表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/35

6話 恋人到来?


 久々の我が家。今日はこれで山へ行けると思ったそのとき、タバコが残りわずかだったことに気付く。


 公園の先にタバコ屋の看板を見つける。もうあまり目にすることのない光景に、些か気がはやり、車を停めて公園の中を急ぎ歩いた。


 公園は若者や子供、老人の憩いの場所、緑や土の匂いは私にとっても安らぎの場だ。


「うっ……イタ、イタタッ! あゝまったく……」


 老婦人が道端に座り込み、足を押さえて苦痛の表情を見せている。

 どうするか、世話を焼くのか無視るのか。たかがタバコ、考えるまでもない。おっとサングラス、強面は心臓に悪い、ポックリは御免だ。


「どうしたお婆ちゃん? 転んだのか?」


「ちょっと膝を悪くしてね。しゃあない、歳には勝てんよ。イタタタッ……」


「私でいいなら送るけど、どうする?」


「いいのかい? アリャま! こりゃまた男前だこと! なら、お願いしちゃおうかね」


 私はお婆ちゃんを背負い立ち上がると、なんともその軽さに驚く。(あたか)も生きた証が削り取られたかのようだ。哀れというには忍びなく、これを切ないというのだろうか。


「それで、家はどこだ?」


「あそこにタバコ屋が見えるだろ? あれだよ」


「おお、私もタバコ屋へ行く途中だったんだよ。疲れない? 寄り掛かっていいぞ」


「いい男だねえ。後50若きゃ言い寄ってるのにさ」

 

 私はお婆ちゃんの話し方に違和感を覚えた。それが何なのか分からずモヤモヤと残る。


「歳なんか関係ないよ、乙女心は不滅とか、どこかで聞いた覚えがある、だろ? アハハ!」


「こんなイカした若者もいるんだねぇ、外っツラばかりと思ってたが、どうだい、アタシの恋人になる気はない? 話し相手って意味でさ、ダメかい?」


 まさかのナンパ。まあ、亀の甲より年の功って言うし、何かしらの助言でも頂けるかもしれない。

 いいじゃん、面白い。


「よし乗った。お嬢さん、お名前は?」


「アタシかい? 桜だ」


「桜ちゃんか、私はキーナだ、よろしくな」


「キーナさんか、綺麗な名だよ。また逢いに来てくれるかい?」


「ああ、もちろんだとも。明日また来るとしよう、タバコのついでだ。いいかい?」


「嬉しいねぇ。ああ、待ってる、待ってるよ」


 その後、桜ちゃんをタバコ屋まで送って別れた。意外と薄化粧で綺麗だった。歳のわりにはだ。


 私に初の恋人到来。即席インスタント、カップ麺か。5分も経ってないのでは?

 そんなものなのかもな、出逢いなんて。

 あ、タバコを買うの忘れた……。


 私はまた憩の場でもある静かな山の頂上へ来ていた。その日も山で一夜を過ごす。夜中、野生動物が彷徨(うろつ)いて散々だ。

 唯一、食物連鎖の王道を行く賢い奴ら。それに比べて頭でっかちの人間はなんと粗末な(やから)か。

 野生の法則。それを自ら退いた人間達。因果応報、これが人間の法則なのだろう。まあどうでもいいか、もう静かに寝かせてくれ――

 


 翌朝――


 車から降りて背伸びをする。ポケットからタバコを取り出し朝一番の一服。空気もタバコもうまい。

 

 山を降りて朝食を食べにまたファミレスに入った。どうやら喫煙席は空いているようだ。尽かさず珈琲を頼み、メニューにゆっくり目を通す。

すると背後から刺すような視線が――

 出た、ストーカー直斗。


「おいキーナ、こんな所で何してんだよ」


「何って、朝メシ。もう要はないだろ? 」


「お前、兄貴と仲良さげじゃん」


「はて、そうだったかなあ?」


「お前そう寂しいこと言うなよ、兄貴は一推しだ」


「私はAセットが一推し、直斗は?」


「じゃあ、俺もAセットで」


 しばらくして注文した品が運ばれてきた。私は黙々と食べる。直斗は何故か不貞腐れた顔で料理を口に運ぶ。いつもながら黙ってはいられないようだ。


「それで、あの後どこへ行ったんだよ」


「どこってお前に関係ないだろ、分かったらもう構うな、食ったら消えろ」


 いくら譲歩されようが、ウザいものはウザいのだ。


「しばらく一緒って言ったじゃん!」


「ウソ吐くんじゃない!」

 

「…………また、探すぞ」


「フゥ〜、勝手にしな」


 食後のタバコを(くゆ)らせながら、珈琲を口に含む。タバコの点滅を見て後少しと、名残惜しくも灰皿に吸殻を捨て店を出た。


 直斗が新しい車を見て家まで送れとしつこく迫るので、仕方なく送ってやることにした。

 家の近くで車を止めた。

 

 すると、兄貴には連絡先を交換して自分には教えてくれないのかと、半べそ状態で立ち(すく)んで動かない。面倒くさいのであまり使わない携帯のアドレスを教えてやった。

 

 直斗は嬉しそうに携帯を握りしめると、車のドアを名残惜しく閉めた。哀愁の背中を向け歩き出す。

 私は尽かさず車の窓から直斗に声を掛けた。


「変なメール送ってきたらネットに掲げるぞー!」


「分かってるー! ありがとな、キーナ!」


 本当に分かっているんだろうか、不安だあ……。


 そういえば、桜ちゃんに逢いに行く約束だ。膝の痛みは良くなったのだろうかと、タバコ屋の前に車を停めた。


 大きな屋敷のすぐ横に、小さなタバコ屋がポツンと並ぶ。窓口には人影もなく、そっと中を覗いて声を掛けた。


「すみませーん、誰か居ますかあー?」


「ハーイ。いらっしゃい……あっ!」


「えっ?」


「ああー! あなたは! 探しましたよ! そりゃもう、ええ、ええ、毎日コンビニ通いで! ちゃんとお礼ができてなかったからでですねー!」


「えっと、誰だっけ?」


 見た覚えはあるような、無いような、まさか私もボケてきたか?


「ですよね、コンビニで痴漢にあった女です。あのあと不意に居なくなってしまったので……」


「ああ! あの時の。懲りずにコンビニ通いか、礼なんかいらないよ、こっちが困る」

 

 あの肝心なところで役に立たなかったしどろもどろのお嬢さん。このタバコ屋で働いているのか。


「あの時は本当にありがとうございました。あ、タバコですか?」


「そうなんだけど、桜さんは居るかな?」


「桜さん? あ、お婆ちゃんのことですかね。まだ仕事から帰ってきてないんですよ」


「お婆ちゃん? 君は桜さんのお孫さんなのか?」


「はい。お婆ちゃんは仕事があるので私が店番を任されてるんです。お婆ちゃんと知り合いですか?」


「えっ、まあね」


 しかしあの歳で仕事とはなあ……膝が悪いのは仕事が原因か。


「明日はいると思いますので、また来て下さい」


「うん。あ、そのタバコを1つ頼むよ」


「ハイ。ありがとうございます。ではまたー!」


 今日は桜ちゃんに逢えなかった。生存率は低いので、まめにチェックは必要だ。

 しかし、まさか彼女が桜ちゃんの孫とは、世間は広い様で狭い。今日は退散、また顔をだそう。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
まさかの逆ナン。そして百合カプ成立。 桜ちゃんは大胆ですね〜。 確かにタバコの看板は見かけなくなったような……。 全席禁煙のお店も増えましたしね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ