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『Echoes of Logos 外伝 ― 化物浦見、北の帝都に吠ゆ。―』  作者: ちょいシン


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第二十九話 烈掌!二条の奔流

三日間の修行の果てに、真一郎はついに秘奥義の片鱗を掴む。一本ダタラを相手に放たれる「烈掌」――二条の奔流が、大地を揺るがす!

 早朝の空気は、夏といえども肌にひんやりと染み入る。

 巨大なクレーターの中央。かつて風里偉が眠り、天地の気が渦巻いた場所に、真一郎と一本ダタラが立っていた。


 一本ダタラは人化し、白いTシャツにジーンズ姿。その二メートルを超える体躯は岩のように硬く、まるで自然が造り上げた兵器そのものだ。

 対する真一郎は短ランにボンタン姿。黒髪リーゼントを朝の風に揺らしながら、鋭い目つきで相手を見据える。昭和の不良のようなその格好も、この三日間で身につけた修行の成果を帯び、ただの虚勢ではなく確かな存在感を放っていた。


 静寂のなか、一本ダタラが動いた。

 丸太のような右腕が、轟音を生んで一直線に伸びる。狙うは真一郎の顔面――重さと速さを兼ね備えた必殺の一撃だった。


 だが真一郎は動じない。

 自然に開いた右手をスッと伸ばし、相手の拳の手首に甲を触れさせた。触れた瞬間、その甲は手の平へと変わり、流れるように力をいなし、軌道を滑らかに外へと導いた。


 拳は空を切り、風圧だけが後ろへ吹き抜ける。


 背後でクロが目を細め、口元に笑みを浮かべる。

「歩法も、数回の組手で感覚的に覚えたようだな」


 真一郎は、ここ数日で観の目、三密、武術の身口意、投地法、そして歩法を叩き込まれていた。身体の奥底に刷り込んだ動作が、自然と形となって現れていたのだ。


「――まだ行くぞ」

 一本ダタラの声が響く。


 流された右拳の反動を利用し、肘を折り畳んで鋭い肘打ちへと変化させる。巨体の旋回力が加わったその一撃は、正面に立つ真一郎を粉砕するかのような威力を孕んでいた。


 真一郎は即座に後方へと歩法で身を引く。

 その瞬間、後ろに伸びた左足が地を叩いた。


 ドン――と低い音が大地に響く。

 投地法だ。踏み込んだ瞬間に生まれた衝撃が丹田を揺らし、気が一気に両腕へと押し上げられる。


「はぁッ!」


 気合と共に両手を合わせ、左右に分けるように掌を開いた。

 二条の奔流のように放たれた掌打が、一本ダタラの脇腹を同時に叩き抜く。


 クロが小さく頷いた。

二条にじょう奔流ほんりゅう――ひとつの丹田から溢れた気が、左右二つの経路に分かれ、同時に放たれるさまをそう呼ぶんだ。片腕だけなら川の流れ。だが両腕から放てば、二筋の激流がぶつかるように敵を押し流す」


 一本ダタラも唸るように笑った。

「力を二分したんじゃない。倍加させて二条にしたんだ。真一郎、お前はもう“気の奔流”をあつえる段に立った」


 土煙を上げて五メートル先まで吹き飛んだ巨体を起こし、膝を着いていた。


 真一郎は荒い呼吸を整えながら、拳を握る。

 体の芯が震えている。恐怖ではない。力を放った確かな感触――それが胸の奥を熱くさせていた。


 クロが肩をすくめるように言う。

「ま、百倍とは言わんが、けもの相手なら簡単に倒せるレベルまでは来たな」


 真一郎が顔の前に両手を広げ、首を傾げる。

「獣って、どこまでの獣だよ」


 クロがニカっと可愛い顔で声を上げる。

「お前が最強だと思ってる獣だよ」


 土煙のなかから一本ダタラが立ち上がる。白いTシャツをパンパンと払いながら、豪快に笑った。

「実践で伸びるタイプのようだな。いい感じに仕上がった」


 真一郎はわざと不満げに鼻を鳴らす。

「全然効いてないようだけど」


「私を五メートル吹き飛ばしたんだ、自慢してもよいレベルだぞ」

「……誰に自慢すれば良いんだよ」


 軽口を交わしながらも、真一郎の心の奥底に確かな自負が芽生えていた。

 三日前、ただの不良だった自分が――いまは、伝説の妖怪を吹き飛ばすほどの力を手に入れているのだ。


力は嘘をつかない。だが力を制するには心と気の均衡が要る。真一郎が得た手応えは、まだ始まりにすぎなかった――。

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