1話 怪しい奴ら
電子タバコの点滅が消える頃、丁度いい具合にトレンチに品を乗せて店員がやって来た。
「お待たせ致しました。珈琲と唐揚げです。ご注文は以上でお揃いですか? ではごゆっくりどうぞ」
私はミルクと砂糖の全部入りの珈琲を楽しむ。食欲を唆る唐揚げに目を遣りながら。
フォークで唐揚げを持ち上げる、するとその横からもうひとつのフォークが皿の唐揚げを持ち去った。私は黒いサングラスを少しズラして前方を睨んだ。ニヤついた顔が私をジッと見る。
「美味そうだ、1つ貰うぜ。よう、キーナ」
「またお前か、何の用だ」
こいつは私の跡を付け回す、一種のバウンティハンター。ここでいう賞金稼ぎだ。
この男は私をよく知る。なにせ私は追われる者、逃亡者、あるいはお尋ね者といったところか。奴らにとって私は有名人ってわけだ。
「そう睨むなって、たまには話そうぜ、キーナ」
「お前に馴れ馴れしく呼ばれる筋合いはない」
「だから怒んなって、大抵の奴はお前を"ジョーカー"な~んて呼ぶがな。ククッ」
大昔に流行ったというトランプのババ抜き。それをあだ名にするとか、センス無さすぎ。
私に当たると破滅することから付いたあだ名だ。
「ハァ、ならそう呼べ」
そこへ背の高い男が颯爽とやって来て、ハンターの肩に手を掛けて言う。
「おい直斗、俺は先に行くからな」
「あ、了解」
同じハンター仲間なのだろうか、このストーカー野郎とは違うお堅い印象、巷で人気の寡黙な美系王子って感じだ。何故か私をジロリと睨む。
男はそれ以上の言葉は語らず去って行った。しかし思わぬところで情報を得た、このハンターの名は直斗というらしい。
「フッ、ストーカー野郎から直斗に昇格だな」
「おっと、さっそく呼んでくれるとは嬉しいねえ」
「別に、確かめただけだ」
まったく無頓着な奴だ。私は珈琲と唐揚げを平らげると、電子タバコを手に席を立った。会計を済ませ駐車場に向かう。すると直斗が私の車にが寄り掛かっていた。
私は構わず車のドアを開け運転席へ座ると、奴は澄まして後部座席へと乗り込んだ、図々しい。
「何のつもりだ」
「オレはお前に興味がある、それだけだ。邪魔はしないよ、ほら行こうぜ」
私は黙って車を出した。直斗が現れてからというもの、私の周りがうるさくなった。まるで手引きでもしているかのように夜毎ハンターに追われる。
いい機会だと、確かめるために黙って奴を乗せた。戯言ばかり並べるこいつの言葉が、些か癪に障って気に食わない。正体を暴いてやる。
「ガッシャーン!!」
後方から、マジックミラーの黒い車が追突してき
た。新たな追ってか?
「チッ!」
「キーナ、左だ!」
左のサイドミラーを見ると、車が並走するように追いかけて来た。相手の後部座席の窓がスーッと開くと、ショットガンの銃口が私達を狙う。
「まずい! 伏せろ!」
思わず直斗に叫んだ。咄嗟に急ブレーキを踏んでかわすと、ハンターの車が前に出た。
頃合いをみて相手の後部バンパーの端に、コツンと軽くぶつけてやった。車はクルッとスピン、その勢いで車は横転し、逆さまの状態で車は止まった。
私は車を降りて、横転した車の窓側にしゃがみ、まだ意識のあるハンターの男に尋ねた。
「なあ、お前達は仲間も殺るのか?」
「な、なんの……ことだ……」
「うしろに乗ってた男のことだよ」
「ハハッ、オレらの獲物は……その男だ……よ」
「なんだと?」
「あわよくばお前もって……グフッ!」
私は少し驚いた。獲物は私ではなく直斗だったとは。しかし奴はハンターのはず、それがなせ獲物側に転じたのか。
すると、後ろから直斗が駆け寄り私に言った。
「おい、いま救急車を呼んだ! 早く逃げないとオレらがヤバい! キーナ行くぞ!」
事故ならポリスも付いてくるってことか、これ以上の面倒事は御免だ。
急いで車に戻ると、後部座席の窓とフロントガラスが大破しているのに気付いた。そんなことはお構い無しに、直斗は助手席に座る。とにかくここから早く離れよう。
「仕方ない、送ってやるよ。家はこの近くか?」
「ここから5キロくらい離れた住宅街だ、悪いな」
私は続け様に尋ねた――
「――お前が狙われる理由は何だ?」
「えっ、オレが? そっか……デマを流した」
「デマって、どんな?」
直斗は両手を頭の後ろで組んで、愉快げに話す。
「キーナが西に居るときは東、東なら西って具合にな。だから狙われたんじゃないのかな」
なるほど、次第にハンターは怪しく思い始めて直斗を尾行した、だからこいつが現れると私もハンターに追われる、今回は始末する算段ってところか。
「なんだってそんなことしたんだ?」
「……キーナ、お前こそ何でそんな商売してんだよ」
直斗が心悲しい表情で私に訊く――
「さあな――ほら、住宅街に着いたぞ」
「あ、そこを左に曲がって二つ目の路地を右な」
仕方なく言われた道筋を辿ると、指示された大きな家の前で直斗を降ろした。
去り際に直斗が――
「今度はいつ逢える?」
と怖いことを言い出したので――
「このストーカー野郎、自分の心配でもしてろ」
と突き放すが、いつまでも手を振る直斗が、哀愁たっぷりの野良犬に見えてきてしまった。
やれやれ、余計な情けは自分の為ならずだ、さっさと退散しよう。
もう陽も昇り始めた、オープンカーさながらの車を修理するために、狭い路地裏にひっそりと構える一軒の古い喫茶店を目指した。車を降りて店の前に立つと、ドアに営業中と書かれた札が目に留まる。尽かさずドアを開けて中へ入った。
まだ客の姿はない、マスターと目が合う。
「お邪魔。いつもの」
「あいよ」
馴染みの店との会話はこんなもの。私はいつもカウンターの隅に席を置く。私専用の荷物BOXを足元に添えて。ドアの開く音がして、男がひとり入って来た。どうやら奴が私を嗅ぎつけたらしい。スッと私の隣りに座った。
「珍しく早いな、俺に用か?」
「まあな」
「マスター、俺にいつもの。なあ"壊滅屋"よ、随分と面白い奴に絡まれてんな」
私を壊滅屋と呼ぶこの男は"情報屋"。見た目は至って普通、中身は冷酷な元暗殺者、通称デッド。その業界では"死神"と呼ばれ崇拝する者も少なくない。情報屋が務まるのも、暗黙の了解といったところだろう。闇のスペシャリストだ。
「面白い? ああ、あの男か。よく観てるねえ」
「お前も甘いな。奴は元ポリスだ、いいのかよ」
「……まあハンターでは無さそうだ、どう思うよ」
「どうにかしろ」
何をどうしろと言うのか、ただの野良犬だぞ。そこへマスターが口を挟む。
「なになに、恋話? アタシが相談に乗るわよ!」
「「違うから!」」
拍子抜けを喰らった私とデッドはしばし沈黙。
そんなマスターもやはり変わり者。マスターは何を隠そう元ソルジャー。筋骨隆々で背の高いわりに、長い金髪に優しい目元の端正な顔立ち。にも関わらず、心と体のギャップが何とも惜しい。でも誰より繊細で優しいマスターが私は好きだ。
デッドが仕方なくといった感じで口火を切った。
「あのだなあ、そいつよりもっと面倒な奴がいるんだが……まあいいか。で、用件は車か?」
「ああ、分かってるなら話しは早い。直るか?」
「フッ、そう来ると思って外にカスタマイズした車を用意してある。ほらカギだ、大事にしろよ」
いつもながら用意周到な男だ。馴染みもあって、趣味で集めたレトロ車を無償で提供してくれる。
「おっと、サンキュー。また顔を出すよ、じゃあ」
「ああ、じゃあな」
新しい車に気分も上がる。さっそく乗って中を確認、すべてボタン式の洗練された内装でスペースも充分、これなら私でも余裕で寝れる。さてと、目的はクリアした――