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第十五話 父の因縁、九尾の真実

九尾の妖狐との戦闘後、真一郎とクロは一本だたらと焚き火を囲む。そこで語られたのは、妖怪の死と復活の真実、そして父・天観の過去だった。真一郎の旅は、ここから新たな意味を持ち始める。

 大雪山の冷たい夜気に包まれ、焚き火の炎がパチパチと音を立てる。

 燃え盛る炎を囲むように、三つの影が座っていた。白いTシャツにジーンズ、登山靴を履いたムキムキマッチョな大男。一本だたらの人間態だ。その隣には、香箱座りで静かに火を見つめる猫又のクロ。そして、その間に座る真一郎は、未だに混乱の渦中にいた。


 一本だたらは、真一郎の驚きをよそに、無骨な指先で火をいじりながら、重い口を開く。

 「真一郎の父、浦見天観様は、名無しの探索及び対処は弟子たちに任せ、悪妖たちを追って世界中に飛び回っております」


 真一郎は、その言葉に目を見開いた。

 「世界中? 妖怪は日本にしか存在しないんじゃないのか?」


 一本だたらは、真一郎の問いに静かに首を振る。

 「いいえ。吸血鬼や狼男、イエティ……妖怪は、世界中にいます」

 クロが、腕組みをしたまま、その言葉にうなずいた。

 「妖怪が世界中にいるということは、名無しや悪妖も、同じように存在するってことだ」


 真一郎は、頭の中の常識がガラガラと音を立てて崩れていくのを感じていた。(吸血鬼に狼男……それも、妖怪なのか……)これまで生きてきた世界がいかに狭かったか、思い知らされる。

 彼は頭を振り、思考を整理した。

 「うむ、それは今考えても仕方ないか。では話を戻そう」

 まっすぐ一本だたらを見つめ、問いかける。

 「何故、父は九尾の狐に恨みを買っているのだ?」


 一本だたらは、炎をじっと見つめながら語り始めた。

 「妖怪は死にません。倒しても、いつかは名無しとして復活します」

 真一郎は息を呑む。(妖怪は死なない……? 復活する……?)彼の知る「死」の概念が、ここでは通用しなかった。


 「悪妖もまた同じです。ですが、天観様は、どんな妖怪をも名無しにすることのできる法をお持ちなのです」

 一本だたらは、真一郎の顔に目をやり、続ける。

 「名無しになるということは、記憶も能力も持たぬ、赤ん坊と同じです」

 真一郎は顔を歪める。「そんな……そんなことが、できるのか……?」


 「九尾の狐の眷属だけではなく、数々の悪妖が天観様により倒され、復活しても名無しになっています」

 クロが淡々と付け加える。

 「最近、名無しが増えた要因の一つでもある」


 真一郎は、深く息を吐き、一本だたらに問いかけた。

 「それだけで、恨むのか?」

 クロは、その問いに、冷たく言い放った。

 「善人には分からぬか」

 その言葉は、真一郎の心に鋭く突き刺さった。


 クロは真一郎の目をまっすぐに見つめ、言葉を続ける。

 「妖狐の一族が全て悪妖ではない。だが、特に九尾の狐一族は厄介だ。当然、仏教には帰依していない。思うがまま、やりたい放題。慈悲も道徳もない。欲望そのものだ」


 一本だたらもうなずく。

 「九尾の狐は、他の妖狐と違うのです。妖狐の一族も仏教に帰依していましたが、反目した一匹の妖狐は、同じく仏教を嫌う九匹の妖狐と共に離反し、融合し、九尾の狐となりました」

 「いわゆる、一体の悪妖で、十倍厄介だ。一が十であり、十が一の存在。一体でありながら、十体の思考と技、妖力を持っているのです」


 真一郎は戦慄した。(十倍厄介……一体でありながら、十体の思考……)あの妖艶な美少女の顔を思い浮かべ、ぞっとする。(あの顔の裏に、九つの思考があるのか……?)

 

 頭を抱え、深く息を吐く。

 「……じゃあ、父さんは、その十倍厄介な化け物を、名無しにできるってことか?」

 一本だたらは、静かにうなずいた。「はい」

 真一郎は、その言葉に背筋が凍る思いがした。


 呆然としながら、真一郎はクロに問いかける。

 「クロ……お前は、父さんのことを知っていたのか?」

 クロは静かにうなずいた。

 「ああ。お前の父のことは昔から知っている。なにせ一緒に旅をした仲間だからな。だから、我々はこの旅を、お前に託した。遅かれ早かれな」


 真一郎は、胸が締め付けられる思いがした。(俺は……父さんの後を継がされるのか……?)ただの不良で、ただの高校生。そんな自分が、こんな途方もない世界に関わっていることが信じられない。


 一本だたらは、真一郎の様子を見て静かに立ち上がった。

 「天観様は、天地寺の管長であり、天地無明拳の達人です」

 「ですが、悪妖との戦いが最重要であり、多くの人に災いをもたらすことを懸念し、天地寺を離れたのです」


 真一郎は目を見開いた。過去に天地寺で、西村天信に会ったことを思い出す。あの人は天地無明拳の達人で、父の弟子だと言っていた。(そうか……あの人は、父さんの弟子だったのか……!)

 天地寺での出来事と、今明かされた事実が、頭の中で一本の線で繋がっていく。西村天信の冷たい態度、それは真一郎を危険な道に巻き込みたくなかったからなのか?


 一本だたらは、さらに言葉を続けた。

 「天観様は、悪妖の蛮行を食い止めるため、世界を飛び回っているのです。そして、九尾の狐は、その最大の障害なのです」


 真一郎は立ち上がり、焚き火の炎を見つめた。炎の向こうに、父の姿が見えるような気がした。(父さんは……一人で、そんな途方もない戦いをしていたのか……)


 クロが、そんな真一郎の肩にそっと手を置いた。

 「真一郎、お前は一人ではない。俺たちがいる。そして、お前の父が残した、この旅の道標がある」

 

 真一郎は、その言葉に、胸の奥が温かくなるのを感じた。(俺は……この旅を、続けるしかないんだな……)静かに、そして深く、うなずく。


 一本だたらは、真一郎の様子を見て、微笑んだ。

 「真一郎様、風里偉は、あなた様を待っております。彼に会えば、きっと、答えが見つかるでしょう」


 真一郎は、一本だたらの言葉に、希望を見出した。(風里偉……その人に会えば、俺の旅の目的が、そして父さんの目的が、分かるのか……)

 夜空を見上げた。満天の星が、真一郎の旅を祝福しているかのようだ。

 真一郎は改めて、この旅の意味を問い直す。(俺は、父さんの後を継ぐのか? それとも……)真一郎の心はまだ揺れていた。


 だが、彼の心は決して折れてはいなかった。この旅を、自分の意思で、最後までやり遂げることを誓った。

 真一郎は、焚き火の炎をじっと見つめ、静かに呟く。

 「風里偉……会いに行くぜ」

 その言葉は、彼の決意を固める、強い響きを持っていた。


 夜の山道に、焚き火の炎が揺らめき、三人の影を静かに照らしていた。

父は、世界中の悪妖と戦っていた。そして九尾の妖狐は、その最大の敵。父が背負った因縁が、今、俺の目の前に現れた。この旅は、もうただの喧嘩じゃない。俺は、父の過去と向き合い、自らの道を見つける。

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