決意と覚悟
授業の内容なんて、一文字も頭に入ってこなかった。
水島凛――俺の恋人だったはずの彼女は、今日の朝、俺の顔を見て「誰?」と言った。
それは、彼女のタイムリープによって過去が書き換えられた証だ。そして、俺のことを、知らない現在に上書きされたことを意味する。
(でも、なぜだ? なぜ、凛だけが再リープできた? )
俺たちは、ワンチャンスだけのタイムリープ者。そんなルールだったはずだ。
俺と凛、二人だけがこのリープの真実を共有していた。あの日、凛の方から俺に言ったんだ。「あなたも、そうなんでしょ?」って。
そのときの目、忘れない。
この世界にただ一人、自分と同じ異常を抱えてる誰かに出会った、安堵と緊張が入り混じったような瞳。
(……なのに今の凛は、俺を知らない)
これは、事件だ。いや、事故か? それとも……何者かの干渉?
答えが出ない。
(でも、それなら……俺がここにいる意味は?)
俺だけが、前の世界の記憶を持っている。
凛が失ったもの、凛が捨てたもの。
そして――俺たちの恋の記憶。
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翌日。俺は動いた。
彼女の住んでいるエリアの図書館、公民館、以前話していた中学校――過去の会話を思い出しながら、全てを洗い出す。
数日後。
放課後の教室で、水島凛がふと僕の方を見た。
目が合う。でも、すぐに逸らされた。
まだ、記憶は戻らない。
それでもいい。焦らなくていい。だって、始まりはもう一度訪れた。
それが、俺にできる二度目の恋の形なんだ。
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春の陽が、校庭を橙に染め始める頃。
俺は、彼女の後ろ姿を見つけた。
水島凛。タイムリープの記憶を持ち、そして今、それを失っている少女。
――いや、正確には失ったのではなく、書き換えなのだろう。
「……涼くん?」
その声に、はっと顔を上げる。いつの間にか、凛が俺の方を見ていた。
彼女は、軽く首を傾げていた。けれど、その目は――昨日よりも、少しだけ柔らかくなっていた。
「どうして、私のこと……そんなに見てくるの?」
質問というより、戸惑いの呟きだった。
俺は、心臓を一度深く鳴らすと、ゆっくりと近づいた。
「……覚えてないかもしれないけど、俺たち……一度、付き合ってたんだ」
凛の目が見開かれた。でも、すぐに伏せられる。
否定も、肯定もない。ただ、静かな沈黙。
「俺は、たった一度しかリープできなかった。だから、この世界が最後だった。……でも、凛はもう一度、リープしてしまった」
言葉が、喉を焼いた。吐くほど苦しい。でも、言わなきゃいけない。
「なら……次は、俺が君の手を取る番だな」
「え……?」
「思い出してほしいなんて、言わない。記憶を戻せなんて、もう望まない。ただ……俺がここにいるってことだけ、知っててほしい。君のそばにいたいって、それだけは変わらないから」
凛が小さく笑った。
それは、過去の彼女の面影がそのまま浮かび上がったような、優しい微笑みだった。
「……涼くん、変わらないね。ほんとに、優しい」
手を伸ばせば、届きそうな距離だった。
でも、まだ触れない。まだ、今の彼女の中には、俺はいないのだから。
それでも、確かに一歩、前に進めた気がした。
それが、きっと――また始める理由になる。
俺たちは、また出会えた。
記憶なんかじゃなくて、今の感情で。
だからきっと、もう一度――恋を始めてもいい。




