異世界で幽霊はじめました。~俺が憑いた公爵令嬢は、断罪劇を自ら回避する!
最期に聞いたのは、けたたましいクラクションと悲鳴のようなブレーキ音。
そして衝撃。
(ああ……)
こうして俺は高校からの帰り道、幽霊になった。
異世界の。
◇
なんで!?
異世界といえば、ふつー転生だよね? 交通事故の後、神様とかが出てきてさ。
どうして俺、縁もゆかりもない世界で幽霊になってんの?
しかも誰からも、何のアナウンスも無いし。
自分のいた世界、つまり日本で幽霊やってるならまだわかるよ?
いや、成仏したいけどさ。
幽霊って何か心残りがあるから、なるもんなんじゃないの?
なのに、ここは……。
「お待ちください、ソフィアお嬢様! 逃げ出してしまっては、王子殿下に失礼です」
「うわぁぁぁぁん」
幼い少女を、メイドが追いかけている。
ソフィア・ラセター公爵令嬢。
この国の第一王子との婚約が決まり、今日は初の顔合わせ。
だったのに、婚約相手のルド王子に、開口一番言われてしまったのだ。
──こんなブスとの結婚なんてごめんだ──って。
それで見合いの席から飛び出した御年六歳のご令嬢は、バラ園を突っ切って庭隅の木へと走り去っていく。
素早さがすごいな。メイドをバラ園で撒いたぞ。
うーん。"公爵令嬢"としてはNGかもしんないけど、さっきのは王子が悪い。
大木に顔を伏せて泣いている少女は、この日のために目一杯お洒落していた。
期待に頬紅潮させたドレスに、選び抜いたリボンだったのに。
上質なレースが、震える肩で揺れている。……可哀そうに。
"どこがブスだって言うんだ。すごく可愛いじゃないか"
「っ! 誰??」
思わず呟いた俺に反応したソフィアは、目を丸くした。
そのままじっと中空を……、幽霊な俺を凝視している。
さらに驚くことに、話しかけてきた。
「大丈夫ですか? 体が、透けてますが……?」
"え! もしかして、俺が視えてる?"
「はい」
ばっちり目を合わせながら会話をしたソフィアは、俺の問いにコクリと頷いた。
(声も聞こえるのか!!)
彼女が敬語なのは、年の差配慮だろうか。
いや、自分より年上の護衛やメイドには、この娘、敬語使ってなかったよな。
……幽霊が怖いからかも知んない。
(マジかぁ──!)
女の子を怖がらせる趣味なんてないのに!
幽霊になって漂うこと数日。フヨフヨと見知らぬ世界を浮遊していたら、この公爵家にものすごい引力で引っ張り込まれた。
そしてソフィアの近くに定着してしまった。
離れようとしても、しばらくすると戻される。
もしやこれは"憑いてる"状態と言えるのでは?!
背後霊よろしく、まさか幼女のストーカーになってしまったけど、断じて俺の意思じゃない。
だが自分ではどうにも出来ない。
原因不明のまま数日を過ごした今度は、目撃されるなんて。
これ、ホントどうしたら!!
(あ、あの、俺は怪しい霊じゃなくってね。単なる迷子というか、そんな感じで)
十一も年下の女の子に必死に説明してみるものの、果たして理解は得られるのか。
しどろもどろな俺を、ソフィアはじっと見つめている。やがて。
「ソフィアは、ちゃんと可愛いですか?」
確かめるように尋ねてきた。
"可愛い"と呟いた声を、拾われていたらしい。
慌てて迎合する。
"もちろん! 光に透ける金髪は眩しくて、ぱっちり大きな青い瞳。将来美人確定の美少女だよ"
「──良かったです。じゃあルド様はなぜ、さっきソフィアにあんなこと言ったのですか?」
"えっ? えーと、それは……。緊張した、んじゃないかな"
「緊張?」
"う、きっとそう。男の子は、可愛い女の子には照れくさくて、意地悪言ったりしちゃうものなんだ。バカだよね"
俺も昔、身に覚えがある。
クラスの女子に、つっけんどんな態度をとったりとか。トゲトゲしく返事して、後で反省したりした。
ソフィアは俺を見ていたが、やがて小さな手で涙をぬぐった。
そして元の部屋へと戻ると、部屋に残っていた王子に、ちょんまりスカートを端を広げながら、謝った。
淑女の礼というやつだ。
「ルド様、さっきはごめんなさい。急にお部屋から出てしまって」
(なんて偉いんだ! 元々の非は、王子にあるのに)
なのに対する王子は、プイっとそっぽを向いて返事もしない。
"おいこら! なんだ、その態度は!"
ソフィアが困ったように俺を仰ぎ見るので、俺は汗かきながらニッコリ頷いた。
"ごめん、ソフィア。あれは本心じゃないんだ。……たぶん"
俺の声がどう響いたのか。ソフィアはその日、ルド王子に対して寛容だった。
霊である俺は、相変わらず誰の目にも映らないようだったけど、ソフィアにだけはしっかり視えていて、王子が帰った後も、俺たちはふたりで話した。
「……お帰りにならないのですか?」
"ん? う、うん。なぜかこの場所から離れられなくて"
「そうなのですね。不思議ですね。えっと……」
呼び方を探してるのかな?
"俺のことなら、真心って呼んでくれればいいよ"
下の名前を伝える。苗字は省略。こっちの世界に馴染みにくい響きだろうし。
「マコト?」
"本音や本心、マゴコロって意味"
「まあ! ではマコト様のお言葉こそが、本当のお気持ちなのですね?」
"う、ん?"
ソフィアはなぜか驚き、噛み締めるように頷いた。
(どういう意味だろ? 俺だって口に出すこと全部、本心ってわけじゃないけど……。ま、いっか。わざわざ言うようなことじゃないしな)
こうして。
ソフィアと俺の不思議な関係は翌日からも続き、日々のこと、他愛ないこと、好きなこと、苦手なこと。
いろんな話を、たくさんした。
憑いてるせいで、ソフィアからは離れられない。
俺はソフィアと一緒に、彼女の授業に参加する。礼法を学び、この世界の歴史を学び。
たまにこっそり算数の答えを耳打ちすると、ソフィアは「マコト様すごい!」と目を輝かせた。
(そりゃあね、日本で高校生やってたから、子どもの算数くらいはね)
けれどもあっという間に授業はハイレベルになり、いつしか俺も真剣に聞くようになっていた。
だってソフィアにいいとこ見せたいし。
かっこ良く知ってるフリしたいじゃないか。
そんな中、気がついたのは、ソフィアが何事にも一生懸命で、自分よりも周りを考える性格だってこと。
まだ子どもなのに、大したもんだ。
これが公爵家の総領姫で、未来の王子妃ってことなのか。
今日も彼女は書類とにらめっこしながら、父公爵から出された課題を思案している。
「マコト様。アザーレ地方の生産性を上げ、領民の暮らしを豊かにしたいのですが、何か良い方法はありませんか?」
"うーん。アザーレは温暖な場所なんだろ? 二期作が出来るんじゃないか? 主に作ってる作物ってなんだっけ"
「ニキサク?」
"そう、他には再生二期作とか、二毛作というのもあって……"
前世の知識を伝達しながら、彼女の意欲に感心する。
"さすがだな、ソフィアは!"
俺が褒めると、ソフィアは「私なんてまだまだです」と、はにかみながら笑う。そんな様子は、実に愛らしい。
そうこうするうちに、数年。
ソフィアはどんどん成長し、十七で時が止まったままの俺とは、次第に年齢差がなくなっていった。
(こんな良い娘、バカ王子には勿体ないよな。俺の妹だったら、ソフィアを大事にしないようなヤツには、絶対嫁にやらないのに!)
ルド王子との婚約は依然として続いていたが、あっちに精神的成長は見られない。
相も変わらず、ルドはソフィアに素っ気ない態度をとっていた。
定例会でもろくに会話もなく、杜撰に扱われていることは明らか。なのに彼女はいつも変わらぬ笑みを、俺にも王子にも向け続けている。
しかもどうやら、ルドを恋慕ってまでいるらしい。
(なんでだよ! 男を見る目が壊滅的過ぎだろ!)
ルドにソフィアは勿体ない。
何度となく、"ルドはやめておいたらどうか"と提案したけれど、その度に「諦めるつもりはありません」と一途な視線で返された。
「たとえ障害や妨害があったとしても、私はルド様と結ばれたいです」
障害や妨害って何だろう?
それを置いても、熱を持った眼差しで見つめられると、俺が好かれてるんじゃないかって、錯覚しそうになる。
天然女子って怖い。
どのみち家同士の婚約関係。ソフィアの意向で解けるものでもなく。
仕方ないから、ルド王子との逢瀬の後、俺はソフィアが傷つかないようにフォローするのが常になっていた。
"ソフィア、あの、今日の冷たい無視だけど……"
「……承知しております。今日のルド様の護衛も、王妃様の息がかかった者でした。王妃様はルド様と私が結び、公爵家が後ろ盾となることを快く思われていませんもの。だからルド様は私に危害が及ばないよう、距離をとってくださっているのでしょう?」
そう言って寂しそうに微笑まれると、何も言えない。
ルドはきっとそんなことまで配慮してないと思う、とは間違っても口に出来ない。
現王妃はルドの生母ではなく、隣国から迎えた後妻。
彼女は実子である第二王子アランを次の王に据えるべく、ソフィアのことは"アランの妃にこそ迎えたい"と何度も国王に提案していた。
「それでもいつか私も、ルド様と手をつないだり……してみたいです」
モジモジと顔を赤くしながら、俺を見上げるソフィアはとても健気で、俺は"いつかルドがソフィアの気持ちに優しく応える日が来ればいいのになぁ──"、なんて見守っていたけれど。
そんな願いも虚しく、ソフィアが十七になった年、彼女とルドとの間には、不穏な噂が流れ始めた。
「ルド殿下とソフィア様のご婚約、解消されるのも時間の問題だそうですわよ」
「あら、わたくしもそのお話、聞きましたわ。殿下は近頃、男爵家のご令嬢シルビア様を、"運命の恋人"だとご贔屓されているとか」
「"真実の愛"を見つけたと公言されて憚らないそうね。殿下とソフィア様は同じ年。ともに十八になればご成婚ということでしたのに、これではねぇ……」
赴いた会場で、貴婦人の小声が耳に届く。
俺に聞こえているということは、すぐそばにいるソフィアにも聞こえているはずで。
もの問いたげに、ソフィアが俺を見る。
"大丈夫だ、ソフィア。あの男爵令嬢……シルビアは、良からぬことを画策しているフシがある。ルドが彼女を近づけているのは、その証拠を掴むためだ"
ルドの事情や思惑は知らないが、シルビアは王妃と繋がっている。
ソフィアが寝ている間だけ、俺はソフィアから離れることが出来る。
霊として夜道を散策していたある日、偶然シルビアを見かけ、さらに王妃との密会を目撃した。
呑気者のルドは気づいてないかもしれないが、ルドを陥落させ、ソフィアとの婚姻を阻止しようとしているのかもしれない。
ルドが現在"王太子"の地位にあるのは、ソフィアを通じて公爵家がついてるからなのに。
ルドのことはどうでもいいが、ソフィアの恋は叶えてやりたい。
俺は王妃の動きに気づくたび、ソフィアに内容を伝えていた。
王妃が求めた不審な指輪や、時々届く密書。第二王子に渡った隣国からの宝石類。シルビアがルドの部屋から持ち出した書類。その中には各砦の予算や、兵の配置図なんかも含まれる。
王妃、アラン、シルビア。あの連中は、なんやかんやとキナ臭い。
もしかしたら王妃の実家がある隣国と繋がって、何か企んでいるのかもしれない。
ソフィアに話すと、彼女も真剣な表情で「調べてみます」と言っていた。
そんなある日。
あの馬鹿王子が、ついにやらかしやがった。
「俺はソフィア・ラセター公爵令嬢との婚約を破棄する!!」
王宮の夜宴に響いた、ルド王子の声。
彼は意中のシルビアを抱き寄せたまま、ソフィアに婚約破棄を宣言した。
広間の全員が、息を飲む。
王と王妃の親臨する宴席で、いきなり何が始まった?
国王はと言えば、険しく眉を顰めたまま、じっと息子の行動を見ていて止めない。
唖然とする人々の視線も意に介さず、ルドは"ソフィアがシルビアに嫌がらせを続けた"と責め、"そんな女は、未来の王妃に相応しくない"とまで断言した。
"すべてシルビアから聞いている!"
ルドはふんぞり返って鼻を鳴らす。
ソフィアがシルビアに手を出したなんて、ありもしない嘘。それが事実無根なことは、彼女に憑いてる俺がよく知っている。そもそもソフィアとシルビアには、接点すらなかった。
ソフィアは──……。
言葉もなく呆然と、立ち尽くしている。
(そうだよな、こんな突然の横暴)
俺は猛烈に腹が立ってきた。
幼い頃、庭の隅で泣いていたソフィアを思い出す。
ルドのヤツ、何度ソフィアを泣かせれば気が済むんだ!!
(今すぐ彼女を助けに行けたら……!)
幽霊なのがすごく悔しい。肉体さえあれば、ソフィアを泣かせたルドを殴り飛ばしてやるのに!
……とっくに気づいていた。
俺は、ソフィアが好きだ。
はじめは妹感覚だった彼女に、妹以上の感情を抱くようになっていたことは自覚済みだった。
(くそぉ……! ソフィアのピンチに、何も出来ないなんて)
その時だった。
「待ってください、兄上!」
広間のざわめきを遮ったのは、颯爽と進み出た若い青年。
(アラン王子?)
貴族たちの輪が、弟王子アランのために道を開ける。
「ソフィア嬢にはなんの落ち度もありません。いま兄上が述べられたような、男爵令嬢を虐めるような行為など、一切なかった。にも拘らず公爵家のご令嬢を一方的に断罪なさろうとは、兄上こそ王族の資格がないのではありませんか?!」
俺はギョッとした。
咄嗟に王妃に目を走らせると、扇子で口元を隠した王妃の目元は、ニヤリとほくそ笑んでいる。
(やっぱりか!)
シルビアを使ってルドを操り、公衆の面前でソフィアとの婚約破棄。しかもその実態は、証拠も何もない言いがかり。
ルドの評判は地に落ち、貴族達やラセター公爵はルドを見限り、アラン陣営につく。
(ルド! こんな浅い手にひっかかりやがって! ソフィアが泣くだろ!)
ルドを見ると、予期せぬ展開に面食らったような表情をしている。
お前なぁ!!
アランは次に壇上の国王に向かい、尚も言葉を続けた。
「父上! ルド兄上は下位貴族の話を鵜呑みにし、大切にすべき婚約相手を貶めるような人です。このままではいずれ、王家にも破滅をもたらすのではないでしょうか」
暗に、ルドを地位から外せと要請している。
国王はしばらく目を瞑り、そしておもむろに口を開いた。
「ルド、己の発言の証拠を示せ。でなくば、お前の行いは王家の信用を失墜させる大罪と見なす。王族としての自覚がないと判断し、王太子としての地位はもちろん、王子として一切の権利を──」
「お待ちください!!」
国王の言葉を止めたのは、意外にもソフィアだった。
「陛下のお言葉の最中、申し訳ありません。いかようにも罰を受けます。ですが、ぜひ私の話もお聞きくださいませ!!」
必死の様子で、ソフィアが王の前に身を伏せる。
「ルド様、これまでのこと、もう全て打ち明けても良いでしょうか?」
そうソフィアが了解を得ようと仰いだのは、シルビアと並ぶルドではなく、何もない空間に漂う──俺??!!
"えっ?"
ソフィアは今、俺を"ルド"と呼んだのか?
「ルド様がタイミングを計られていることはわかっております。故意に、大きな隙をお作りになられましたことも! ですが、このままではルド様ご自身が危のうございます! すでに十分な証拠は揃っております! 言わせてくださいませ!」
(????)
「ソフィア嬢、どういうことか」
混乱している俺を置いて、国王が冷静な声でソフィアに問うた。
「はい。国と王家を裏切る大罪を企んでらっしゃるのは、王妃様。そしてアラン殿下。ルド様はおふたりの企てを察知し、これまでずっと探っておられました。今夜の騒ぎは、王妃様方がルド様を排除するための茶番劇です!」
◇
ええ──っ?
(ソフィアと俺なら、その疑惑は抱いていた。けど俺の知る限り、ルドは何も探ってないはずだぞ?)
案の定、シルビアの腰を抱いたままのルドは、ポカンとした顔をしている。
こいつ本当、反応ニブいなぁ!
王妃が声を上げた。
「何を言うのです、無礼な! 陛下、その娘は婚約破棄のショックで、頭がおかしくなったのです。取り合う必要はございませんわ!」
「いいえ。証拠はあると申し上げましたでしょう。隠している場所を申し上げますので、すぐにも兵を送り、お確かめください」
王妃の形相に怯まず、ソフィアが淀みなく話し始める。
王妃が出身国である隣国と手を組んでおり、アランを玉座につけることで、この国を乗っ取る算段であること。アランが隣国からたくさんワイロを受け取っていること。
シルビアを通じて盗み出した機密を、王妃が隣国に渡す用意をしていること。
「王妃様の監視が厳しく、表立って動けないルド様に代わり、ルド様からの情報で、私は密かに証拠を収集済みです」
(ソフィア。ソフィア大丈夫なのか? ルドは"初耳だ"って顔してるぞ?)
彼女が語る内容は、ほぼ俺と話したことばかり。
王妃と第二王子を相手取って、もし違っていたら。
ソフィアの罪は、名誉棄損じゃ留まらない。
止まらない冷や汗に、ないはずの心臓が脈打っていた時だった。
「ええい! 黙りゃ、小娘が!!」
声とともに王妃が片手を振り上げた。
仕掛け指輪が光り、ブチンと大きな音を立て、天井にあったシャンデリアがソフィア目掛けて落ちて来る。
「きゃ……!!」
咄嗟に、身体が動いた。
床を蹴り、落ちるシャンデリアからソフィアを庇って、地に転がる。
大理石に激突したシャンデリアが派手な音を響かせ、砕けた破片が光を弾いて降り注ぐ。
「え……?」
腕の中に、生身のソフィア。あたたかな体温と、華奢な肉感が伝わってくる。
(なんで、彼女を抱けて?)
俺は幽霊で、現世の何にも触れられなかったはずなのに?
自分の意思で動く腕を見ると、豪奢な刺繍に宝石のカフスが煌めく。
(えっ? えっ? これ、ルドの着てた服?)
その途端、強烈に頭が痛んだ。
同時に大量の記憶が、一気に流れ込んで来る。
かき混ぜられる意識の中で理解したのは、日本で生まれ変わる前の、前々世の自分。
(あっ……)
ルド王子は、かつてこの断罪劇の後、"ざまぁ"されて追放の憂き目に遭った。
ソフィアを害したため、彼女の実家である公爵家から詰められ、苛烈な報復を受けたからだ。もちろん"真実の愛"の相手シルビアとやらには、手酷く裏切られている。
ソフィアはその後、アラン王子の求婚を受け入れた。
しかし程なくして隣国に攻め入られ、アラン王子が母国を裏切ったことを知ったソフィアは、彼の妻となっていた己を恥じ、自害。
ソフィアの訃報に衝撃を受けたルド自身も、戦乱であっさり命を落として……。
ソフィアへの強い悔恨を抱いた魂は、天にも昇れず、異界を彷徨った。
そして日本人として生まれ変わり、過去世を忘れて過ごしてきたけれど。
ルドの心残りは、この国にあった。
だから俺が、この世界で幽霊になった?
(つまり──)
前々世の俺が、ルドだった──?!
だけどソフィアが断罪回避をした今、歴史が変わってルドも死ななくなり、結果、転生自体がなかったことになった。──そういうことか?
(それで今、俺の魂は元の身体に収納された……)
"マコト"も無かったことになったんだろうか。
確認しようがない。どのみち死んでるし、戻れもしないしな……。
まだ、夢の中のような感覚のまま、腕の中のソフィアを見る。
と、目を閉じていた彼女が身じろぎをした。
「あっ……、ごめん、ソフィア、俺……」
めちゃくちゃ久しぶりに、自分の肉声を聞いた。ルドの声で。
「うぅ……。申し訳ありません、ルド様。ルド様はずっと機を見て、我慢されていらっしゃったのに」
「!」
そっと開いた青い目は、いつもの俺に向けてくる目で、微塵の驚きも動揺も感じられない。
彼女がとても自然に、"マコト"を"ルド"と認識している様子に、俺の方が戸惑った。
(もしかして初めからソフィアには、"マコト"がルドとして視えていた?)
思い返せば彼女は、初対面からずっと"俺"に丁重だった。
いやいやいや、でも俺がソフィアと会った時、俺は十七歳だったから、わからないはずだ。
身長差で、ソフィアは俺をいつも見上げてたし。
(あ。どっちにしろ、プワプワと浮いてたか)
え? 出会った時の俺、まさか子どもに見えてたの?
それはセルフイメージと違う……。
俺の中で"俺"は、黒髪黒目でソフィアと接しているとばかり……。
幽霊は鏡に映らない。体重もない。
だから、気づくこともなく思い込んでいたけど、もしかしたら、もしかする?
首を傾げていると、背中から声が飛んだ。
「ルド。ソフィア嬢。無事か?」
気づけば国王が、まっすぐに俺とソフィアに視線を向けている。
王妃は衛兵に拘束されていた。「途方もないホラ話を聞いていられなかった」と叫んでいるが、ソフィアの口を封じようとしたことは明白。
アランの周りにも兵がつき、いつでも連行できる状態だ。
きっと証拠が確認され次第、罪を問われることになるのだろう。
「怪我がないなら、ソフィア嬢が言っていた件、そなたの口から報告せよ」
国王の向こう側に、ルドに放り出されて床にへたり込んでいたシルビアが見えた。
(ええっと……)
俺はソフィアと、目を合わせた。
◇
「まいったぁ~~」
すっかりヘトヘトになり、王宮のソファに沈み込む。
十数年ぶりの重力が堪える。
飛びたい。ああ、飛びたい。
「ルド様……」
心配そうに、ソフィアが覗き込んで来る。
あの後は怒涛の展開だった。一連の騒ぎの後、ようやく事態の収拾を見、こうしてルドの部屋で休息時間が取れた。
「大丈夫だよ、ソフィア。ありがとう」
そう返すも、ソフィアの青い瞳はちっとも安心とかしてなくて。
苦笑しながら彼女にも座るよう促すと、すごく自然に隣に腰かけて来た。
幽霊時の距離感の名残だと思う。
ルドにあれだけ邪険にされてたのに、ソフィアがルドを信頼していた理由がわかった。
彼女は、俺の言葉こそがルドの本心だと受け取っていたようだ。
本家ルドは。
前々世の俺は、ソフィアの素晴らしさにも気づかず、真面目で堅物の彼女を敬遠してたっけ。
(愚かだったな……)
ソフィアが揃えた証拠は、王妃たちの陰謀を暴くのに十分なものだった。
王妃、アラン、シルビアは今、反逆罪で捕まっている。
夜会での王妃は、シルビアを通じて操っていたはずのお馬鹿王子ルドが、逆に自分たちを探っていたと聞き、動転したらしい。
それで思わずソフィアに手を出し、自ら馬脚を現した。
王妃も短絡だったが、それだけ油断しきっていたということだ。ルド=無能というのは正解過ぎて、自分で哀しい。
過去シルビアが持ち出した機密は、ルド経由。
下手すれば情報漏洩の一端を、ルドが担ったという恐れもあったのだけど。
ルドの書類は絶妙に数値がダミーで、万一隣国に渡っても、役に立たないどころか攪乱させるような代物だった。
ソフィアは「さすがです」と言ってくれたけど、当のルドは勉強をサボっていたから、きっと本気で間違えてただけだと思う。
言うまい。
(良かったぁ、今の俺。ソフィアと一緒に勉強してて、ホント良かったぁぁぁ)
でもソフィアは俺が初めから、王妃監視を逃れて、ソフィアに本心を伝えるため、魂を分離したと思っている。
前々世のことは全部忘れてたし、彼女にそれを伏せているというのは……。
とてもズルイことなんじゃないだろうか。
「あのさ、ソフィア。俺、嘘吐いたというか、言えてないことがあるんだ」
恐る恐る彼女に告げると、ソフィアも俺の目を見返して、衝撃の発言をした。
「私も。ルド様に嘘を吐いて、言えてないことがあります」
「えっっ??!!」
思いがけない彼女の言葉に、本気で驚きの声が出る。
(ソフィアが嘘? だって俺たちずっと一緒にいたのに? 秘密とかあった??)
「ずっと以前、ルド様と手をつないでみたいと申し上げましたが……」
(うっ、言ってたね。え、俺と手をつなぐのイヤ?)
「私は……本当は……、手だけではなく……」
ふいに、視界がふさがれた。
大接近したソフィアの顔で。
「!!」
とても優しく温かく、柔らかいソフィアのくちびるが触れていた。
鼻腔に届く、甘い香り。
(~~~~!!)
「はしたないとお思いでしょうが、こうして触れることが出来るルド様と……。恋人たちがするように、イチャイチャしてみたかったのです!!!」
真っ赤になって目をそらしながら、ソフィアが吐き出す。
(っつ──! なんだそれ、可愛すぎるだろ、反則だ!!)
一気に心のスイッチが入る。
「ソフィア、俺も! 俺だって、きみに触れたくて──」
ああっ、待て。
触れる前に、通すべき筋がある。
「愛してる、好きだ。ずっと一緒にいて欲しい」
「……っつ。はい……! はい、ルド様!!」
そんなソフィアの目尻に光る涙粒を、指でぬぐう。
あの日、庭の木で泣いていたソフィアの涙をぬぐえなかった分。
今後、彼女が涙を流すのは嬉しい時だけ。そうなるよう、全力で努力したい。
異世界の話はいずれまた、ゆっくりと話していこうかな、って思う。
室内のふたりの影が再び重なったことは、窓外の木だけが知っている。
今度こそ、幽霊なんていないよな!?
お読みいただき有難うございました!!
安心してください。幽霊はもういません(笑)。
一か月ぶりくらいにお話を書いたので、リハビリな気持ちですごくドキドキしています。
二期作、再生二期作は稲やジャガイモな気がするから、二毛作なら出来るかな。
連作障害を防ぐため、ヨーロッパ風なら二圃式、三圃式のほうが良かったかも。後で直す?
いえ、問題はそこじゃない。そこじゃないですね、きっと( ;∀;) ゆるふわ設定ということで。
楽しんでいただけたら嬉しいです!!
ややこしかったので、メモ。
その後ソフィアは「全てルド王子の計算です」って国王に伝えて、普段の振舞いは油断を誘っていたのか、みたいに周りに解釈され…てたりするかもしれません(笑)
お気に召していただけましたら、下の☆を★に色付けて応援くださると大喜びします♪ よろしくお願いします(*´▽`*)/