎が目を光らせると、勘介はにやりと笑い、


「その前に、とりあえず――相撲しようか」


 と、さらりと告げた。


「はああ!? 相撲!?」


 真一郎は混乱して叫んだ。頭の中には、子どものころから聞かされてきた河童伝説が蘇る。

 ――河童に相撲で負けると、尻子玉を抜かれて死ぬ。


「ま、待て! 河童に負けたら尻子玉を取られて死ぬんだろ!?」


「え? ああ、それ?」


 勘介はきょとんと首を傾げる。


「尻子玉っていうのは、丹田に溜まった胆力のことだよ。普通は取らないよ。な・ま・い・きな奴からしかね。それに胆力は時間が経てば回復するし」


「……なにそれ?」


「死ぬのは元々胆力が弱い人が取られたときだけさ。今は掟もあるから、ぼくら勝手に取らないんだよ」


 さらりと言う勘介に、真一郎は口を半開きにした。


「……昔話で聞いたのと全然違う……」


「じゃあ、始めよう!」


 そう言った途端、勘介が姿勢を正し、土俵もない土の上で四股を踏んだ。


 こうして始まった人間と河童の相撲勝負。

 結果は――惨敗だった。


 十回挑んで十回負け。土に押し倒されるたび、真一郎の顔に泥がつき、悔しさで歯を食いしばる。


「なぜだ! なぜ勝てない!?」


 荒い息の中で叫ぶと、勘介は目を丸くして答えた。


「あれれ? 武術的な要素があるのにダメダメだね。基礎が全然できてない。小手先の技ばっかりで、身体の芯が繋がってない」


「……!」


「お師匠さんのところに行って、学び直してきなよ。そしたら強くなるよ」


 真一郎は愕然とした。己の力が虚勢に過ぎなかったと、純粋な河童に指摘される。その言葉は心の奥をえぐった。


 クロが尻尾で真一郎のお足元をぽんと叩き、


「学び直しも必要だが、それ以上に根本的な問題があるな」


「根本的?」


 クロの言葉に勘介もうなずく。


「恐怖と認識だね。人間と妖怪の境界を越えるには、恐怖をどう扱うかが大事。でも君はお坊さんじゃない。心を鎮める修行を積んでない」


「……」


 真一郎は唇を噛み、何も言い返せなかった。


「じゃあ、どうすればいい?」


 弱々しく問いかけると、クロはため息混じりに呟いた。


「これでは何年もかかる……勘介、妙案は?」


「うーん……そうだ! “風厘偉ふうりい”に会ってみれば?」


「……!」


 クロが目を細める。

「伝説の話をなぞるか。確かに、それしかないな。年単位の修行よりはまだマシだ」


 そう言いながらも、どこか気が重そうに見えた。


 勘介はごそごそと甲羅の中から、小さな石で作られた御守りを取り出した。


「はい、これ。河童のお守りだよ」


 手渡されると、真一郎は驚いたようにそれを見つめる。素朴で、不格好で、だが不思議と温かみがあった。


「お前、弱いから。これあると安心」


 勘介はにかっと笑い、幼子のような純粋な声で告げる。


 真一郎は唇を噛み、そして深く頭を下げた。


「……ありがとう」


 その声は震えていた。敗北の悔しさと、情けなさと、しかし小さな希望が胸に芽生える音でもあった。

十連敗という挫折を味わった真一郎。

彼が向かう先は“風厘偉”との邂逅。

修行か、それとも奇跡か――物語は次なる局面へ。

勘介から託された御守りが、今後どのような意味を持つのかも見どころです。

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