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『Echoes of Logos 外伝 ― 化物浦見、北の帝都に吠ゆ。―』  作者: ちょいシン


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第十話 妖気の気配、人の気配

妖怪の気配を初めて実感する真一郎。スネコスリの警告と消失は、彼の感覚を大きく揺さぶった。己の未熟さと、確かに芽生えつつある「異界との繋がり」。その狭間で、真一郎は新たな一歩を踏み出す。

 スネコスリは、可愛らしい顔をふわりと傾けて告げた。


「この先は危険ですよ」


 真一郎は言葉を失った。

 小動物のような丸い顔。その声は幼子のように澄んでいるのに、吐き出された言葉の重さが胸を圧迫する。


 クロが尾をゆらめかせながら応じる。


「スネコスリは人間に危険を知らせる妖怪さ。足に纏わりつき、時間稼ぎや進行を阻止するのが本分よ」


 その説明に、真一郎は思わず身を固くした。

 ――危険? 阻止? つまり、俺たちが行こうとしている先に、何か恐ろしいものが待っているってことか?


「風里偉は危険な妖怪なのか?」

 思わず声が震えた。自分でも情けないと思うほどの弱々しい響きだった。


「違います。この先に妖怪が複数いるのです」

 スネコスリは静かに答えた。

 丸い顔がほんの少し沈んだように見えて、真一郎は心臓を掴まれる思いがした。


「でも猫又様がいるのであれば安心ですね。差し出がましい振舞い、ご容赦願います」


 クロは軽く片耳を立てる。


「気にするでない、心遣い感謝する」


 その言葉に、スネコスリはほっとしたように目を細めた。

 次の瞬間、輪郭がふわりと揺らぎ、色が薄れていく。

 透き通るように、まるで霞が晴れていくように、存在そのものが消えていった。


「では、お気を付けて」


 最後に残した声だけが、草原にかすかに響いた。

 残されたのは、切り株と吹き抜ける風だけだ。


 真一郎は息を呑む。

 足に触れていた温もりが消え、急に心細さが押し寄せてきた。


「……すごいな」

 思わず口をついて出たのは、驚嘆と羨望の入り混じった感情だった。

「消えた……いや、消えたってよりも、存在そのものが溶けたみたいだった」


 クロが真一郎を見やり、問いかける。

「どうだった。何か感じたか?」


「感じた。……人間とは違う気配を。河童たちと出会った時には分からなかったものだ。けど今は、確かに何かが俺の足に触れて、そこに『生き物じゃない』気配があった。息が詰まるような……でも、不思議と嫌じゃなかった」


 言葉が溢れるように、興奮気味に捲し立てていた。

 胸の奥で鼓動が早鐘を打つ。初めて「異界」を覗いたような感覚が、彼を突き動かしていた。


 クロは鼻を鳴らす。

「妖怪が透明化するには妖力を使う。妖力が上下すれば、おのずと感じ取りやすくなるものよ」


「……なるほどな。人間も同じか。技を繰り出すときに気が上下する……そういう感じか?」


 真一郎の脳裏に、武術の稽古がよぎった。

 拳を振るうときの「気の流れ」。師範や父から叩き込まれた数々の言葉が、今になって妙に重なる。


「けどな」真一郎は唇を噛んだ。

「河童と相撲したときには、そんな気配を感じられなかったぞ?」


 クロは呆れ顔で尾をパシリと打った。

「あんなもので妖力なんざ使うものかよ。あれは戯れだ。ただの遊びに、命を削る力を使うわけがあるまい」


 真一郎は絶句する。

 ――たしかに。

 河童たちは、あの時ただ楽しそうに笑っていた。力を競ってはいたが、それは生死を分けるようなものではなかった。


 視線を落とし、拳を握る。

 胸の奥に、ふつふつと焦燥感が生まれる。

 自分はただ遊ばれていただけなのか。妖怪たちの力の一端にすら届いていなかったのか。


 心がざわつき、足元の土を強く踏みしめた。

 その感情を察したかのように、クロが言う。


「焦ることはない。お前はまだ若い。人の身でここまで妖気を感じられるだけでも異常だ。……むしろ、お前の感覚は成長していると見るべきだな」


 真一郎は肩で息をしながら、しばらく黙っていた。

 クロの声は冷静で、けれどもその奥底にわずかな温かみがある。

 それが救いのように胸に染みた。


 見上げれば、空はすでに夕暮れを迎えていた。

 山々の稜線に赤が滲み、冷たい風が頬を撫でる。

 蝦夷の大地を旅する中で、真一郎は初めて「異界との境目」を肌で感じていた。


 ――妖怪と人。

 その狭間に、自分は立っている。

 それが恐ろしくもあり、同時に抗いがたい昂揚をもたらしていた。

スネコスリとの邂逅により、真一郎は「妖怪の気配」を掴み始める。焦燥と昂揚、恐怖と期待が胸で入り混じる中、彼は自分の成長を確信する。次なる旅路には、さらなる試練が待っていた。

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