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『Echoes of Logos 外伝 ― 化物浦見、北の帝都に吠ゆ。―』  作者: ちょいシン


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第十三話 白狐、闇夜に舞う

道中での出会いが重なるごとに、真一郎の心は揺れ動きます。喧嘩で通じた自信が通じない世界で、彼は何を掴むのか――新たな試練が幕を開けます。

 山道に、艶やかな女の声が響いた。


「珍しいですね、こんな場所であなたのような逞しい殿方にお会いできるなんて」


 妖艶な笑みを浮かべ、女は真一郎の腕に抱きついた。ヒールを履いているにもかかわらず、その身のこなしは驚くほど滑らかで、ほとんど音を立てなかった。

 肌に触れる柔らかな感触。胸のふくらみが真一郎の腕に押し付けられ、甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「たくましいお体、今宵はどこかにお宿をお取りですか?」

 上目遣いで見つめる瞳。夜の闇を宿したような黒髪が、真一郎の頬にかかる。


「いえ、ここにキャンプを張ろうかと」

 返答する真一郎の声は、わずかに上ずっていた。


 その時、女の目が鋭く光る。ふっと笑みを消すと、白い腕が真一郎の胴体に絡みついた。華奢に見えた腕は、鉄の鎖のように締め上げてくる。


「くっ、ぐぎぎ!」


 肋骨が悲鳴を上げ、肺から空気が押し出される。真一郎は咄嗟に、空いている左手で女の顔を押し、頭突きを放った。


 女はサッと顔を引いて頭突きをかわす。その動きはまるで風のようだった。

 間髪入れずに、女は片膝をついた真一郎に向かって、スラリと伸びた白い足を放つ。ハイヒールの尖った踵が、真一郎の喉を寸でかすめていった。

 わずかに翻ったスカートの隙間から、艶やかな下着が覗く。真一郎は一瞬だけ興奮しかけたが、すぐに我に返り、地面を蹴って立ち上がった。


 女はまるで体操選手のような動きで真一郎に襲いかかる。

 体のラインを強調した真紅のドレスは、激しい動きにも乱れず、そのたびに大胆なスリットから足が覗き、真一郎の目を惑わせる。

 前宙からの踵落とし。ピンヒールなのに脱げる気配は一切なく、地面は鋭い踵によってえぐれていた。


(なんだこの身体能力……!)


 驚愕する真一郎に、女は流れるような動きで追撃する。

 後ろ回し蹴りが真一郎の顔面を狙う。真一郎はそれを紙一重でかわしたが、女の足はそのまま宙を舞い、流れるようにバク宙。その勢いを利用した脳天への蹴りが襲いかかる。

 真一郎は咄嗟に両腕を交差させ、十字受けで凌ぐ。だが、その衝撃に膝が地面につき、腕がジンジンと痺れた。


(くそっ……後ろ回し蹴りはフェイントか!)


 女は間合いを詰め、追撃しようとする。だが真一郎はそのまま後方へバク転し、距離を取った。

 その瞬間、女は口元に扇子を当てた。それは白い毛で縁取られた、どこか古風な扇子だ。女がそれを広げると、音もなく九つの骨が伸びた。


「なに!?」


 真一郎は反射的に右に飛び退く。伸びた扇子は、真一郎がいた場所の木の幹を深くえぐり、白い毛が舞った。

 女は縮めた扇子を口元に当て、艶めかしく笑う。


「ほう、全てかわすか。人間にしてはなかなかやりおる」

 その声には、先ほどまでの甘さはなく、どこか上から見下ろすような響きがあった。


「高校生と聞いたので、童顔にしたのだが効き目は薄かったようだな。だが、お前は……」


 彼女の目が真一郎の足元を捉え、鋭く光った。


「河童の蓑にお守り、九尾の猫又の加護か。なるほど、道理で」


 女の表情が険しくなる。


「……お遊びは終わりだ。本気で相手をしてやる」

 女はドレスの裾を翻し、真一郎へと向かって駆けた。その足は地面を蹴るたびに、まるで風に乗るかのように軽やかで、一瞬で真一郎の間合いへと入ってきた。


 真一郎は腰に提げた妖木刀に手をかけ、引き抜く。

 だが、木刀は光を放たず、ただの木の棒のようだった。


「その木刀は、お前にはまだ扱えまい」

 女の嘲笑が響く。


 右足に力がこもる。地面を蹴って跳躍し、真一郎は女へと向かって拳を放つ。

 だが、女はそれを軽やかにかわすと、真一郎の背後に回り込んだ。


 「遅い」


 耳元で囁かれた声。真一郎は振り返ろうとするが、すでに遅い。

 女の細い手が、真一郎の背中を、肩甲骨を支点に叩きつける。

 重い衝撃が全身を駆け抜け、真一郎は地面に叩きつけられた。


「ぐっ……!」


 女はそのまま真一郎の胸元に膝をつき、顔を近づけた。

「この程度の力で、私に勝てると思ったか?」

 金色の瞳が真一郎を見下ろし、嘲るように輝く。


 その時。


 轟音と共に、空が割れたかのような爆音が響いた。

 真一郎の背後の森に、巨大な影が降り注ぐ。

 黒い、そして燃えるような塊が、女へと向かって飛んできたのだ。


「くっ、誰だい、お遊びを邪魔する奴は!」


 女は怒りを露わにし、真一郎から飛び退いた。

 空中で、彼女の体が白く輝き始める。ドレスが光の粒子となって消え、黒髪は白銀の毛へと変わっていく。

 その姿は、金色の瞳を持つ、白い九尾の狐へと変貌を遂げた。

 その尾は美しく弧を描き、優雅に宙を舞う。


 隕石のようなものが降ってきた場所は、砂煙を舞い上げ、何も見えなかった。

 だが、その中に光の玉が輝き、やがて人影が浮かび上がった。


 人影は、その光を収めると、低い声で言った。

「――道迷いを、これ以上惑わすな」


 その声には、森羅万象を支配するような、圧倒的な威厳があった。


 九尾の妖狐は、その存在に警戒の念を抱きながら、ゆっくりと真一郎の目の前に降り立った。


「ほう、お前が……」

 クロが、彼女に向かって静かに言った。


「その様子だと、どうやら私と面識があるようだな」

 九尾の狐が、クロを睨みつける。


「いや、面識は無い。だが、お前の噂はかねがね聞いている」

 クロの九つの尾が、ゆっくりと揺らめいた。


 妖狐の体から、金色の光が溢れ出る。

「お前は九尾の狐。そして我は九尾の猫又。……同類だが、相容れぬ存在だ」


 クロは静かに言うと、真一郎の前に躍り出た。

「真一郎、今はお前の出る幕ではない。見ていろ。これが、妖の“真の力”だ」


 妖狐の放つ金色の光と、クロの体から発せられる紫の光が、夜の山道を照らし出す。

 二つの光が交差し、互いの存在を主張する。

 その圧倒的な妖気に、真一郎は一歩も動けず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


 真一郎の背中に、冷たい汗が流れる。

 先日の「名無し」との死闘。そして今日の、九尾の狐との遭遇。

 自分が足を踏み入れた世界が、どれほど深く、そして恐ろしいものなのかを、改めて思い知らされていた。


「――お前は、まだ弱い」

 クロの声が、真一郎の頭の中に響く。

「だが、お前のその心に宿る光を、私は信じている。その光が、いつか闇を切り裂く刃となることを」


 真一郎は拳を握りしめた。

 クロの言葉は、真一郎の心に、小さな灯火を灯した。

 いつか、自分もこの光の中に立ち、この世界を守る存在となる。

 そんな予感に、真一郎は、静かに頷いた。

妖怪との交流は、真一郎にとって試練であり学びの連続。まだ道半ばですが、ここから彼がどう成長するかを共に見届けていただければ幸いです。

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