第十四話 一本だたら、隻眼の守護者
一本だたらの登場により、九尾の狐との戦いは新たな局面を迎えます。真一郎は、父の過去が妖怪の世界と繋がっていたことを知り、自らの旅が個人的なものではないことを悟ります。彼の心は、これからどう変化していくのでしょうか。
夜の山道に、巨大な影が降り立った。
それは、一本の太い足を持つ、ムキムキのマッチョな巨人。岩を削り取ったかのような無骨な体に、足と同じほどの太さの腕。その右腕には、巨大な鉄のハンマーが握られていた。
圧倒的な威圧感を放つその存在に、九尾の狐の金色の瞳が鋭く光る。
真一郎は呆然と立ち尽くした。目の前の現実に、脳の処理が追いつかない。
まるで、神話の世界から抜け出してきたような存在。
巨人は九尾の狐に向き直ると、低い、岩が擦れるような声で言った。
「クロ様のお手を煩わせるわけには参りません。ここは、私めが」
巨人の言葉に、クロは静かに頷いた。
「一本ダタラか。では、任せた」
一本ダタラ。その名を聞いた真一郎は、思わず息を呑んだ。
(一本足の妖怪……まさか、本当にいるのか……!)
その体躯は、ただの妖怪とは一線を画していた。
巨人は、右腕を胸に当て、恭しく頭を下げる。
「我が主、**天目一箇神**の名により、浦見真一郎と猫又クロ様に助力いたします」
真一郎は、その言葉に、胸の奥がざわつくのを感じた。
天目一箇神――その名は、父から聞かされたことがある。鍛冶の神であり、一つ目の神。
(まさか、父さんと関係が……?)
一方、九尾の狐は、巨人の登場に苛立ちを募らせていた。
「くっ……! 神が出しゃばってきよったか! だが、引かん!」
彼女は、怒りに燃える金色の瞳で一本ダタラを睨みつけ、九つの尾を大きく広げた。
毛先が光を放ち、無数の煙草ほどの小さな狐が、一本だたらに向かって飛びかかった。
それは、可愛らしい狐の形をした、ミサイルのようなものだった。
一本ダタラは、その攻撃をものともせず、巨大な鉄のハンマーを地面に叩きつける。
ゴオン!
大地が震え、無数の小石が弾丸のように放たれた。
ヒュンヒュンヒュン!
小さな狐たちは、小石の嵐に当たると、パン! と音を立てて爆散していく。
九尾の狐は、その光景を冷笑しながら言った。
「ふん、人間なら避けて爆死するのだがな。可愛い狐が可哀想だ、避けなきゃ……てな」
真一郎は、怒りに震える。
「ぐっ、貴様……!」
九尾の狐の言葉は、真一郎の心を抉った。
(こいつは……命を弄んでいる。遊びじゃねぇんだぞ!)
真一郎の拳は、怒りで強く握りしめられていた。
一本ダタラが、再び巨大な鉄のハンマーを地面に叩きつける。
その勢いで、巨体は空へと舞い上がった。
ゴウ!
真一郎は、その俊敏な動きに目を剥いた。
(デカいのに、動きが速すぎる……!)
一本ダタラは、九尾の狐の目の前に来たかと思うと、口から炎を吐いた。
ゴオオオオ!
灼熱の炎が、夜の闇を切り裂く。
真一郎は、思わず叫んだ。
「肉弾戦じゃないのかよ!」
一本ダタラは、見た目とは裏腹に、多彩な攻撃を繰り出す。
九尾の妖狐も、とっさに身を翻し、九本の尾を盾にした。
炎は尾に当たり、ジュワッと音を立てて消える。
「デカいのに俊敏だね……」
彼女はそう呟くと、再び距離を取った。
一本ダタラは、地面に着地すると、じっと九尾の狐を見上げていた。
まるで、次の一手を考えているかのように。
その時、クロが声を上げる。
「次は俺も行くぞ。さすがにお前でも大妖怪二匹とでは分が悪いのではないかな?」
クロの言葉に、九尾の狐は唇を噛み締める。
「くっ……仕方ない、今日は引き上げるか……」
彼女は悔しそうにそう言うと、真一郎に鋭い視線を向けた。
「お前の親父が気に食わんのよ……息子を殺せば大人しくなると思ったが、先手を取られたようだ」
真一郎は、その言葉に、怒りよりも驚きを覚えた。
(俺の親父……? どういうことだ?)
九尾の妖狐は、それ以上は語らず、金色の玉へと変化し、物凄い速さで夜空へと消えていった。
嵐が去った山道に、静寂が戻ってきた。
真一郎は、呆然と立ち尽くす。
クロと一本ダタラが、静かに彼の元へと歩み寄ってきた。
クロは、真一郎の肩に乗り、静かに言った。
「大丈夫か、真一郎。今日はもう晩い、ここで暖を取ろう」
真一郎は、頭の中で、九尾の狐の言葉を反芻していた。
「お前の親父が気に食わんのよ……」
(一体、父さんが何をしたんだ……?)
謎が謎を呼ぶ展開に、真一郎は、深い混乱の中にいた。
九尾の狐は、真一郎の父への恨みを告げて姿を消しました。残された真一郎は、一本だたらの圧倒的な力と、父の過去という新たな謎に直面します。彼の旅は、これからさらに奥深く、そして危険なものへと変わっていくでしょう。




