14話 ジャストモーメント
あの後、腕を負傷した私を気遣って、來斗が車を運転すると言い張ったが、当然、特殊な車なので私以外は動かせない。來斗を助手席に乗せる事で了承してくれた。
この際、試しにと触った事のないボタンを押してみた。すると何と言う事でしょう、自動運転に切り替わった。凄いと思いながらテンション高めでデッドに感謝する。
横で來斗は驚きながらも不安そうにハンドルから目を離さない。今度は誰もいない空き地で謎のボタンを制覇しようと思う。
というか、始めから教えろメカニック野郎。
車を無事に駐車場に停めて部屋に入る。ソファに座ると、救急箱を手に來斗が私の前にしゃがんだ。手当てをしながら擦り傷で済んで良かったと、來斗はポツリと言う。
「良し、終わりだ。ハァァ……」
來斗が深い溜め息を吐きながら、私の腰に腕を回して顔を伏せた。
「お前が心配……ハグ、してもいいか?」
「ハグ? ええっと、いま必要?」
「うん、凄く必要」
凄くと言われたら否定はできない。
「……あっそ、ならどうぞ」
來斗は膝を着いたまま、私を引き寄せハグをする。しばし肩と肩を寄せる。
「なぁキーナ、特別なハグしてもいい?」
「特別なハグって何だよ?」
私の返事を待たずに、來斗は私の頭の後ろに手を添えて、身体をギュッと密着させ強く抱きしめた。全身で來斗を感じる。鼓動が高まる。
「嫌じゃない? 苦しくない?」
「うん、嫌じゃない、い、いちいち聞くな」
來斗の鼓動が伝わる。急にどうしたのか、腕の力を緩めない。
「來斗? どうした?」
「どうしよう、離したくない」
「うん、別にいいけど……」
でもちょっとキツいなぁ、この体制――
「ずっと、永遠にだ」
「えっ? いや、さすがにそれは……」
「キーナ、結婚しよう。俺で手を打って欲しい」
「…………」
「…………?」
「…………ちょっと待て、ジャストモーメント!」
異常事態発生だ。
頭がパニックを起こす。こいつ今何つった?
確か結婚とかって言ったよね?
まさかの恋人すっ飛ばして夫婦って?
何、スピード婚とか流行ってんの?
何だよこれ、違う世界へ飛ばされた気分だ。私にも拒否る権利はあるよね?
「どうした? 血迷ったか? ドッキリ?」
「血迷ってない、ドッキリって何?」
意外と冷静な來斗、なんかムカつく。
ドッキリは昔流行ったゲームみたいなものだ。今ネットで盛り上がってるとか。
それはともかく、先ずは基本から――
「あ、あのさあ、私を女って、知ってる?」
「うん。初めて会った時に気付いた。キーナから友達の提案をもらったとき、チャンスだと思った」
「チャンス?」
「初めて恋に落ちたんだ。これは本物だって、逃したくないって思った。こんなに誰かを好きになることなんてなかったから、元々女性が苦手なんだよ」
そうか、固まる理由は私が女性だからか。モテると色々あるんだろうなあ。
それよりも、すっ飛ばした理由だ。
「あのさ、先ずはお試しで恋人からってのは?」
「ダメだ。キーナの気が変わるかもしれない、誰かに奪われるかもしれない、そんなの耐えられない」
なるほど、結婚と言う最終兵器を私に搭載しようって魂胆か。ならば説得を――
「ほら、他に好きな人ができたりとかさ、私と別れたくなったとかさ、結婚したら言いたいことも言えなくなると思うんだよね?」
「俺はキーナに一目惚れしたんだ、一生涯、他の女性を好きになることは絶対にない。俺がキーナに別れるとか殺されても言わない」
どんだけハイスペックな応え出してくるんだよ、しかも兄弟揃って怖いことを抜け抜けとまあ。
頑固で一途だとは聞いたけど、ここまでとは。
しからば――
「じゃあさ、私が遊び呆けて家にも帰らず仕事もしなくなってフラフラといなくなったら?」
「んー、それは困るなあ……疑いたくはないが」
そこは否定しないのか、まあ間違ってはないが。
「本当に私で良いの? 本当に好き? 得体の知れない奴なんだよ?」
「婆ちゃんに聞いた。でも俺には関係ない、今のキーナが好きなんだ、誰にも文句は言わせない」
桜ちゃんが話したってことは、來斗を信じているからなんだろう。なら、私を受け入れてくれる來斗を信じたい、來斗の前では素直でいたい、私も來斗が好きだ、離れたくない。
「後悔しない?」
「キーナを選ばなかったことのほうがきっと後悔するね。俺を信じて付いて来てくれないか?」
「私も來斗が好き。よろしくお願いします」
「ホント? ああ凄く嬉しい! キーナありがとう、大好きな俺の嫁さん」
やっと來斗の腕の力が抜けた。とはいえ、お互い無理な姿勢が祟ってか、あちこち痛くて動けない。
來斗が膝を摩りながらぎこちなくソファに座る。
「イタタッ……ふぅ。キーナ、おいで」
そう言って私の肩を抱く。そして私の顔を引き寄せる。
「俺から離れるな……キスしてもいい?」
「だ、だから聞くな……」
「キーナ、大好きだよ」
來斗がそっと私の唇に唇を重ねた。柔らかい、温かい、素敵な感触。ずっと触れていたい。
きっと來斗は初めてじゃないんだろう、そう思うとなんか悔しい。來斗にではなく、來斗の唇に触れた相手にだ。これが嫉妬心というものなのか、どことなく闇がありそうで少し怖い。
しかしも、どんな場面でも私の腹の虫はお邪魔虫でいたいらしい。
「グゥ〜ッ。あ、ごめん……」
「アハハ! 今度はキーナか。じゃあご飯にしようか、キーナも手伝ってな」
「ん、了解」
ムードも色気もない私を、來斗は平然と流してくれる。有難いな、私は幸せ者だ。しかしこんなにスムーズに結ばれると逆に何か起こりそう……。
気を取り直してご飯の支度に取り掛かった。カレーを作って皿にご飯を盛り、スプーンはコップの水の中。見事な連携プレー、未だ底レベルだけど、でもふたりで作る料理は美味い。
私が後片付けをして、來斗は風呂へ入った。疲れたのか、來斗はさっさと寝てしまった。薄情者め。
私はベランダに出てタバコを吸う。
自分の事ばかりではいられない。事件の謎解きをおさらいしよう。
あのとき私がわかった事。多分だが、私が桜ちゃんの恋人と勘違いをした奴がいる。そこでマザーが私を優遇するのではないかと考えた。だから私に狙いを定めた。
こう考えればあの刺客の言ったことも納得がいく。もし、この推理が成り立つのであれば、來斗の安全は保証される?
果たしてそうだろうか、何故かシックリこない。そんな単純なことだろうか。
私はこれ以上ひとりで考えても答えは出ないと、風呂へ入って寝ることにした。
さて寝るかと來斗の部屋の前で止まると、隣りの部屋のドアが少し開いているのに気付く。
覗いて見ると、部屋の中は綺麗に片付けられていて、新しいと思われるベッドが置かれていた。
私の部屋かと思い、なら今日からこの部屋で寝ようと勝手に決めた。これで來斗も安心してゆっくり眠れる、そう思った。おやすみっと呟いて、ひとりで眠りに就いた。
夜が明けて、私はいつものように早く起きた。ベランダへ出てイマイチの空気とタバコを吸う。
そうだ、後で西側の資料を見せてもらおうと思っていると、來斗が「おはよう」と言いながら、私を後ろから優しく包む。
「キーナ、何であっちの部屋で寝たんだ」
「えっ? あれは私の部屋じゃないの?」
「そうだけど、結婚したんだから一緒に……寝る……のがだな、常識ってもんだろ」
なんだよ、あれだけ一緒に寝るのを否定しておいて、今さら常識とかいわれてもねえ――
「へぇ、そうなのか。でさぁ、西側の資料を見せてくれよ。それと結婚ってさ……
「そうだキーナ、今からステーションに行こう!」
だから私の話しを最後まで聞きなさいよ。この朝からテンション高いのはこれからもずっと?