12話 戦いのアビリティ
私はステーションを出て、マンションの近くに車を止めた。狙うとすればやはり自宅付近と私は予測した。既に潜んでいるだろうと、車内で辺りの様子を窺う。
すると、怪しげな黒服のサングラスペアがうろついている。如何にもと言った風貌だ。
ひとりは標準サイズ、もうひとりは大柄なビッグサイズ。西か東か、どちらにせよ刺客には違いない。私は車を降りて予備の紙タバコを咥え、男達に話し掛けた。
「悪いがお兄さん、火、持ってるか?」
「……失せろ」
「お〜怖っ――お前らは西か? 東か?」
「……!」
「なあ、私も仕事だからさ、來斗に手出しされちゃ困るんだわ、分かる?」
ハンターにしてはブラックスーツがビジネス的で、もしかしたらアサシン、暗殺者か。プロなら甘く見ないほうが良さそうだ。
「お前は……キーナか?」
私をキーナと呼んだ。ということは、既に私の情報は出回っているんだろう。
「なぜ私の名を知っている」
「俺達も仕事なんですよ。キーナさんに恨みはないんですがね」
「話してる暇はない。殺るぞ」
私に恨みはないって、先に邪魔者から始末する算段か。面白い、私を"ジョーカー"と知って向かってくるならこちらも容赦はしない。
「私に向かってくるとはといい度胸だ」
「実力はともかく、噂は承知してますよ。俺達もプロですから、覚悟してくださいね」
「リーフ、お喋りはもういい。始めるぞ」
大男が殴り掛かってきた、私は避けるが意外と相手は俊敏に動く。後ろから首をホールドされた。
尽かさず踵で相手の膝を蹴り、怯んだ隙に肘で脇腹を殴打。もう一方の手でアゴに掌底を突き上げた。大男が吹っ飛ぶ。
「グァーッ! グフッ! ……」
「大人しく寝てろ」
次にリーフだったか、標準サイズがナイフを取り出した。ファイティングナイフ、元軍人か。どおりで動きが規則的で無駄がない。
逆手持ちだ、接近戦ならこちらも能力を使おう。
「《クラドゥ・シャックル》」
自分の左腕を土の塊で覆った。いわゆる盾だ。
相手が右手のナイフを横から振るう。私は左腕でナイフを受け止め、逃げられないように相手のつま先を踏んで、ガラ空きのボディーに縦拳を一発打ち込んだ。男は白目とともに昏倒した。
刺客のアビリティってこんなものか……。
「プロが聞いて呆れる。さてどうするか」
このまま放置しても良いんだが、ポリスに通報されてもお互い迷惑だ。
私はふたりを担ぎ上げて、マンションの中へと入っていった。エレベーターで屋上まで上がり、鍵を壊して外へ出た。
ふたりをドサッと置いて呼び掛けた。
「おい、起きろ。生きてんだろ?」
「グッ……グフッ、ゲホッ、聞いてないよ……」
「グフッ……ああ、俺もだ……」
「聞いてない? 何をだ? 」
「キーナさん、強すぎ……グフッ……」
何だそんなことか。プロなら確実な情報を入手するのが鉄則だ。とにかく話を聞きたい。
「起き上がれるか?」
「ああ、慣れてるんで平気ですよ」
「フーン、話しもできそうだな。私から殺れって言われたのか?」
「お前だけだ。ライトとか言ったか、そいつは知らない。痛っ……」
來斗を知らない?
どういうことだ。本来の標的は來斗のはずだ、そのために刺客を差し向けたんじゃないのか?
「おいルート、『來兄と共にいるキーナ』って言われたろ? もう、お前すぐ忘れるなぁ」
「そうだったか? どうでもいい」
何かが変だ、話しがまったく見えてこない。
そもそも、來斗をトップに立たせないための陰謀。それが私が現れたことで支障が出てきた。ここまでは多分、間違いない。
ただ合点がいかないのは、來斗を重要視していないという的外れな点。
邪魔者排除は分かるが、まるで私だけが標的みたいな言い方をする点。
筋書きを変えてきたんだろうか、私はポリスと何ら関係性を持ち合わせていないというのに。
ポリスか。私とポリス、ポリスのトップ、桜ちゃん――ああ、なるほどな、何となく解ったかも。
「なあ、お前らの依頼人って、東の奴だろ?」
「答える義務はありませんね」
「うーん、でもさぁ、誤解ってこともあるだろ?」
「誤解とは?」
「――お前達はどこまで知ってんの?」
「さあね、殺るなら早くしてくださいよ」
プロとしての覚悟はあるんだな。おそらく帰したところで制裁の餌食になるだけだろう……逃すか。
「まあいい、休んだらどこへでも行け。あ、顔は覚えさせてもらうよ」
私は相手のサングラスを外して品定めを始めた。
標準の男リーフは、愛くるしい瞳と巻き毛が特徴。アイドル系だな。
大男のルートは意外と端正な顔立ち、切れ長の鋭い目に短髪のシルバーヘアが特徴的だ。どちらも選ぶ業界を間違えてるぞ、もったいない。
「せっかく良い顔してんのに、もったいないなあ。まだ若いんだ、早く違う居場所を探せよ」
「よ、余計なお世話だ……」
「じゃ、顔も覚えたし、もう私に関わるな、次は容赦しないぞ、早く逃げろよ」
私はふたりの頭をクシャクシャっと撫でて、軽く手を振って屋上から退散した。
東側のことなら桜ちゃんに聞いたほうが早いだろう。桜ちゃんはタバコ屋にいるだろうか。
私は車に乗り込みタバコ屋へと向かった。着いてみると、黒い車で道路は埋め尽くされている。いったい何事だ。
警備のオフィサーに囲まれて、桜ちゃんともうひとり、白髪の背の高い男も乗り込んだ。
桜ちゃん達を乗せた車を中程に挟み、車は次々と走り出した。私も後に続こうとしたとき、助手席側の窓を誰かが叩いた。見ると直斗が自分を乗せろと助手席に向かって指を差す。
仕方がないのでドアを開けた。そういえば直斗も身内のひとりだったと、今更ながら気付く。
「よっ。キーナの車を見掛けたんでね、こっちのがいいに決まってる。後を付いて行くんだろ?」
「ああ、早く乗れ、お前ひとりか?」
「兄貴はステーションにいる。気になる?」
「バーカ、好都合だ。資料を読み損ねてね、マザーに聞こうと思って来たんだよ」
「ああ聞いた。婆ちゃんから依頼されたんだって? 何が知りたい、西側の事か?」
「お前、知ってるのか? なら追跡は止めだ。私に話しを聞かせてくれ、ファミレスでいいよな?」
「おお、ファミレス上等! さ、早く行こ!」
直斗と一緒にいつものファミレスへ向かった。車を駐車場に止めて店に入る。
丁度ティータイム時、結構混んでる。喫煙席を選びたいがどうだろう。そこへいつものパートのおばちゃんがやってきた。
「いらっしゃいませ。さ、どうぞご案内します」
「えっ? でも……」
「常連さん上等。いつもありがとうございます!」
「キーナってスゲー! おばちゃんも最高!」
「お前うるさい、名前を呼ぶな」
私達はご好意に甘えて喫煙席をゲットした。お礼に沢山の品を頼んだ。一通り揃ったところで、私はおばちゃんにお礼を言った。
「おばちゃんありがとう、助かったよ」
「とんでもない。キーナさんまた来てくださいね」
「……う、うん。ハハ」
直斗のバカ、名前を覚えられてしまったぞ。まあいいか、喫煙所は有効活用しますんで。
さてと、密談の始まりだ――