15話 神の声と偽りと
來斗とベランダで話しをしていると、部屋のインターホンからチャイムの音が聞こえた。
來斗は気付いていないのか出ようとしない。仕方がないので私がスピーカーのボタンを押した。
「はい、どちら様ですか?」
『……アナタ、誰ですか? なぜそこに?』
突然と女性の声が耳に入った。私は思わず言葉に詰まる――
「えっと、私は……」
『アナタ女? 誰だか知らないけど図々しい。いいから來斗を出してよ、ほら、早くして!』
「あ、はい…………來斗、お前を出せってさ。私は用事を思い出したから先に出掛けるよ、じゃあ」
言い知れぬ不安で私はつい、嘘をついた。
「えっ? 待てよキーナ、用事って、おい!」
苛つきながらも非常階段から駐車場に降りて、車を走らせ駐車場を出ると、入り口付近に後ろ姿の女性が立っていた。
そこへ來斗が小走りにやって来ると、女性は徐に來斗と腕を組み、歩き出した。
「なんだ、約束があったのか、ならそう言えばいいだろ、隠すなよ……」
私は來斗達がいなくなるのを待って、猛スピードで山へと向かった。
何故そうしたのか自分でも分からない。違う、あの怖いと感じた嫉妬心から逃げたかった、呑まれたくないと思った。
頂上に着いて車の窓を開け、座席をリクライニングにして、気持ちを切り替えようとこの星へ来た時のことを思い返した。
友が楽しそうに語っていた青い星。私は興味を持って降り立った。だが、予想に反して現実は虚しいほど冷たく残酷で、騒々しく、楽しい事などひとつもなかった。それは友のいた星とは別物だったからだ。そう、ここは第二の地球、レゾン・テールだ。
既に地球が滅んでいたとは友も知るまい。
期待は時に大きく姿を変える。期待した私が悪いのか、滅んだ地球が悪いのか。
噂に聞けば環境破壊、人間の減少が原因だとか。自然を舐めきったツケだ。この街はニルヴァーナ、解放という言葉に惹かれて住み着いたが、何が解放で何に囚われているのかは、未だ不明だ。
後は友と呼べるものができたことか。直斗に來斗に桜ちゃん、それとデッドにマスター。
忘れていた笑顔や笑い声、恋と切なさや悲しみ、憧れや希望、そして結婚、随分な収穫だ。
私に今できる事といったら仕事くらいだった。当時の私にはそれしか思い付かなかった。いつしか悪人から悪と呼ばれ、お尋ね者として追い回される日々。今は多少なりとも緩和されたと思う。
フッと影が過ぎった、バサバサっと音がする。車から降りて私は腕を伸ばすと隼が留まった。
「やあ久しぶり。どこへ行ってたんだ?」
『何処へって、お前を探しにだ』
「…………んー、今なんか聞こえたような……」
『バカモン! 目の前におるだろうが!』
「へっ? ええっと――隼って、そんなバカな」
とうとう嫉妬心に呑まれてしまったのか、幻聴が聞こえる。でも喋る鳥も確かにいるっちゃあいるよな、隼ってその類だったかなあ……?
『おい! 儂の話しを聞け、キーナ・エフケリア』
「ゲッ! やっぱりお前か、どうして……」
『この鳥を通して話しをしておる。お前も人外なら分かるであろう、儂は天上界の王である』
「王って、あの神か?」
天王のお出ましとは驚きだ、今更なんだよ。
『お前はまだまだ未熟だ。されど、方向性は間違いではない』
「――――で?」
『でって……そのう、結婚おめでとう』
「ど、どう致しまして……ん?」
『ハァァァ……調子狂うのう。お前は番を得た、その話しをするために来たのだ』
番って、來斗のことだろうか。得たといってもまだ口約束だ、それもどうなるか……。
「番ねえ、まだそうと決まったわけじゃない」
『ふむ、キーナよ、信じる事から始めよ』
「信じる? 私なりに色々と信じてきたと思うよ。でも來斗に関しては謎が多いからなあ、そもそもふたりの時間が短すぎる、信用と信頼は違うだろ?」
『ハァ、お前は何故そう哲学的に考えるのだ。その反面、諦めというより見切りをつける、まるで何事も無かったかのようにのう。それでは幾時経っても信頼関係は築けんぞ。それで良いのか?』
哲学的なのは当たり前だ。私の基盤は哲学者の友の賜物、だからこそ腐らずにこうしていられる。神だからって哲学を舐めんなよ。
「成るように成るだ。私が騒ぎ立てたところで相手が知らぬ存ぜぬを通せば、それこそ何事も無かったのと同じだろ? 醜い争いは御免だね」
『それにより番でなくなってもか?』
「それを運命って言うんじゃないの? 人間の寿命は短い、私にはあっという間だ。例え番でいたとしても誤魔化し通すくらい苦でもない。後は相手が決めること、分かったらもう構うな!」
『まあ聞け。人間は不器用で、愚かで、哀しい生き物だ。本能を捨て知恵に頼る、よって言葉を武器とする、善し悪しが付いて回るのは必然。お前はその武器をも砕くのか?』
天王は相手の話しを聞けと言いたいんだろう。
なら相手が話してこなかったら?
自分は正当で話す必要はないと思っていたら?
わざわざ私から問いただすのか?
すべて私の責任か?
悪いのは私なのか?
「あのさあ、私は信用されていないも同然、だからお互い様ってことで済む話しだろ?」
『キーナよ、儂は疑問や不安を抱えたままで良いとは思わんがな。素直になれ』
「素直になった途端この様だ、もういいだろ? これ以上話すなら動物愛護団体に訴えるぞ」
『動物? ああこの鳥のことか。まったく、己より鳥の心配か、頑固な奴め。仕方がない、今日は退散しよう。良いか、愛だけは捨ててはならんぞ』
そう言って天王の気配は消えた。隼は解放されたことに喜んでいるのか、空高く飛んで行った。
夜も更けた頃、私は山を降りて來斗のマンションへと向かった。駐車場でエレベーターを待っていると、後ろから來斗が走って来た。見れば息を切らせている、何を慌てているのか。
「キーナ! ハァハァ、ああ良かった、帰ってきてくれた。探しちゃったぞもう、連絡しろよ」
何が良かったのか、そういう來斗は何処から帰ってきたのか、探すって何をだ、疑いだしたらキリがない。
「子供じゃないんだ、そりゃ用事が済めば帰るよ」
「こんな夜遅くまで仕事なのか?」
「ああ、仕事は嘘だ。ちょっと気になる事があってね。まあ、私も人並みに悩むことくらいあるさ」
やはり嘘は嫌だから正直に話した。
どうだクソ神、私なりに譲歩してやったぞ。
「悩み? 俺には言えない悩みか?」
ほらみろ、本人は何も気にしてないぞ。悩み事に託けて有耶無耶にしようって魂胆だ。そんなものなんだよ現実なんて。
「來斗が気にすることじゃない。腹減ったよ、まだカレー残ってたよな?」
「なあキーナ、夫婦になるんだ、悩み事はふたりで考えようよ、な?」
「あ、夫婦で思い出した。もし結婚しても私達のことは内緒な、お互い仕事に支障が出るからさ。特に内戦中の今は。ほら早くメシ食おう、行くよ」
「キーナ……もしって何だよ、俺たち結婚するんだろ? 違うのかよ!」
「……するよ、当たり前だろ? ほら、いこう」
結婚を内緒にして欲しいのは本当だ。今まで男としてやってきたんだ、今さら請負人が女じゃ格好が付かない。
それより、人のことばかりで自分の話は一切しないって、もう信用もへったくれもないだろ。思った通り、仮面夫婦の出来上がりだ。
恋は儚い、だから皆んな夢を見る――
さて、ここからは気持ちを切り替えて、桜ちゃんの依頼に専念しよう。