第三十二話 新学期、再び吠える化物
夏休み明け、新学期の北帝都学園。
山中での修行を終えた浦見真一郎は、再び学園生活へ戻る。
しかし、転校生・猫又黒恵の登場が再び教室をざわつかせる。
夏の熱気がようやく落ち着きを見せ始めた北帝都学園。
蝉の声が遠のき、代わりに秋の虫が草陰で鳴いている。
新学期の朝――長い夏休みを終えた校舎に、生徒たちの声が戻ってきた。
浦見真一郎は、久しぶりの制服姿で校門をくぐる。
海や山ではしゃぐ同級生たちとは違い、彼の夏休みは実に地味なものだった。
ゲームと読書、時々筋トレ、そしてクロとの意味不明な怪異バトル。
そんな日々が終わり、ついに「現実」に戻る日がやってきた。
「はぁ……また学校か。あの自由な時間が恋しいぜ」
ぼやきながら靴を履き替え、教室へと歩く。
扉を開けた瞬間、教室の空気がピタリと止まった。
ざわ……という小さな波紋が広がる。
夏休み明けの再会ムードが、一瞬で凍りついた。
“化物浦見”が帰ってきたのだ。
「浦見!久しぶりだな!」
いきなり声を張り上げる男がいた。真一郎の記憶にはない顔。
「田中さんにビビって逃げたって噂だったが?」
教室中が息を呑む。
その言葉に笑う者も、青ざめる者もいる。
浦見真一郎は、静かに机に鞄を置き、ゆっくりとその男に向き直った。
「で? その虎の威を借る狐くんが、なんの用だい」
声は穏やかだが、眼光は刃のように鋭い。
男の体がピクリと固まる。
浦見の目が、まるで地の底から這い出た鬼火のように光った。
(な、なんだ……動けねぇ!? こいつ、ただ者じゃねえ!)
「わ、わ、悪かったな。噂だったみたいだな」
男は舌打ちしながら教室を出ていった。
教室に静寂が訪れる。
だが、その沈黙も数秒と持たなかった。
「ハハハ、絡まれておるな真一郎」
背後から、聞き慣れた声。
振り向くと、真一郎の机の横に、黒髪ロングの少女――猫又黒恵が立っていた。
夏服のセーラーに、スーパーマンポーズ。
「クロか……なんの用だよ」
「よいではないか。お主は同級生なのだからな」
腕を組んで微笑むクロの姿は、以前よりも人間らしい――いや、妙に板についている。
クロは少し肩をすくめ、独り言のように言った。
「しかし、直ぐに夏休みになるとは誤算だったな。だったらあのまま修行を続ければよかったの」
「おいおい、あれ以上続けたら死んでたぞ。一本ダタラの特訓、マジで地獄だったからな」
「ふむ、確かに。だが、お主、悪くなかったぞ」
「褒めるな。気持ち悪い」
「照れるでないわ」
真一郎が呆れ半分に返すと、後ろの席の女子が声をかけてきた。
「あの……浦見くん、猫又さんとお知り合いなの?」
「うむ。コヤツとは古い友人である。幼馴染というやつだな。ハハハ」
真一郎が答える前に、クロが胸を張って言い放った。
教室が一気にざわつく。
「えっ、浦見くんに幼馴染?!」
「猫又さんって転校生じゃなかったっけ?」
「え、でも浦見って“あの化物浦見”だろ?」
クロは女子たちの質問攻めを楽しげにかわし、たちまちクラスの中心人物になってしまった。
猫又スマイル炸裂、女子人気急上昇。
その光景を横目に見ながら、真一郎は机に突っ伏す。
「……俺の静かな学園生活が、また遠ざかっていく……」
「何か言ったか、真一郎?」
「言ってねぇよ」
そう言いながらも、彼の目の奥には、ほんの少しだけ笑みが宿っていた。
夏休みが終わり、秋が近づく季節。
空は高く、雲は流れ、校舎の窓から見える木々がわずかに色づき始めている。
その光景を見つめながら、真一郎は心の中で呟いた。
(……また、面倒な日々が始まるのか)
だが、その「面倒」の中にこそ、彼の居場所がある。
クロの笑い声が響く教室で、真一郎はふと目を細めた。
――静かな日常など、もう似合わない。
夏の修行を経て成長した真一郎に、再び日常が訪れる。
だが、その平穏の影で、あの黒い影「三高の田中」が動き出す――。
次回、「三高の田中、再臨」。




