第十六話 旅の友は、小さな少女
九尾の妖狐との死闘を終え、真一郎たちは再び旅路につく。クロが人間に変化したことで、二人の関係に変化が生まれる。そんな中、真一郎の旅の目的である「風里偉」に会うため、山頂へと向かう。
大雪山の麓、焚き火のそば。
浦見真一郎は、唐突に隣の猫又に話しかけた。
「ところで。お前も人間に変化できるのか?」
クロは、当然のように答える。
「できるに決まっているだろうが」
真一郎は、ふむ、と少し考えた後、クロの方を見た。
焚き火の炎が、彼の顔を赤く染めている。
「……見たいか?」
クロが、真一郎の方を見ながら、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。
真一郎は、少し戸惑いながらも、こくりと頷く。
クロは、ふっと息を吸い込むと、煙のように体が膨らんだ。
ドォン!
爆発音にも似た音が響き、白い煙が周囲に立ち込める。
クロの姿は、煙に包まれ、見えなくなった。
真一郎は、目を凝らす。
煙が晴れると、そこには、九つの尻尾を持つ猫又の姿はなかった。
代わりに、小学校三年生くらいの、可愛らしい少女が立っていた。
白いTシャツにジーンズ、登山靴を履いた一本ダタラも、目を丸くしている。
少女は、ニカっと悪戯っ子みたいに笑った。
「こんな感じで良いか?」
その声は、クロの低い声とは違い、鈴を転がすように可愛らしい。
真一郎は、その姿に、驚きと、ちょっとがっかりした気持ちになった。
少女は、真一郎の顔を覗き込む。
「お前は女に免疫が無いから、このくらいが丁度いいだろう」
そう言って、クスクスと笑う。
真一郎は、自分の顔が赤くなるのを感じた。
「クソがーーー!」
真一郎の雄叫びが、大雪山の山々に木霊した。
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一方、大雪山の西の角。
高速で移動していた九尾の妖狐は、ピタリと動きを止めた。
「……なんだ? 今、人間の断末魔が聞こえたような……?」
彼女は、金色の瞳を鋭く光らせ、遠くの山々を見つめる。
(気のせいか……)
九尾の妖狐は、再び高速で移動を始める。
真一郎の雄叫びは、彼女の心に、小さな疑念の種を蒔いた。
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クロが少女に姿を変えてから、真一郎の旅は、少しだけ、いや、大きく変わった。
少女の姿になったクロは、真一郎の肩には乗れない。代わりに、真一郎の手を握り、一緒になって山道を歩いた。
「なぁ、クロ。お前、疲れないのか?」
「このくらいの移動で疲れるようでは、大妖怪は務まらん」
クロは、そう言って、真一郎の手をギュッと握りしめた。
真一郎は、少し照れくさかった。
(まさか、妖怪の少女と、手をつないで山道を歩くことになるとはな……)
しかし、その手は、真一郎の心を温かくしてくれた。
九尾の妖狐との戦闘で負った心の傷も、少しずつ癒されていく。
一本ダタラは、そんな二人の様子を、静かに見守っていた。
彼は、真一郎に語りかける。
「真一郎様、風里偉は、もうすぐです」
その言葉に、真一郎は、身を引き締めた。
旅の途中、真一郎は、クロに様々なことを尋ねた。
「なぁ、クロ。お前は、なぜ俺と一緒に旅をしてくれるんだ?」
クロは、少し考えた後、答えた。
「お前の父、浦見天観は、我々猫又の一族の恩人であり仲間だ」
真一郎は、その言葉に、驚きを隠せない。
「恩人……?」
「そうだ。我々猫又の一族は、かつて悪妖に襲われた」
「その時、天観が、我々を助けてくれたのだ」
真一郎は、その言葉に、胸が熱くなるのを感じた。
「だから、我々は、天観の息子であるお前を、助けなければならない」
「これが、我々の**理**だ」
クロの言葉は、真一郎の心に、深く響いた。
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その日の夜、真一郎たちは、小さな山小屋で雨宿りをしていた。
焚き火の火が、パチパチと音を立てる。
クロは、真一郎の膝の上で丸くなり、静かに眠っていた。
真一郎は、そんなクロの頭を、優しく撫でる。
(クロ……お前も、色々と苦労してきたんだな……)
その時、山小屋の扉が、コンコンと叩かれた。
真一郎は、息を殺す。
(まさか、九尾の狐が……?)
一本だたらが、静かに立ち上がり、扉へと向かう。
ギィ……
扉が開くと、そこに立っていたのは、一人の男だった。
フードを深く被り、顔は見えない。
だが、その男の体から放たれる気配は、尋常ではなかった。
男は、静かに言った。
「……浦見真一郎だな?」
真一郎は、その言葉に、全身が凍りつくのを感じた。
クロがまさか少女の姿になるとは。戸惑ったが、九尾の妖狐との戦いで疲れた心が癒されていくのを感じた。そして、この旅の目的地、山頂近くにたどり着く。だが、そこに現れた男は?




