水面下で動き出す結城楓
期末テスト直前。
放課後の教室は、勉強ムードでいっぱいだった。
「……ん~、わかんない……」
後ろの席から、奈央のうめき声が聞こえる。
ちらっと振り向くと、ノートに伏せたまま、動かない。
(……大丈夫かよ、あいつ)
今までは元気いっぱいだったくせに、テスト前になると急に現実を知るタイプだ。
ま、別に俺がどうこうする問題でもない。
今回は、自分のことだけ考える。
(何としても、成績上位に食い込む……!)
未来のために。
そして、親のためにも。
そんな俺の机に、影が差し込んだ。
「……ちょっといい?」
顔を上げると、そこにいたのは楓だった。
ツインテールを揺らしながら、どこか緊張した顔をしている。
「……何だよ」
警戒しながら答える。
すると、楓は小さな紙切れを、机にそっと置いた。
「……今日の放課後、屋上に来て」
それだけ言って、足早に去っていった。
(……何だよ、それ)
まるで、ラブレターを渡されたみたいなシチュエーション。
でも、俺は素直に喜べなかった。
(楓……絶対、何か気づいてる)
胸の奥に、嫌な予感が広がる。
でも、行かないわけにもいかない。
なぜなら――
(楓は、俺たちの秘密に、近づきつつある気がするから)
ーーーー
放課後。
俺は、屋上への階段をゆっくり上っていた。
鉄扉を開けると、夕焼けに染まった空と、ぽつんと立つ楓の姿が見えた。
「……来たのね」
「……お前、何の用だよ」
なるべく、無表情で言う。
心臓が、ドクンドクンとうるさい。
楓は、フェンスにもたれかかりながら、俺をじっと見た。
「……涼って、ちょっと変だよね」
「は?」
「勉強も、運動も、急にできるようになったし。……話し方も、なんだか、大人みたいだし」
(……やっぱり、バレかけてる……)
体の奥が、冷たくなる。
俺たちタイムリープ者の存在がバレたら、絶対にロクなことにならない。
だから、絶対にごまかさなきゃいけない。
「たまたまだろ」
「……ほんとに?」
楓は、一歩近づいてきた。
「水島凛も、似てる。大人みたいな話し方をするし、変に落ち着いてるし……」
「偶然だって」
必死に平然を装う。
でも、楓は引き下がらなかった。
「……ねぇ、涼」
楓の声が、少し震えていた。
「私、知りたいの。涼のこと。……涼の本当のこと」
(……なんで、そこまで)
正直、怖かった。
このまま押し切れば、楓はさらに踏み込んでくる。
だけど――
(……でも、こいつは……俺を……)
きっと、俺自身を知ろうとしてくれている。
ただの好奇心なんかじゃない。
だからこそ、余計に応えられない。
「ごめん」
俺は、言った。
「……教えられない」
楓の顔が、きゅっと曇った。
「……そっか」
小さな声で、それだけ言うと、楓はフェンスから離れた。
夕焼けに照らされるその横顔が、やけに寂しそうだった。
「でも、諦めないから」
「……え?」
楓は振り返り、まっすぐに俺を見た。
「私、絶対に涼の秘密を暴くから」
そう言い残して、階段へと消えていった。
(……マジかよ……)
しばらく、その場に立ち尽くしてしまった。
夕焼けが、じわじわと夜に染まっていく。
俺の中にも、重たい闇が、広がっていった。
(……このままじゃ、まずい)
結城楓は、ただの中学生じゃない。
本気で俺たちの秘密に迫ろうとしている。
しかも、感情を交えた本気で。
(……くそっ、どうすりゃいいんだ)
握りしめた拳が、微かに震えた。
未来を変えるためにやり直したはずなのに、もうすでに、誰かを傷つけてしまっている。
そんな現実に、俺は初めて、本当の恐怖を覚えた。




