「ガラス瓶で飲むポーションは美味しく感じる」についての多角的考察
ポーションとは薬効のある草や果実、動物の角や皮膚などを調合し、それを清潔な水で煮込み、魔力的な精製を施すことで作られる回復薬である。
飲めば切り傷程度ならばたちまち全快、重傷にも効果がある。
これがあれば回復魔法の使い手を連れ回す必要もなくなり、危険を伴う冒険者や兵士といった職業の者にとっては必需品といえた。
そして、そんな彼らの間でまことしやかにささやかれる噂があった。
「ガラス瓶で飲むポーションは美味しく感じる」
ポーションは飲み物なので容器には融通が利く。
細長い瓶の中に入れられて売られることもあれば、金属製の缶で売られることもあるし、丸い壺に入っているものもある。人によっては水筒に入れて携帯する。
ポーションの味は甘みの中にほのかに苦みのあるジュースといったところ。
ものすごく美味というわけではないが、戦いや冒険で疲れた体に甘さを含むポーションはじんわり染み渡る。
味そのものも改良され、ポーションの味について言及する消費者も増えていく。
そしていつしか、いつの間にか、ポーション消費者たちの間でこんな会話が繰り広げられるようになった。
「ポーションって、ガラス瓶で飲むとメチャ美味いよな」
「分かる~」
「なんでだろうな? 気持ちの問題なのかねえ」
理由は分からない。
しかし、噂だけは確実に広まっていく。
しかも、その噂は殆ど否定されることはなく、共感できる者が大多数という奇妙な状況のまま――
***
この件に関して、一人の研究者が興味を抱いた。
名はキュリオ。いかにもインテリといった風貌の細面の男で、片目にはモノクルをつけている。
業界では“変人”としても知られる人物であり、そんな彼だからこそこの問題に目をつけたのである。
まずキュリオは、ポーションの大手製造元に向かった。
現在ポーションは大量生産化が進んでおり、流通しているポーションの殆どはこうした大手企業で製造されたものである。
その生産工程に「ガラス瓶で飲むポーションは美味しく感じる」の秘密があるのではと考えたのだ。
大手工場でのポーションの作り方は実に豪快だ。
大鍋に入った水に、薬草などの材料を入れ、まとめて煮込む。
煮込んだ“ポーションの元”ともいえる液体に、企業お抱え魔術師が魔法により精製作業を行う。
それを冷やしてから、容器に入れる。
これらが無駄のない流れ作業で行われ、凄まじいスピードでポーションが出来上がっていく。
おかげで、冒険者らの死亡率はずいぶん低下した。
キュリオは工場の責任者に尋ねる。
「こういったポーションを入れる容器には、どのようなものがあるんですか?」
「色々ありますよ。ガラス瓶、缶、陶器、変わったところではひょうたん、最近では樹脂を加工したボトルに入れることも増えてきました」
巷で流行っている噂についても聞いてみる。
「存じてますよ。ガラス瓶で飲むポーションが美味しいと言われてるらしいですね」
「実際のところ、ガラス瓶に入れるポーションのみ、上等なものにしてるということはありませんか?」
責任者は首を横に振る。
「ありませんね。そんなことしたら、私はここをクビになってしまいますし、それに――」
「それに?」
「一連の作業をご覧になったでしょう? ポーションの出来具合に多少の上下が出ることは否定できませんが、上質なものだけを選んでなおかつそれをガラス瓶だけに詰めるなんて絶対に不可能です」
「確かに……」
工場がわざわざガラス瓶のポーションを美味しくしている、というのはあまりに現実的ではない。
やるメリットもないし、それをやろうとすれば作業は大幅に遅れることだろう。
キュリオは礼を言うと、工場を後にした。
続いてキュリオが考えたのは、ポーションにガラス瓶の成分が溶け出して味をよくしているのでは、という仮説だ。
しかし、ポーションとガラスを触れさせてみても、ポーションにその成分が溶け出すようなことはなかった。
二つの木のコップに同じポーションを入れ、片方だけガラス片を長時間触れさせる。それを飲んでもらうという実験もやってみたが、味に差異は見られなかった。
ならばとキュリオはガラス瓶の形そのものに着目する。
ガラス瓶の形状にはそれを見ることで味覚に影響を及ぼす何かがあり、それが味をよくしているのではと考えたのだ。
ガラス瓶と同じ形の粘土細工を見ながらポーションを飲んでもらうなど、さまざまな実験を試みたが、ガラス瓶の形が味覚に作用するという結果は得られなかった。
瓶でポーションを飲む時は口をすぼめる。この行為がポーションの味をよくしているとも仮説を立てた。
だが、それらしい結果は得られなかった。
キュリオは他にもさまざまな仮説を立て、実験や調査をしてみたが、どれもポーションを美味にしていると決定づけるものではなかった。
疲れ果てたキュリオは机の上にあるポーションの瓶に手を伸ばし、グビグビと飲む。
やはり他の容器に入ったポーションより美味しく感じる。しかし、それがどうしてなのかは分からない。
キュリオはこうつぶやく。
「美味い……。しかし、なぜ美味く感じるのかは分からん。この答えは神のみぞ知る、といったところか」
***
空のどこかにあるとされる天界。
白い髭をたくわえた神の元に、少年のような容姿をした一人の天使がやってくる。
彼は人間に化け、下界に買い物に出かけていた。
「神様、ポーションを買ってきましたよ」
神は礼を言う。
「おお、ありがたい。疲れた体にはポーションがよく効くからのう」
「人間も素晴らしい発明をしたものですね」
「うむ、神として鼻が高いぞ」
下々の人間が自分をも驚かせる品を作り上げたことに、神は感動を覚えている。
天使と神はガラス瓶に入ったポーションを一気飲みする。
「ぷはぁっ! 美味い!」
「くぅぅ、たまらんわい!」
そのままポーションの広告に使えそうな勢いで飲み干すと――
「しかし神様、ポーションってガラス瓶で飲むとなんでより美味しく感じるんでしょうね?」
「さあな……ワシにも分からんよ」
完
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