3話 突然の拉致
知らず知らずのうちに、私の聖地である山に来ていた。頂上で車を降りてタバコを取り出し一服。
フッと空に一羽の鳥が旋回する。
「あれは隼かあ、珍しいな」
鳥は大空を自由に飛ぶ、人間は地を這う。どちらも危険区域に違いない。だからどうというわけじゃないが――
ハァ、お尋ね者回避にポリスは必須だと思ったんだが……ポリスに弱点とかないのかよ。
そういえば、あの屋敷にいた指揮官はあの後どうなったんだろう、できれば仲間にしたかったが。
翌朝――
私はあのまま山で一夜を過ごした。腹の虫が時を知らせる。ファミレスも良いが、たまにはコンビニへ行ってみよう。
車を路上の隅に停めてコンビニへ入ると、朝の通勤客で結構混んでる。手軽さが売りでも、これでは街のスーパーと変わらない。
私はサンドイッチと珈琲を持ってレジへ向かう。
そこで嫌な光景を目撃してしまった。どう見ても不審者丸出しの中年男、おそらく痴漢。
女性の後ろにピタッと並んで怪しい動作。陳列棚が目隠しになって、左右からは見て取れない。
この店をよく把握しているようだ、常習犯か。眼に入ったものは仕方がないと、私はふたりの間にワザと横入りをしてみる。反応や如何に。
「ちょっと君、横入りはダメだよ」
男は怪訝そうに私を見る。
「すまないね、彼女は私の連れなんだよ。女性のヒップを眺めたいなら離れて見るのがベストだ、特に知らない女性の場合はね」
「えっ、あ、ああ、いや……」
一歩後ろにたじろぐ男。女の尻を追っかけて何が面白いんだか、呆れるな。
女性は驚いたような顔で振向くも、またすぐ正面を向いた。恐怖と安堵が思考を鈍らせている様だ。
レジの流れがスムーズになって、私は会計を済ませて店を出た。
路上に停めた車が気になり、私は急ぎ足で歩く。すると突然うしろから声を掛けられた。あの痴漢に遭った女性だ。
「あ、あの、先程はありがとうございました。ずっと店の中を付いて回るので、困っていたんです」
「勝手なことしたかな、でも気をつけなよ。では」
「あ、待って! えっとお礼を、あのちょっと!」
女性は興奮気味に声を張り上げて、私のコンビニ袋を引っ張る。周りの人達が何事かと私を観る。
観ていたのは一般人だけではなかったようで、警ら中のオフィサーが騒ぎを聞きつけ近寄って来た。
「どうされました?」
「あのですね、痴漢が、えっと、その……」
ちょっとお嬢さん、この状況でしどろもどろは反則ですよね、そこはこうきっちり喋らないと――
案の定、私は否応なく交番とやらに連れて行かれた。初めての交番。
職務質問くらいしてほしいとも思ったが、サングラスが怪しさを際立たせていたらしい。だからっていきなり交番はないだろ。
女性は緊張のせいか、未だ辿々しくも一生懸命に説明をしてくれた。やっと解放と思ったら、覆面パトカーらしき車が交番の横に停まった。
中から出てきたのはなんと、あのとき固まって動かなかった指揮官の男だ。
どうするか、チャンスでもある、そうリベンジ。
そんな事を考えていると、男が私に気付き、いきなり腕を掴んで覆パトに押し込んだ。
オフィサーが男を呼び止める――
「あ、あの、警視殿、その人は何も……」
「俺はこいつに用がある。では」
「は、はあ……」
私は突然のことに戸惑った。問答無用の連行、今のポリスは無言で拉致るのか?
とにかく、この状況を把握しなくてはならない。
「えーっと、これはいったいどういう……?」
「探してた――ま、また逢ったな」
「えっ? ああ、そういえばまたって言ったな。あのさ、唐突なんだけど、私とフレンドしない?」
ちょっといきなり過ぎたか。しかしこの機会を逃すわけにはいかない。
「な、なにを、意味が分からん!」
「やっぱり駄目かあ、お尋ね者だしねえ……」
「そ、それとこれとはまた別の話しだ……」
「それとこれって?」
「…………」
黙ってしまった、把握どころか会話も続かない。私は何か間違いを犯したのだろうか。
"フレンド"と言ったのが気に障ったのか、あるいは突然話し掛けたのがマズかったのか。
意味が分からんって、けっこう直球投げたよね?
そう思っている間も車は走り続ける――
いったいどこへ向かっているのだろう。私を拘束することもしない、ポリスステーションへ向かっているとも思えない。この辺りは清楚な住宅街だ。
住宅街に何の用があるのか、ポリス独自の監禁部屋でもあるのか、必死に思考を巡らせていると、ある家の駐車スペースに車を駐めた。
男は車を降りて、後部座席の私に降りるようドアを開ける。私はいったいどうなるのだ……。
車を降りると、目の前には二階建ての大きな家が目に入った。男は当たり前のようにその家の門を通る。
庭に人影が――あっ。
庭に立っていたのは、あの図々しいストーカー野郎の直斗だ。そうか、あのとき暗くてよく分からなかったが、ここは直斗の家だ。
「ゲッ! キーナに兄貴! 早くない?」
「ゲッて言うな! 家に入れ!」
なんと兄弟?!
「ええっ!」
「自己紹介がまだだったな。俺は東御來斗、直斗の兄だ。悪いが家に入ってくれ、話しがある」
來斗に直斗か、まさかの兄弟。しかも揃ってポリスとは、そういう家系か?
それよりも、家に入る前に來斗に確かめたい事があった。そっと彼を呼び止めて尋ねた。
「あのさ、この間の内部抗戦、あれからどうなったのかな? 組長はともかく、他のふたり」
「気になるのか? 組長は派手にヤラれてたが無事だよ。あの幹部ふたりは仲良く留置所だ。そういえばお前に会ったら宜しくと言ってたな。なぜ?」
「いや、ならいいんだ。お邪魔しま〜す」
私はあのふたりのことが少し気掛かりだった。留置所は仕方ないとして、望むものが同じなら、一緒に歩めばいいと思ったから。
私は促されてソファに腰掛ける。隣りに直斗も座った、前の椅子には來斗が座る。
まるで説教を聞かされる子供の絵面だ。
「突然連れてきてすまない、直斗の言う事が真実なのか確かめたくてな」
「真実?」
「直斗がバウンティハンターに狙われた、というのは本当か?」
なんだそんな事か。あの後どうなったのかは知らないが、でも正直に応えれば直斗が怒られるんだろう、既にドヤされていそうだが。
「ああ、あの時は私の仲間と勘違いしたらしいね」
「仲間? どうして?」
「私が直斗にちょっかい出したからだろう。間違いなんだって、そう言いふらしてやれよ」
直斗が驚いて私を見る――
「おいキーナ、それじゃまるで……」
「直斗、悪かったな。用件はそれだけなら私は帰らせてもらうよ」
私は話し終わると早々に立ち去った。どちらがどうでもいいじゃないか、私はそう思う。
私はお尋ね者、直斗は違う、それだけだ。
私は外へ出てふと気付いた。そうだった私の車、あのコンビニの前に停めたままだった。
私は天を仰ぎ途方に暮れる……。
あ、そういえば、デッドが直斗より厄介な奴がいると言ってたな、それって來斗のこと?
厄介って何がだろう――