第十八話 迦楼羅、不動の命を告げる
迦楼羅は浦見天観の息子である真一郎に目を向け、深遠なる言葉を投げかける。不動明王の名が告げられ、旅は新たな局面へ。
「迦楼羅様、何用でございますか」
クロが震える声で問う。
「――風里偉殿に、用事がある」
低く、真摯な響きが返った。
真一郎はただ立ち尽くし、その存在の重みに押し潰されそうになる。
やがて迦楼羅は、真一郎を見据えた。
「お前が……浦見天観の息子か。ふむ、確かに似ている」
「父さんを……知っているのか?」
驚愕を隠せぬ声が洩れる。
迦楼羅は瞳の奥を覗き込むように言葉を続けた。
「お前の父は、この世の理を変えようとした」
(理を……変える? 父さんが?)
真一郎の胸に、答えのない問いが渦巻く。
「お前は、その理を理解できるか」
迦楼羅の問いかけに、声は出なかった。沈黙のまま、ただ圧倒される。
その時、小屋の扉がふたたび開いた。
立っていたのは、風里偉。穏やかな笑みを浮かべながら歩み入り、恭しく頭を垂れる。
「迦楼羅様。お久しゅうございます」
「風里偉殿、久方ぶりだな」
二人のやり取りは、旧知の友のように自然だった。
(風里偉と神様が……知り合い?)
常識が次々に崩れていく。
迦楼羅は真一郎を指し示し、風里偉に確かめる。
「これが浦見天観の子で間違いないな」
「はい」
風里偉が頷くと、迦楼羅は再び真一郎に目を注いだ。
「……天地無明拳を学ぶと聞いたが」
「なっ……!」
なぜ知っている、と問い返す前に、迦楼羅は微笑を浮かべる。
「我らは全てを知っている」
その眼差しは、心の奥底を暴くように深かった。
「お前はこれから幾多の苦難に直面する。だが、その度に強くなるだろう。
この世の理を受け入れ、やがて乗り越えることができる」
その言葉は、真一郎の胸に熱を灯す。
やがて迦楼羅は、風里偉に向かって告げた。
「では、これにて失礼する」
出口へと向かう迦楼羅に、真一郎は思わず問いを投げかけた。
「なぜ……俺の前に姿を現したんですか」
振り返りもせず、迦楼羅は答える。
「――不動明王の命だ」
その名を聞いた瞬間、真一郎の心臓が跳ねた。
(不動明王……?)
迦楼羅は静かに夜空へと去り、炎の残光だけが小屋に揺らめいた。
静寂の中、真一郎は風里偉へ問いかける。
「風里偉さん……あの方は、一体……」
「不動明王の眷属、迦楼羅。理を司る者だ」
淡々と告げられた答えに、真一郎の思考は白く霞んでいく。
「じゃあ俺は……この旅で何をすれば……」
思わずこぼれた問いに、風里偉は柔らかな笑みを浮かべた。
「真一郎。お前は自分の道を見つけよ。その道は、父が歩んだ道と同じである」
その言葉は深く胸に刻まれた。
真一郎は拳を握り、自らの意思で最後まで歩むことを誓う。
夜の帳が降り、山小屋は再び静けさに包まれた。
父の過去、神の存在、そして不動明王の命――真一郎は否応なく大きな流れに巻き込まれる。彼の誓いが物語を進めてゆく。




