2話 攻略作戦
そう言えば、朝から何も食べていない。またファミレスか、ステーキ屋もいい、と思いながらも結局ファミレスに辿り着く。尽かさず朝食セットを頼み、電子タバコを一服。
さっそくノートパソコンを開き、引き受けた依頼を確認する。依頼相手から相談場所の地図が添付されていた。私は運ばれてきた朝食セットを急いで平らげてファミレスを出た。
車に乗り依頼人の待つ場所へ向かう。目的地に到着すると、如何にもと言った家構えの屋敷が目に飛び込んだ。
先ずは準備。依頼人に顔が知られないよう、マスクとサングラスを必ず着ける。そして必須アイテムをポケットに忍ばせて、準備完了。
車を降りて屋敷の前に立つと、柄の悪そうな男達が私を瞬時に囲んだ。
「おいこら、『菅野組』に何の用だ」
「一応、アンダーテイカーとして呼ばれたんだが」
「失礼。ボスがお待ちです。どうぞ此方へ」
この世界の式たりなのか、オールバックにセンスのないスーツ。袖からチラリと見える、勲章気取りの悪戯に入れたタトゥー。一生ものだ、後悔はするなよ。
長い廊下を進んで広い客間に通された。私は勧められたソファに座り相手を待つ。
すると、ボディーガードらしき男達の中央に、和服を小粋に決めた若僧が私の前に座った。
「お待たせしました。初めまして、菅野彰吾と言います。どうぞよろしく」
「時間は有意義に使おう。それで依頼は?」
「ではさっそく。抗戦と言うのは私達ではなく、ファミリーの一員である組と、元組員だった者達を潰して頂きたいのです」
「君の仲間も?」
「仲間? ご冗談を。向こうが勝手にそう思い込んでいるだけの邪魔者に過ぎません。建前でファミリーと呼んだだけのこと。先代の息の掛かった者に要はない。潰して下さって結構です」
同士討ちか。仲間を売るのはこの世界の専売特許ともいえる。
「いいだろう、相手の顔写真を送ってくれ、後は私のほうで。いいかな?」
「もちろんです。ところで、お名前は有名ですが顔は謎でいらっしゃる、ハンターの情報によれば、大変お美しいとか」
私の顔を見たいってことか――
「別に構わないが、評価は人それぞれ。ならば私を見た者が翌日には姿を消すってウワサ、知らないわけでもあるまい?」
――嘘だけど。
「……そ、そうでしたか、で、では報酬はアタッシュケースに用意してありますので、後はよろしくお願いします」
「じゃあ私はこれで。必要事項を忘れずに」
要件が済めば長居は無用と、早々に切り上げた。屋敷を出て報酬を車のトランクに積めて車をゆっくりとを発進させ、次の策を練る。
「どうやって彼らを巻き込むか。タレこみ……」
メールの着信音が鳴る。車を脇に止め、ノートパソコンを開く。依頼人からの画像付きメールだ。
顔写真と現在の居場所、その場所までのルートなど事細かに記されていた。
さてと、罠は仕掛けた。さあ、始めるとするか。
私はさっそく菅野がファミリーと言っていた男の所へ向かった。
着いた先は一棟の小さな雑居ビル。一階の事務所から慌ただしく男達が現れた。武器と思われる木刀やバットを片手に次々とワゴン車に乗り込む。
私はそのままワゴン車の後を尾けた。着いた先は錆びれた小さなプレハブ小屋だ。
何やら情報は漏れていたようで、組員がドアを蹴破ると、相手の組員らが待ち構えていた。私は入口付近から成り行きを見届けることにした。
先ずは下っ端同士の殴り合いから始まり、木刀やバットを使って応戦する。
そこへ銃声音が轟く。あまり介入したくはないが仕方がない。
私はズボンの後ろから拳銃を取り出した。弾は硬い粘土質で作られている。私に備わった劦だ。
ドアの陰から相手の背中に狙いを定めてトリガーを引く――
見事命中、男は痛さに息を詰まらせ昏倒した。銃は封じた、組員は相打ち同然で床に転がる。
あとはお決まりのトップ同士の対決だ。そこへ写真を頼りに男に声を掛けた。
「はい、そこまで。あんたが菅野組の配下だな」
男は驚いて私を見る。
「誰だお前は! 相手してる暇はない!」
「あんたのボスに頼まれた雇われ人だよ」
「組長に?」
私はスッとボイスレコーダーを取り出して、菅野との会話を両者に聴かせてやった。
取引に口約束なんて有り得ない。私は超小型のボイスレコーダーをズボンのポケットに忍ばせていた。この手の仕事には欠かせない必須アイテムだ。
「カチャッ。さて、まだ続きをやるのか?」
「アニキ! だから言ったでしょ? 先代が亡くなった今、あの野朗に尽くす義理はねぇって」
「だが、組は守って行かなけりゃあならない……」
なるほど、ふたりは兄弟分の仲か。しかし、この義理立てはどこから湧いてくるのか。私は必要性を感じないが、奴なりのやり方なんだろう。
ならば、違う生き方もあることを教えてやる。
「まあ、私が口を挟むことではないのだが、もし、やり直す気があるなら手は貸すよ」
「お前、何者だ?」
「"ジョーカー"、聞いたことは?」
あだ名を聞いて、一瞬ふたりは怯んだ。
「……まさか! あの"壊滅請負人"か!」
「私もあの青二才はどうも気にくわないんでねえ、潰すなら今だよ。さあ、どうするのかな?」
兄貴は黙る、弟分は返事を待つ、息苦しい沈黙が続く。男の歪んだ顔に汗が滲む。悩んでいるということは、彼の中にもやり直したいという気持ちがあるんだろう。
男は吹っ切れたのか、私を睨んで言う。
「あんたが居るってことは、俺もこいつも潰されるんだな……なら答えはひとつ、組長も潰す!」
「アニキ、オレもやる! アニキとなら無敵だ!」
まだ何も言っていないのにやる気だけはあるようだ。なのでさっそく作戦を話した。
話しが済むと、彼らを私の車に乗せ、菅野の屋敷へと向かった。シナリオ通りに事が進んでいるなら、もうすぐ正義の味方が押し寄せて来るはずだ。
私は車のアクセルを強く踏んで先を急ぐ。
屋敷に着いて、私はふたりに真っ直ぐ菅野の所へ行けと命じた。ついでに「殺るな」と一言付け加えて。
私も車を降り、屋敷の雑魚組員をことごとく打ちのめした。そして一箇所にまとめ上げ、あとはラストを待つのみだ。
いつの時代もサイレンはうるさい、お出ましだ。
バタバタと足音を鳴らしてオフィサー達がなだれ込み周囲を固める。
私は倒れた組員の前に立って待つ。するとオフィサーの中からひとり、スーツ姿の男がゆっくりと前に出て来た。ようやく指揮官の登場だ。
「お前――キーナ・エフケリアか、何故ここに?」
この男どこかで……あ、直斗に話し掛けていた王子様だ、凛々しい姿もまた絵になる。おっと、今はそれどころじゃない――
「――手間を省いてやった、と言ったら?」
「くだらん、投降しろ」
「まだ屋敷の中に3匹戯れていると思うんだが、まあ、逃げはしないだろうがね。私は無関係さ」
どうせ知られた顔だと、サングラスとマスクを外して男に近付き、肩にポンっと手を置いて呟いた。
「では私はこれで、またお会いしましょう」
言うと同時に、やったことのない作り笑顔をやって見せた。"スマイル作戦"だ。
「お、お前……」
すれ違い様にチラッと彼を見ると、ピクリとも動かない姿勢に、怒らせてしまったかと正直焦った。日頃考えていた"ポリス攻略作戦"、ポリスに花を持たせて環境を良くするつもりが、指揮を執る男に悪い印象を抱かせてしまったようだ。
少しショック、いや相当ショックよ。
依頼は完了、思い通りすべて潰した、なのにポリス戦で敗北とは情けない。
しかし諦めないぞ、"お尋ね者"は"卑怯者"ともいう。ならば内側から攻める。
名付けて"ポリスフレンド作戦"。そういえば直斗も元ポリスか、だが作戦成功は相手にもよる、よって直斗は除外。
私は捕まらないうちにと急いで車に乗り、来た道を走らせた。作戦が頭の中で渦を巻く――