第十七話 迦楼羅、夜空に舞う
山小屋に現れた謎の男。その気配は妖怪とも人とも異なる。クロと一本だたらが膝を折るほどの存在――迦楼羅との邂逅が始まる。
山小屋の扉が、低く軋む音を立てて開いた。
夜の山から吹き込む冷気が、焚き火の火を一瞬揺らす。
そこに立っていたのは、深いフードを目深に被ったひとりの男。
男は足音も立てず小屋へ入ると、重々しい声で告げた。
「――風里偉殿の使いである」
その一言に、真一郎は眉をひそめた。
(……殿? 様じゃなくて?)
違和感が胸にひっかかる。だが、それ以上に、男の放つ圧に、全身が粟立つ。
山頂に近づくにつれ、真一郎は風里偉の気配や妖気に敏感になっていた。クロや一本ダタラを遥かに凌ぐ力。それだけでも常人の耐えうるものではない。
しかし、目の前の男は――それを超えていた。
妖気とも違う。人の気配でもない。
まるで宇宙そのものを凝縮したかのような、果てのない重さ。
真一郎が息を飲んだその瞬間、クロと一本ダタラが同時に地へ伏した。
クロは少女の姿のまま、額を床に擦りつけるほどに深く頭を垂れる。
一本ダタラは、その巨体を小さく縮めるようにして膝を折った。
(……クロも一本ダタラも、こんなふうに……?)
真一郎の心に驚愕が走る。
「……妖怪でも、人でもない……?」
つい口から漏れた独り言に、クロがはっと顔を上げ、血相を変えて叫んだ。
「頭が高いぞ、真一郎! この御方こそ――迦楼羅様!」
その名を告げられても、真一郎は呆気にとられるばかりだった。
「……か、るら? 何だ、それ」
フードの奥から、くぐもった笑い声が響く。
「ハハハ。僧侶の息子でありながら、我を知らぬか。気に入ったぞ」
その声音は、遠い山々に反響する鐘の音のように重厚で、美しい。
クロが改めて声を張る。
「迦楼羅様は神であらせられる! 炎を御身とし、すべてを焼き尽くすお方! 烏天狗を束ねる族長にして、不動明王の光背に顕れる存在なのだ!」
「……神?」
真一郎の思考がぐらりと揺れる。
妖怪がいることは受け入れた。神の噂も耳にした。だが――目の前に現れるなど、あり得るのか。
迦楼羅は一歩進み出ると、ゆっくりとフードを外した。
焔が弾けたように、小屋の空気が変わる。
そこに現れた顔は、鋭い嘴を備え、黄金の瞳を燃え立たせた鳥の貌。
背から広がる翼は炎を思わせ、羽ばたくたび赤光を散らして小屋の壁を染めた。
真一郎は、その異形に息を呑む。
(これが……神……)
膝が震え、床に落ちそうになるのを必死に堪えた。
迦楼羅、その姿は炎をまとった異形の神。真一郎の前に現れた意味は何か。次回、彼の言葉が旅路に新たな影を落とす。




