16話 ゴッドファーザー
結局きのうは私がポーカーフェイスを決めて、腕の怪我を理由に別々の部屋で眠った。
來斗が朝起きて早々に、またステーションへ行こうと私を誘う。そういえばと思い、仕方なく付き合うことにした。
「いま西側の人間が来てるんだ。報告しなきゃな」
「報告? 何の?」
「いいから出掛けるぞ!」
「あ、うん……?」
私達は朝食の代わりに珈琲を飲んで出掛けた。
ステーションに着いて早々、來斗が私の手を取り歩き出した。そのまま平然とエレベーターに乗り込みドアが閉まる。來斗が私の顔を見て尋ねた。
「嫌か? 恥ずかしい?」
「私より來斗だろ。いいのかよ、職場だぞ?」
「キーナだからそうするんだ、俺の大切な人だって証明するために。悪いか?」
「いや、悪くないけど、証明とか必要か?」
思わず疑問が生じる。
「そう照れるなって、さあ行こう」
マズい、來斗の落とし穴にハマりそうだった。そう言えば、來斗と手を繋ぐのはこのステーションに限られている。なるほど、自分のテリトリーでは手繋ぎ&受付嬢ハーレム状態を我が物にしているわけだ、小賢しい。
ピンッとエレベーターが目的地に着いた。
確かここは桜ちゃんの部屋がある階だ。報告と言っていたが、桜ちゃんに何を?
來斗が改まった声で中へお伺いを立てる。もしかして依頼の話しなのか。私がいるって事はそうなんだろうけど――
「コンコンッ」
「マザー入ります。來斗とキーナです」
「ハイ、お入りよ。あら、キーナさん良く来たね。遠慮はいらない、さっ、座って」
「桜ちゃんおはよう。膝の調子はどう?」
「うん、ありがとう、大丈夫。で、どうしたんだいふたり揃って、急ぎかい?」
私は近くに座る初老の男に気が付いた。こちらの様子を伺っているようだ。白髪のダンディ系、タバコ屋で桜ちゃんと一緒に車に乗った男だ。
ここに居るということは、おそらく西側のトップ、西鎌琉二ではないだろうか。あれだけの護衛に囲まれていたんだ、間違いない。
すると來斗がふたりと向き合う。
「良かった、ファーザーも居るね。ふたりに報告があって来た、俺とキーナは結婚する」
「「「えっ?!」」」
3人が揃って驚きの声を上げた。
報告って結婚報告かよ!
私はまさかの事態に混乱する。來斗は私の話を無視するのか、あれだけお互いのためだと釘を刺したのに、内戦という意味を理解していないらしい。
來斗は何を考えているんだ、何か策でもあるというのか。
「婆ちゃん、爺ちゃん、俺たち夫婦になる、その報告に来たんだ」
爺ちゃんって……來斗は西鎌の孫?
待てよ、桜ちゃんの孫で西鎌の孫ってことは、桜ちゃんと西鎌は夫婦なの? 聞いてないし!
「來斗、どうして……」
「來斗お前……」
桜ちゃんも西鎌も流石に驚いて言葉に詰まる。
「反対はさせないよ、自分の将来は自分で決める。いいね!」
そうか、來斗は身内に報告したかったのか。それでも問題が解決したわけじゃない。
ふたりはどう判断するのか――
「どうしてもっと早く決断して言いに来なかったんだい! 遅いくらいだよ本当にもう!」
いや、ちょっと待とうよ桜ちゃん。
「アハハ! さすが俺の孫だ、好き同士がくっ付くのが一番さ。なあ、桜子よ」
「まあね……」
何だろう、桜ちゃんの表情が硬く見える。気のせいだろうか。
その時、西鎌が私に目を向ける――
「キーナさんって言ったか? アンタは來斗で良いのかい? 本当に? よく考えろ」
「爺ちゃん、これはふたりで決めたことだ!」
「お前は黙っとれ、儂はこの人に聞いてるんだ。夢中は思考を鈍らせる、だからさ」
私を品定めしているのか、悟ったような言い方が何とも気に食わない。多分、立場の違いを言っているんだろう。
「私は不自由を嫌う。いつもありのままで生きてきた、來斗はそれを妨げない。お互いの立場を分かった上で惹かれたんだ、中途半端なわけないだろ」
「キーナ……」
「私はある人から『賢者は話すべき事があるから口を開く、愚者は話さずにいられぬから口を開く』と教わった。來斗は私に対して余計なことを口にしない優しい男だ、悪いが私は退かないよ」
そう、何も語らない秘密主義者なのだ。
「キーナさんよく言った! 琉ちゃん、アンタの負けだよ、諦めな」
「そのようだ。來斗よ、嫌われたらアウトだ、お前が頑張らないとな。キーナさん、來斗を宜しくな」
「爺ちゃん、じゃあ……」
「飾らない言葉、気に入った。ゴッドファミリーへようこそキーナさん。來斗でかした、ワッハハ!」
あの迫力、流石は西側のトップ。おてんばの桜ちゃんを抑えるのに丁度いい大物だ。
確か來斗がファーザーと言っていた、なら西側のゴッドファーザーなんだろう。
人の事より自分の心配だ。この異色揃いを前に、どう依頼をクリアにしていくかだ。
西鎌は依頼の件を知っているのだろうか。ここはやはり依頼人の桜ちゃんに従うのがベストだろう。
ラジカルな考えは本質を見落としがちだ、何事もクレヴァーに行こうじゃないか。
「……キーナさんはいつもサングラスを?」
「えっ? ああ、掛けろって周りがうるさいんだ」
「ほう、ちょっと外してみてはもらえんか? ファミリーの顔くらい知っておきたいしな」
私はチラッと來斗を見た。すると何故か誇らしげに頷いている。ちょっと意味不明なんだが、仕方がないのでサングラスを外して見せた。
「おお、なんと! 來斗お前、奇跡だぞ!」
「その通り、キーナさんは最高の女性さ。來斗、絶対に離しちゃダメだよ、いいね?」
「ああ、キーナは誰にも渡さない」
もう何なんだよこのファミリーは、歯の浮くようなセリフをつらつらと、遺伝か?
しかし、依頼に関して言えば、私達の結婚話はデメリットばかりじゃない。私というボディーガードの存在は來斗と桜ちゃんにとってはメリットだ。
後はその原因と経緯、そして目論んだ相手を探し出して潰す。とっとと終わらせたい。
この後、西鎌と桜ちゃんに話を聞こうと時間を取ってもらった。桜ちゃんは來斗に席を外せと指示を出した、聞かれたくない事でもあるのだろうか。
「なあ、西鎌さんはわざわざ桜ちゃんに逢いに西側から来たのか? それとも仕事関連で?」
桜ちゃんがチラッと私を見る。
「來斗にボディーガードを付ける依頼をしたと言ったらね、琉ちゃんったら慌てて駆けつけて来たんだよ。アタシもびっくりしちゃってねえ」
桜ちゃんはボディーガードの依頼と言った。
この様子だと、本来の依頼を話していないのかもしれない。だとしたら、勝手に話しを進めないほうが良さそうだ。
「それで、ボディーガードを付ける発端は何?」
「発端と言われても、些細な事だったように思う」
「些細ねぇ、一番ありきたりな答えだなあ」
すると桜ちゃんがある出来事を話し始めた。
「これはアタシの勘なんだけどね。多分、來斗のマッチングが発端なんじゃないかって」
「マッチング? 來斗の?」
「代々伝わる風習みたいなもんさ、昔はお見合いって言ってね、家同士が良ければすぐ結婚なんてのはザラだったもんさ」
マッチングかあ……來斗がねえ、ふ〜ん……。