§プロローグ 【マッドドール】
§プロローグ 【マッドドール】
真夜中――
静まり返った街道を我が道と化し、縦横無尽に獲物を追うバウンティハンター。
「オイ! 奴はいたか?」
「見当たらねぇ、どこへ行きやがった!」
所狭しと無造作に停められた車。一台がゆっくり走り出す。ヘッドライトが路肩を照らすと、古びた車を映し出した。そこには車体に寄り掛かり、眩しそうに手を翳す人物が立っていた。
黒いシャツにタイトなズボン、大きめのブカっとしたグレーのブルゾンを羽織り、足元は黒いショートブーツといったスタイル。
砂色のメッシュが印象的な、褐色の長い髪を胸元で束ね、時より覗かす銀のピアスが端正な顔を引き立てている。
フッと口元に笑みを浮かべながら、黒いサングラスをゆっくり掛けた。ハンターに追われる者――
「ハ〜イ、お疲れ様。ではご機嫌よう」
そう言って車に乗り込みエンジンを掛ける。アクセル全開でハンドルを勢いよく回すと、タイヤは地を滑り、白煙と共に車をUターンさせた。ハンターにライトが当てられる。
「クッソ! また逃げるぞ!」
古びた車は軽快にスピードを上げて、追う者の車と車の間を擦り抜ける。
ハンターの車は身動きが取れず、車を降りて地団駄を踏む。そしてハンター達は追うことを諦めその場から去って行った――
――――――――――――
遥か昔、神の時代――
世界の秩序をそれぞれの役割と成す神々は、良くも悪くも絶えず世に恩恵を齎らす存在で崇められていた。
全盛期だった神の時代は過ぎ去り、意味も知らずに、祀りの行事のみ細々と伝わる時代が訪れる。
神の原初、大地の女神が密かに託したひとつの泥人形。神々はその泥人形に個々の力を与えた。
ある宴の晩、神々はその未知なる物を、お試しとばかりに宇宙の無限界へと放った。
天王は告げる――
「人を愛し、求め悩み苦しみ道を定めるまでは、関わる事これ罰とし罪とする。傍若無人を尽くすことこれ必然。あとは己れの脚で決めさせれば良い」
神々は無言で承諾し従った。全ては生なる物に任せて――
***
私は一方的なカーチェイスをかわし、街道を抜けて何食わぬ顔で普通車と並走する。
気分転換を兼ねて、ファミレスへ寄った。
駐車場に車を駐めて、店の入口の自動ドアを潜る。小さくBGMだけが聞こえる。
「いらっしゃいませ! お好きなお席へどうぞ!」
元気ハツラツとパートらしきおばさん。真夜中とあって客の姿もまばら。
私はいちばん奥のボックス席に座った。メニューを開いて珈琲と小腹を満たす物をチョイス。
「ピ~ンポ~ン」
呼びボタンを押すと店員がすぐやって来た。
「ご注文はお決まりですか?」
「珈琲と、唐揚げ。以上」
「ご注文承りました。しばらくお待ち下さい」
店員は慣れた笑顔で立ち去った。
「フゥ、やっと一息……逃げ切れたか?」
メニューをスタンドに立て、テーブルに置かれた灰皿を見つける。どうやらこのエリアは喫煙が出来るらしい。ズボンのポケットから電子タバコを取り出し、珈琲がくるまで一服を決め込む。
私の名前は、キーナ・エフケリア。
"好機の波"と言った意味だ。性別は女、見た目は中間、振る舞いは男だ。まあ、誰もが私を女だとは思っていないし、仕事上知られては面倒なので男の振りをしている。タバコも格好付けに始めたが、いつしか依存してしまった。百害あって一利なし、確かに。
それはさておき、神々は私に曖昧な記憶を残した。言われたとおり暴れてやった。
そして泥の殻を破り、人間へと変化し、様々な惑星、そして異世界へと放浪した。
傍若無尽を尽くしていたその異世界で、私は自称哲学者という転生者に出会った。キッカケはどうであれ、友と呼べるようになってから、生きる術や、心の在り方をそれなりに学んだ。
私は友の生まれた惑星の話しを聴くのが好きで、よく耳を傾けていた。
親愛なる友が朽ちて果てるまで。
私は友の語るその惑星に興味を持った。降り立って約半世紀あまり、少なからず、安住を得ることができた。
第二の地球と呼ばれる青い惑星"レゾン・テール"に。私はいま、新都市のニルヴァーナ(解放)という街に根を下ろしている――
私の仕事は"請負人"だ。主に闇組織からの依頼が多い。内容のほとんどは対立する敵側の抹消。だが私は両者を潰すのが目的、それを知らない悪党は今もこぞって私に依頼を頼む。
この手の奴らは私を"壊滅請負人"と呼ぶ。こっちのほうが知名度が高いのは確かだ。
私の日常に平穏はない、出逢いもなければ恋愛なんて夢のまた夢。そりゃあ、いちおう女だし、恋とかデートとかしてみたいと思うけど、恋愛感情なんて未知の領域、想像すらできない。いちおう努力はしてみますが。
神には悪いが私は不適合ドールだ――