6話 恋人到来?
久々の我が家。今日はこれで山へ行けると思ったそのとき、タバコが残りわずかだったことに気付く。
公園の先にタバコ屋の看板を見つける。もうあまり目にすることのない光景に、些か気がはやり、車を停めて公園の中を急ぎ歩いた。
公園は若者や子供、老人の憩いの場所、緑や土の匂いは私にとっても安らぎの場だ。
「うっ……イタ、イタタッ! あゝまったく……」
老婦人が道端に座り込み、足を押さえて苦痛の表情を見せている。
どうするか、世話を焼くのか無視るのか。たかがタバコ、考えるまでもない。おっとサングラス、強面は心臓に悪い、ポックリは御免だ。
「どうしたお婆ちゃん? 転んだのか?」
「ちょっと膝を悪くしてね。しゃあない、歳には勝てんよ。イタタタッ……」
「私でいいなら送るけど、どうする?」
「いいのかい? アリャま! こりゃまた男前だこと! なら、お願いしちゃおうかね」
私はお婆ちゃんを背負い立ち上がると、なんともその軽さに驚く。恰も生きた証が削り取られたかのようだ。哀れというには忍びなく、これを切ないというのだろうか。
「それで、家はどこだ?」
「あそこにタバコ屋が見えるだろ? あれだよ」
「おお、私もタバコ屋へ行く途中だったんだよ。疲れない? 寄り掛かっていいぞ」
「いい男だねえ。後50若きゃ言い寄ってるのにさ」
私はお婆ちゃんの話し方に違和感を覚えた。それが何なのか分からずモヤモヤと残る。
「歳なんか関係ないよ、乙女心は不滅とか、どこかで聞いた覚えがある、だろ? アハハ!」
「こんなイカした若者もいるんだねぇ、外っツラばかりと思ってたが、どうだい、アタシの恋人になる気はない? 話し相手って意味でさ、ダメかい?」
まさかのナンパ。まあ、亀の甲より年の功って言うし、何かしらの助言でも頂けるかもしれない。
いいじゃん、面白い。
「よし乗った。お嬢さん、お名前は?」
「アタシかい? 桜だ」
「桜ちゃんか、私はキーナだ、よろしくな」
「キーナさんか、綺麗な名だよ。また逢いに来てくれるかい?」
「ああ、もちろんだとも。明日また来るとしよう、タバコのついでだ。いいかい?」
「嬉しいねぇ。ああ、待ってる、待ってるよ」
その後、桜ちゃんをタバコ屋まで送って別れた。意外と薄化粧で綺麗だった。歳のわりにはだ。
私に初の恋人到来。即席インスタント、カップ麺か。5分も経ってないのでは?
そんなものなのかもな、出逢いなんて。
あ、タバコを買うの忘れた……。
私はまた憩の場でもある静かな山の頂上へ来ていた。その日も山で一夜を過ごす。夜中、野生動物が彷徨いて散々だ。
唯一、食物連鎖の王道を行く賢い奴ら。それに比べて頭でっかちの人間はなんと粗末な輩か。
野生の法則。それを自ら退いた人間達。因果応報、これが人間の法則なのだろう。まあどうでもいいか、もう静かに寝かせてくれ――
翌朝――
車から降りて背伸びをする。ポケットからタバコを取り出し朝一番の一服。空気もタバコもうまい。
山を降りて朝食を食べにまたファミレスに入った。どうやら喫煙席は空いているようだ。尽かさず珈琲を頼み、メニューにゆっくり目を通す。
すると背後から刺すような視線が――
出た、ストーカー直斗。
「おいキーナ、こんな所で何してんだよ」
「何って、朝メシ。もう要はないだろ? 」
「お前、兄貴と仲良さげじゃん」
「はて、そうだったかなあ?」
「お前そう寂しいこと言うなよ、兄貴は一推しだ」
「私はAセットが一推し、直斗は?」
「じゃあ、俺もAセットで」
しばらくして注文した品が運ばれてきた。私は黙々と食べる。直斗は何故か不貞腐れた顔で料理を口に運ぶ。いつもながら黙ってはいられないようだ。
「それで、あの後どこへ行ったんだよ」
「どこってお前に関係ないだろ、分かったらもう構うな、食ったら消えろ」
いくら譲歩されようが、ウザいものはウザいのだ。
「しばらく一緒って言ったじゃん!」
「ウソ吐くんじゃない!」
「…………また、探すぞ」
「フゥ〜、勝手にしな」
食後のタバコを燻らせながら、珈琲を口に含む。タバコの点滅を見て後少しと、名残惜しくも灰皿に吸殻を捨て店を出た。
直斗が新しい車を見て家まで送れとしつこく迫るので、仕方なく送ってやることにした。
家の近くで車を止めた。
すると、兄貴には連絡先を交換して自分には教えてくれないのかと、半べそ状態で立ち竦んで動かない。面倒くさいのであまり使わない携帯のアドレスを教えてやった。
直斗は嬉しそうに携帯を握りしめると、車のドアを名残惜しく閉めた。哀愁の背中を向け歩き出す。
私は尽かさず車の窓から直斗に声を掛けた。
「変なメール送ってきたらネットに掲げるぞー!」
「分かってるー! ありがとな、キーナ!」
本当に分かっているんだろうか、不安だあ……。
そういえば、桜ちゃんに逢いに行く約束だ。膝の痛みは良くなったのだろうかと、タバコ屋の前に車を停めた。
大きな屋敷のすぐ横に、小さなタバコ屋がポツンと並ぶ。窓口には人影もなく、そっと中を覗いて声を掛けた。
「すみませーん、誰か居ますかあー?」
「ハーイ。いらっしゃい……あっ!」
「えっ?」
「ああー! あなたは! 探しましたよ! そりゃもう、ええ、ええ、毎日コンビニ通いで! ちゃんとお礼ができてなかったからでですねー!」
「えっと、誰だっけ?」
見た覚えはあるような、無いような、まさか私もボケてきたか?
「ですよね、コンビニで痴漢にあった女です。あのあと不意に居なくなってしまったので……」
「ああ! あの時の。懲りずにコンビニ通いか、礼なんかいらないよ、こっちが困る」
あの肝心なところで役に立たなかったしどろもどろのお嬢さん。このタバコ屋で働いているのか。
「あの時は本当にありがとうございました。あ、タバコですか?」
「そうなんだけど、桜さんは居るかな?」
「桜さん? あ、お婆ちゃんのことですかね。まだ仕事から帰ってきてないんですよ」
「お婆ちゃん? 君は桜さんのお孫さんなのか?」
「はい。お婆ちゃんは仕事があるので私が店番を任されてるんです。お婆ちゃんと知り合いですか?」
「えっ、まあね」
しかしあの歳で仕事とはなあ……膝が悪いのは仕事が原因か。
「明日はいると思いますので、また来て下さい」
「うん。あ、そのタバコを1つ頼むよ」
「ハイ。ありがとうございます。ではまたー!」
今日は桜ちゃんに逢えなかった。生存率は低いので、まめにチェックは必要だ。
しかし、まさか彼女が桜ちゃんの孫とは、世間は広い様で狭い。今日は退散、また顔をだそう。