8話 邪魔者
來斗の車が都心の中心部にある、大きなマンションの駐車場へ入った。どこへ停めてもいいと言われたので、一番奥のスペースに車を駐めた。
來斗の後に続き、エレベーターに乗る。何階かと聞くと、最上階と答えた。
まさかのセレブと私は思った。パソコンの広告によく載ってるフレーズ、「駅近で好立地、最上階の角部屋は静かで優雅に過ごせます」ってやつ。もちろん、お値段もそれ相応だ。
エレベーターを降りると、一番奥の角部屋だった。どんだけだよ、と目を細めて溜め息を吐く。
部屋に入ると、2部屋とリビングダイニングキッチン。いわゆる2LDK。まるっきりの広告そのもの。
嫁さん候補でもいるのか、将来の夫婦の城って感じだ。ポリスって儲かる商売なんだと初めて知る。
「珈琲でも飲むか? ど、どうだ、感想は?」
來斗がそわそわしながら訊く――
「随分リッチだな、私がきて邪魔じゃないのか?」
「なんで? 邪魔なら誘わないよ」
「フ〜ン。恋人とかいないの? 彼女の突然訪問とかでゴタゴタに巻き込まれるは御免だよ」
「バカ言うな、ハイ、珈琲。ソファに座れよ」
座れと言われたので、來斗のすぐ横に座った。何故かおどおどと落ち着かない來斗、別に襲って食うわけじゃあるまいし、逆に失礼だろ。
ああ、ソファがとても柔らかくて気持ちが良い。
「このソファ、気持ち良いな。なんか寝そう――」
「えっ、そ、そうか? で、どうする?」
なんだろう、このまったり感が心地良いのは。直斗と違って煩わしさがないっていうか、寄り添いたくなるっていうか、好きだな、この感じ。
「うん、いいかも。私さあ、來斗が好きかも」
「グフッ! ゴホゴホッ! な、なんて……?」
「ん? 來斗が好きって言った。この空間はやっぱ來斗だからなんじゃないかなあって、居心地がよくてさあ、邪魔なものがないって感じが好きだ」
「――それって、俺じゃなくて空間が好きなんだろ? お、俺はお前が、その、好きだよ……」
私はいつの間にか寝落ちてしまった……。
ふと目が覚めると、フカフカの枕が私を包んでいた。じゃない、私が包んでいた。
どうやら私は寝てしまったようだ。ああ來斗の家かと、ベッドで寝ていることに気付く。
來斗が運んでくれたのだろうか、これでは私のほうが失礼で図々し奴だ。
ベッドから降りると何かを踏んだ。よく見ると來斗が床に転がって寝ている。
私はそっと來斗にまたがり寝顔を見る。おぼろげに聞こえた「好きだ」と言ってくれた言葉。本当は空間が好きなんじゃない、きっと私も來斗が好きなんだと、胸がトクンと鳴って、思わず來斗の頬を指でなぞる。
少しずつ顔を近づけると、來斗が目を覚ました。
「――――よっ。なんで來斗が下で寝てるんだよ」
「――――なんでお前は俺の上にいるんだよ」
「――ちょっと襲ってやろうかなって」
「――襲えるもんなら襲ってみろ」
來斗の真っ直ぐな瞳、吸い込まれそうだ……。
胸の鼓動が高まる、ああ、伝わってしまう――
「フッ、冗談だよ、私はもう退散するからベッドで寝ろ。じゃ」
「えっ――――どこへ行くんだ?」
私は黙って後ろに手を振って、來斗の部屋から立ち去った。顔が火照って恥ずかしい、一緒にいたいのと邪魔者にはなりたくないのとで悩ましい。ちょっと惜しい気もするが、仕方ない。
エレベーターに乗り、駐車場へ向かった。壁に寄り掛かり、点滅する数字をボンヤリと眺める。
逃げ出してしまったけど、あの温もりと瞳にずっと包まれていたかったな。フレンドで良いって思ってたけど、いつの間にか欲が出てしまったらしい。これが恋というものなんだろうか……。
ピンっとエレベーターが1階に着いた。車の近くまで来ると、またピンっと別のエレベーターの開く音。バタバタと足音が駐車場に響く。
「キーナ!」
呼ばれて振り向くと、來斗が上着を片手に走って来た。そして私の前に立ち、肩を掴む。
「ハァ、一緒に住めとは言わない、でも毎日顔を出しに来い、俺から離れるなよ」
「……離れるなって言われても、立場が違うしさ」
思ってもいないことが口から出る――
「そんなこと、そばに居ろって言ったのはキーナなんだぞ! 忘れたのかよ、俺が嫌いか?」
私はすぐに顔を横に振った。嫌いなわけない、今もまた逢えて嬉しいとさえ思う。でもきっと、來斗の好きと私の好きは違う、來斗の優しさが今はちょっと辛いな……。
「ハァ、良かった……お前、これからマザーに会う気なんだろ? 俺も一緒に行く、お前ひとりじゃ会わせてもらえないぞ」
ほらやっぱり、ただのお人好しだ。私はドール、人外で人害だ。私も切り替えよう。
「あ、そうか。なあ、肩痛いんだけど……」
來斗はフレンドだ、それで十分じゃないか。
「あっ、すまん! つ、つい……悪い……」
「來斗の後に付いて行くから、早く車を出せ」
「ああ、分かった」
來斗が先に出てまた私が後に続く。まるで諭されて自首する犯罪者気分だ――
ポリスステーションはここから案外近い場所にあった。ステーションの駐車場に車を駐めて、私達は建物に繋がる入口から階段を上がって通路に出た。
來斗が私の手を引いてエレベーターへと誘導する。さすがに迷子にはならないだろうと、この手繋ぎの意味を疑問に思う。
エレベーターに乗ると、來斗が手を離した。私はチラッと來斗の顔を見る、顔が赤い。この不可解な現象に私はまた溜め息を漏らす。
「ハァ、なあまだ怒ってる?」
「え? 怒るって、俺がか?」
怒って顔が赤いわけではないのか――
「だってずっと顔が赤いからさあ」
「赤い? ……それはその……えっと、なんだ……」
もしかして、自分から手を繋いでおいて照れてるとか? なら余計なことしなければいいのに。こいつ絶対に女性から勘違いされるタイプだ。
「ハァァ、お前そのあやふやな態度を直さないと私が困るんだけど、一緒にいられなくてもいいの?」
「…………ダメだ!」
「まったく、ほんと面倒くさい奴だなあ」
ピンっとエレベーターが目的の階に到着した。
一歩エレベーターを降りた途端、來斗の表情が変わった。
「キーナ、ここからは真剣勝負だ。言葉を慎めよ」
「……ああ」
何とも切り替えの早い奴だ――