17話 言葉と不条理
來斗がマッチング、だからって別にどうもしないけど……。
「そのマッチングが何か関係あると?」
「まあ、断定はできないけど、マッチングが始まってからかな、異変に気付いたのは」
「異変って?」
「怪文書が届いたり、玄関に動物の死骸が置かれていたり、無言電話だったり。それで先方が怖くなってね、マッチングするたびに断られるんだよ」
「えっ、來斗にではなく相手側に嫌がらせが起きているのか、それも毎回……」
おそらく來斗にストーカーらしき人物がいるんだろう。ということは、ストーカーは女か。
「マッチングの相手って誰が決めてるんだ?」
「儂が可愛い孫のために容姿に性格、財力とか色々ピックアップして選んでるんだよ。ちゃんとした有名処のお嬢様ばかりさ」
なるほど、そこで西側が絡んでくるのか。しかし、第三者のストーカーの出現には驚いた。
なら來斗、いや、私を狙っているのはそのストーカーなんだろう。暗殺者を使うと言うことは、それなりの伝があるってことだ。こんなことならもっとあの刺客小僧らに詳しく話を聞いておけばよかった。
來斗とストーカーの接点――
今回の依頼は謎が多い。にも関わらず情報はあまりにも少ない。なら、西鎌と桜ちゃんに聞けるだけのことは聞いておこう。
「なるほどね。失礼を承知で聞くんだけど、ふたりの出会いは?」
「さっき言った風習、マッチングさ。本当はお互い恋愛結婚を望んでいたんだよ、でも結構気が合ってね。まあ、どちらにしても問題は色々あるもんさ」
桜ちゃんがまた硬い表情で話す。きっと夫婦にしか分からないことなんだろう。
私らはもう色々とトラブってますけどね。
「ところで、ふたりは何で苗字が違うんだ? 夫婦なんだろ?」
西鎌が素っ気ない態度で言う。
「急だなぁ。夫婦別姓って知っとるか? 西側と東側に分けた時、そうしたんだよ」
「來斗の話しだと、ポリスの規模が大きくなったからって聞いたが?」
「それもあるが、琉ちゃんが厄介事を運んで来たせいさ。今でも思い出すと腑が煮えくりかえるよ」
「おい、その話しはもう済んだはずだ。もう仲違いで干されるの御免だよ」
他に大層な理由があったらしい。だから來斗をこの場から外した。身内の裏話を聞かせたくなかった。仕事柄、似た様なイザコザは嫌と言うほど目にしてきた。さほど驚くことじゃない。
とはいえ、ここまで桜ちゃんを怒らす理由とは何か、この依頼は相当根が深いようだ。
「まあまあ。それとあと一つ、お宅らの孫は來斗に直斗、たばこ屋の娘で間違いないか?」
「あの娘は……」
桜ちゃんが言葉に詰まる。なるほど、訳ありって感じだな。このまま続けてこの祖父母は話すだろうか。これは確実な孫である來斗に聞いたほうが良さそうだ。
今日はこの辺でお開きにしよう。ただし、釘は刺しておかないといけない。
「今日はあれこれ聞いてすまなかったな。それと、西鎌さんがこっちに居る間はなるべく桜ちゃんと一緒にいてくれよ。それから、私達の結婚の事は他言無用で頼むな」
「まあ、キーナさんがそう言うなら仕方ない。いいよね? 琉ちゃん」
「ああもちろんだ。ここで孫の仕事姿でも観るとしよう。久しぶりに桜子と食事もできる、こいつの料理は美味いんだよー、ワッハハ!」
私は桜ちゃんと西鎌に、また来ると言って部屋を出た。さて、來斗はどこにいるのやら。
居ましたよ、受付嬢ハーレムの中に。しかし苦悶の表情を浮かべている、しかも受付嬢達まで。何があった?
私は恐る恐る近付いて声を掛けた。
「おい來斗、どうした? 浮かない顔して」
言うと同時に、受付嬢の視線が私に集中する。
すると來斗が――
「俺達の事、内緒ってヤダなぁ」
今その話しをここでするのか。あ、もしかしてもう事後ってる?
「ど、どういう状況かな、來斗くん」
すると女性オフィサーが不思議そうな顔で私に尋ねる。何だろう、この微妙な空気は……。
「あ、あのう、あなたが警視の奥様? ですか?」
私はピンッときた、その奥様に疑問符を付けた意味が。たぶん私を男だと勘違いしている疑問符なんだろうと。
どうやら能天気來斗の頭の中は、パラレルワールドに変化したらしい。内緒にってことは世間様にってことだ、余計な手間を掛けさせやがって。
どうするか、どうもこうもない!
「ヤダなあ、私が彼の奥様なわけないじゃないか、見ての通り男なんでね。じゃあそういうことで失礼します!」
私は言うだけ言って來斗を瞬時に引っ張り出し、急いで車に乗ってマンションに帰った。
「ハァァァァ……疲れたあ」
「おいキーナ! 何で自分を隠すんだよ!」
來斗が熱り立つ。隠せと言ったり隠すなと言ったり、忙しい男だ。
「まあ落ち着きなさいよ、言ったろ? お互いの仕事に支障が出るって。私は男として仕事をしてるんだ、そのくらい分かってほしいな」
「悩みってそのことか……」
來斗がポツリと言う――
神が言葉は武器だと言った、確かにそうだ。言葉にしなければ伝わらないことは多い。特に信用を勝ち取るためには重要な武器になる。その武器ひとつで人の心は動き、耳を傾ける。
でも私にはもう必要ないんだ、お互い信用度はゼロなんだからね。
「そうだよ、だから内緒にしてくれるね?」
「どうしても……なのか……」
「私は來斗に後悔しないか聞いたよね? 私と結婚するということは隠し事をするということなんだ。來斗にだって隠し事のひとつやふたつあるだろ?」
「……分かったよ」
返された応えは案外簡単なもので、來斗の中で葛藤はあったのかどうなのかなんて、私に知る術はない。さてと、仕事の話だ。
「本当? ありがとう。それでさ、ちょっと來斗に聞きたいことがあるんだけど」
來斗は目を閉じて深呼吸をする。雑念を祓うように、そして応える。
「ふぅ、俺に聞きたいことって?」
「あのタバコ屋の女性は來斗の妹さんだよね?」
「ああ、アゲハのことか。義理の妹だよ、15年前に爺ちゃんが連れて来た」
「15年前って、東西に分かれた時か。西鎌さんが連れて来た……」
「表向きは多忙となってるけど、本当の理由は祖父母達の意見の違いからだ。婆ちゃんが追い出したって感じかなぁ」
來斗はその理由の詳細を知っているのだろうか。
「ふ〜ん。その意見の違いって?」
「良くは知らない。ただ俺が思うに、アゲハが関係してるんじゃないかなぁ。時期的に同じだし」
そうか、厄介事とはそのアゲハのことかもしれない。とはいえ、妹ってことは來斗の両親が引き取って面倒を見た、なら來斗もそれなりに世話をしてきたんだろう。桜ちゃんの憤慨はそこにあるのではないか。
どうもこの話の続きは直斗に聞くほうが無難かもしれない。
「そういえば、ご両親は?」
「2年前に父は殉職、後を追うように母は病死。キーナに会わせたかったなぁ、きっと喜んだはずだ」
既に他界していたのか……。
「ごめん、悪いこと聞いちゃったな」
「キーナそばにきて、ハグしていい?」
弱々しい声で來斗が聞く。私は無言で來斗を抱きしめた。なぜか少し震えている。
親を思い出して淋しいのか、それとも私の言葉がショックだったのか。
言葉は選んだつもりなんだけどな。
私は來斗が好きだ、ずっと寄り添っていたい、でもあの光景は忘れられないし許せない。
例えそれが誤解であっても、傷ついたことに変わりはない。心とは不条理そのものだ――