第十九話 盟約、古き絆の物語
山小屋はの囲炉裏端。風里偉が語り始めたのは、古の神話。それは、人と妖怪、そして神の間に結ばれた「盟約」の物語だった。三種の神器に隠された真実、そして妖怪が国を守ったという事実に、真一郎は驚きを隠せない。
山小屋の中は、夏の夜の静けさに包まれていた。
囲炉裏の炎がゆらめき、真一郎の心を穏やかにしていく。
風里偉は炎の向こうから真一郎を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「人と妖怪、そして神との契り――その始まりを話しておこう」
その声には、長い時を超えて響いてきたような深みがあった。
「我ら妖怪は、生命が芽吹いた頃から存在していた。最初は名無し。姿も定まらず、植物や獣、鉱物と融合しては彷徨っていたのだ。理がなければ、ただの混沌。互いに争い合うだけだった」
真一郎の脳裏に、かつて戦った名無しの群れがよみがえる。
理を欠き、本能のまま動く獣のような存在。
あれが、風里偉の言う始まりなのか。
「やがて人間が現れた。言葉を覚え、知恵を持ち、文字を記すようになると……我らを畏れ、名を授け始めた。その瞬間、妖怪は“神”へと変わったのだ」
「神……妖怪が?」
常識を覆す言葉に、真一郎は息をのむ。
「そうだ。やがて人は天を仰ぎ、天津神を見いだした。それは仏法の始まりでもあった。我らは国津神と呼ばれ、人と共に秩序を築いた」
炎がぱち、と弾ける。
真一郎はただ黙って耳を傾けるしかなかった。
「人の信仰こそが、我らを支える絆。最初にそれを理解したのは神武天皇であった。天と地を結ぶ証――それが“三種の神器”だ」
「三種の神器……!」
真一郎の知る神話と、風里偉の語りが重なっていく。
「八尺瓊勾玉は慈悲と繁栄を司る妖怪たちの力が変じたもの。草薙剣は八岐大蛇が悔悟の果てに己を剣と化した姿。八咫鏡は鏡の妖怪、雲外鏡そのものだ。人と未来を映し、世界の鏡と繋がっている」
その言葉に、真一郎の胸は熱く震えた。
クロも、一本だたらも、九尾の妖狐も――彼らは昔から人と共にあったのだ。
「ここに人と妖怪の盟約が結ばれた。妖怪や神は人に名をもらい存在意義を得る。人はその力を借りて生き延びる。人あっての妖怪、妖怪あっての人――それが永遠の契約だ」
風里偉の眼差しは真一郎を射抜くようにまっすぐだった。
「やがて平安の世、空海が現れた。唐より密教を持ち帰り、嵯峨天皇と共に仏法を盤石とした。その中で、我々は心を合わせて化身となる“大元帥明王法”を生み出した」
「大元帥明王……」
「元寇の折、日本中の妖怪たちが一つとなり、大元帥明王へと姿を変えて敵を退けた。妖怪と人は、祈りと信仰によって力を合わせ、この国を守ったのだ」
真一郎は言葉を失っていた。
妖怪は恐れる存在ではなく、ともに国を築いた仲間だったのか。
「だがな、すべての名無しが仏法に帰依するわけではない。名を持たぬまま理を得られず、獣のように荒ぶる者もいる。悪しき妖怪もまた同じだ。理解なくしては仏法の光も届かぬ」
真一郎は拳を握りしめた。
かつて戦った名無しの姿が脳裏に浮かぶ。理智を欠いた存在――あれがまさにその証だった。
風里偉はふっと微笑んだ。
「真一郎、お前はこの旅で多くを見てきたはずだ。そしてその果てに、自らの道を見つけるだろう」
真一郎は深くうなずく。
(俺の……道)
夜風が小屋に吹き込み、囲炉裏の炎を揺らした。
真一郎の胸にもまた、新たな決意の炎が燃え始めていた。
風里偉の話は、あまりにも衝撃的だった。妖怪はただの化物ではなく、この国を人間と共に築いてきた存在だったのか。そして、三種の神器や弘法大師の逸話にも、妖怪が関わっているとは。自分の知っていた歴史が、ガラガラと音を立てて崩れていく。




