表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「悪魔の美酒」 E・T・Aホフマン作 邦訳本  紹介と 比較 研究  改訂・増補版

作者: 舜風人




ドイツロマン派、後期を代表するETAホフマン原作の


この「悪魔の美酒」die elixiere des teufels   (エリクシール・デス・トイフェルス)


という本は

1816年の刊行ですから、


日本でいえば江戸時代、


上田秋成の「雨月物語」などと、同時代ですね。


悪魔の霊液が日本語に「完訳」されたのはおそらく最初が


悪魔の霊薬 上下巻揃 國松孝二訳 冨山房百科文庫

上巻 1939年5月 第1刷発行

下巻 1939年7月 第1刷発行

冨山房だと思われます、


それ以前にも芥川龍之介などはこの悪魔の霊液について言及してる場面もあるが

完訳はこの悪魔の霊薬 上下巻揃 國松孝二訳 冨山房百科文庫1939年が最初だとおもいます、訳文はこんな感じです

「唯。アウレーリエの姿ばかりは、なほ、依然として私の心中に生きていた、、、、」

、、、、、、古風な翻訳文ですね、


ところでこのタイトルであるが、、、

「悪魔の美酒」「悪魔の霊酒」「悪魔の霊液」「悪魔の霊薬」「悪魔の酒」などというような

訳があります。

まあ個人的にどれが良い?のかと問われれば

わたしは「悪魔の霊液」ですかね。


さてそれ以後の翻訳本は戦中・戦後ということになります。



浜野修 訳 1940 改造社文庫 2冊 「悪魔の酒」 が出ていますね

この本ですが私、、残念ながら写真しかみたことありません、多分?全訳?だと思います。


次は戦後になります


石川道雄訳 昭和34年 河出書房 「悪魔の美酒」  が出ています、

この本、わたし、所蔵しています、

なかなかの古風な名文の翻訳です。

ホフマンの原作が江戸時代であることを考慮すれば、たしかにこういう

古風な?訳文のほうが雰囲気は合っている?出てると思います。



次は

中野孝次訳  昭和42年河出書房 「悪魔の美酒」  が出ています

この本も私、所蔵しています。

翻訳は完全に現代文で、前期の邦訳本のような「古風」な感じはありません。

まあ雰囲気は前期の邦訳本の方が出てるのでしょうが

ただ読み下すには中野孝次氏の訳が良いです。

この方は自身も著作家であり「清貧の勧め」という随筆もありますので

翻訳もこなれていて読みやすいですね。

私が好きな訳文は中野孝次氏のが一番好きである。

この人は文筆家・随筆家としても知られているように、訳文が流麗でとてもいい。

「清貧の思想』という随筆もある。こなれていて読みやすいし、、雰囲気もよく出た訳文であると思う。


ほんとは、戦前の硬い訳がいかにも雰囲気出ていて良いのだがいかんせん読みずらい、


確かによくよく考えてみれば、いや、考えなくても、ホフマンは江戸時代の作家である。

上田秋成の雨月物語を、読むようなものなのであるから、文章が古臭いのは当たり前ということになる。

戦前の、国松氏の訳がほんとは適訳なのであろうと思うしだいである。


今、手持ちの2書から出だしの部分を訳文比較をしてみたい。


中野孝次訳


修道士メダルドゥスの世にもめずらしい物語を私が初めて読んだ、あの緑濃いプラタナスの木陰に、きみを、好意ある読者よ、わたしはぜひ、ご案内したいものだ。そしていっしょに、におやかな潅木や色とりどりの花々になかばかくれた石のベンチに腰をおろそう。





石川道雄氏訳



読者よ、わたくしはあなたを誘って、あの緑濃きプラタナスの並木のかげに御案内したいのです。

実はそこで初めてわたくしは,僧メダルドゥスの世にも珍しい身上ばなしを読んだのでした。

あなたもわたくしといっしょに、薫わしい潅木や、眼もあやに咲きほこる花々のなかに半ば隠れている

、あの同じ石のベンチに腰をおろすことになるでしょう。




石川氏のは、いかにも学究的な硬い訳文である。

中野氏の訳は砕けた意を汲んだ翻訳となっている。

物語として読んでいくにはもちろん中野氏の方がホフマンの世界に入っていきやすいだろう。


深田甫氏の訳は残念ながら今ここに本を持っていないので比較できない。



私が初めて。「悪魔の美酒」を読んだのもこの中野氏の邦訳本です。

いやあ、当時は驚嘆しましたね。

おそらくドイツロマン派の到達した最高傑作がこの作品であろう。

正式題名は「悪魔の霊液、カロー風幻想曲の作者によって刊行されたカプチン会修道士メダルドスの遺稿」という長ったらしい題名である。


ドイツロマン派には、もうひとつの傑作「青い花」もあるがこれはドイツ人以外にはというか、ノヴァーリスびいき以外にははっきり言って受けない。


現実の卑近さ、先祖の因果応報、魔女、不倫、姦通、ドッペルゲンガー、殺人、巡礼、棄教、殉死、純愛

おそらく何でもあるというこの潤沢さ、

イギリスゴシックホラーの「マンク」の筋を借用しているとの批判もあるが

内容はこっちのほうがずっと深く、パッショネイトで陰残だ。


この小説は当時としては、破天荒な異常心理小説・犯罪小説であった。

精神分析的な要素あり、性欲の問題あり、異常心理あり、アガペーへの希求と、肉欲の葛藤あり、

近親相姦テーマあり、殺人の心理の深い分析あり、犯罪と贖罪の相克テーマあり、まあ、今でこそこんなテーマの小説はあるにしても、この小説は未だにその、価値を失わないだろう。

メダルドゥスが巌の上からヴィクトリンを突き落として、落下してぐちゃぐちゃにつぶれて死んだときの、あの、殺人者の心理は、そして逃げるメダルドゥスの犯罪者の心理描写はやはり鬼気迫るものがある。そして誘惑者オイフィーミエの妖しい魅力の描写も魔女的な怖さが描写されている。

メダルドゥスはとっさに毒入りワインを交換して、それをのんだオイフィーミエは悶絶して死んでいく。

まあ、これは今で言う立派な犯罪小説であろう。罪の意識に怯えるメダルドゥスの苦悩、うなされる悪夢。ドッペルゲンガーの出現。そしてローマへの逃亡生活が続くのである。旅行記遍歴小説でもある。



こんな世界があるのかと、びっくりして、


聖と俗、狂気と正常、霊肉相克、、現実と幻想のめまぐるしい顛倒にただのめりこみ振り回されました。

寒いドイツから、イタリアのローマ教会までの、旅路で様々な人物と出会い

罪と殺人におののくメダルドス、


悪の分身であるドッペルゲンガーにこの私自身もうなされましたね。


殺人者の心理とその逃亡に私自身もおののきました。


謎の老画家は先祖霊の現出なのでしょうか?


そして、アウレーリエの美しい姿にあこがれました、


そして、、その殉教死に愕然としました、、、、。


メダルドウスの、先祖の因縁を背負った遍歴に、私自身のことのように


わななきました。



それからいったい何度この本を読んだこと(再読)でしょうか?


いまだにその驚嘆は薄れてはいません。



ですが、今現在、


ホフマンが再び、多くに人々にもてはやされれることなんてあるのでしょうか?


まあこれだけ個性的なゴシックロマンスは


ごく一部の人にしか受け入れられないのでしょうね。



さて


他にも邦訳本は上記以外にも、ありますね。


ということで邦訳本のリストをアップして置きたいと思います






☆邦訳リスト 順不同 「悪魔の美酒」「悪魔の霊酒」「悪魔の霊液」「悪魔の霊薬」「悪魔の酒」




1国松浩二訳 1939年(昭和15年)上下巻 富山房百科文庫 悪魔の霊薬  完訳


富山房百科文庫目録の紹介文は、、


「作者の描く怪奇な幻想は奔放な想像力に育まれ、縦横の機智に彩られ,(途中略)

僧侶メダルドスは一夜、罪を犯して伝来の「悪魔の霊薬」を飲み、魔力に惹かれて

次第に堕落していき、ついには殺人の罪さえ犯すに至る。その経路を描いて読者を

戦慄の淵に投ずるのである」、、とあります。




2浜野修 訳 1940 改造社文庫  悪魔の酒   多分?全譯?

 http://www.aozora.gr.jp/index_pages/list_inp1814_1.html




3石川道雄訳 昭和34年 河出書房 悪魔の美酒     完訳




4中野孝次訳  昭和42年河出書房 悪魔の美酒    完訳




5深田甫訳  悪魔の霊液 創土社 ホフマン全集    完訳




6深田甫訳  悪魔の霊酒 筑摩文庫 同上書の改題   



6小暮亮訳  悪魔の霊液 松竹出版部 1949年 多分?全譯?

  

この本の帯封にはこうあります


「父を呪った悪霊は彼の身辺にもその魔手を、、魅惑的な女に心奪われて、若い僧侶は苦悶する

 恐怖戦慄、悪魔の霊液は彼の体内を駆け巡ってゆく」




7、石川道雄訳  悪魔の美酒  昭和26年、河出書房、世界文学全集。



8、中野孝次訳  悪魔の美酒  河出世界文学大系   




一番新しいのは、深田甫訳のちくま文庫版であろう。

氏は「ホフマン全集」を刊行したが、あと一冊が未だ未刊である


ここでは『悪魔の霊酒」というタイトルになっている。


なおホフマン選集としては、これ外にも別の出版社で昭和時代に企図されたがこれも途中で中断されている、「エ・テ・ア・ホフマン選集」




ホフマン、狂気と正常の綱渡りをした人。


幻想と現実の乖離に苦しんだ人、


聖愛と俗愛の葛藤に引き裂かれた人。


それはドストエフスキーやゴーゴリに多大の影響を与えたし、


フランスのロマン派にも絶大な影響を与えたし、


あるいはカフカの偉大な先駆者とさえ言えるのではないだろうか?


しかし、今、ホフマンを読む人はほとんどいないだろう。


いや、それ以前にホフマンを知らない人が大多数であろう。


かくして今やホフマンはごく一部のひとにしか知られず、しかも熱狂的なファンを持つ



カルト文学の大御所?となっているわけである。



私はこの作品『悪魔の美酒」は


ダンテの「神曲」


バニヤンの「天路歴程」


ゲーテの『ファウスト」


ミルトンの『失楽園」


ドストエフスキーの『カラマゾフの兄弟」


カフカの「審判」


などと比肩しうる


大古典小説であると思っているし、事実そうである。


もしもあなたが万一この、

ゴシック小説に興味を抱かれたなら、

上記のどの翻訳でもよいから

ぜひお読みになってはいかがだろうか?


なお「ダイジェスト版」を私が作ってありますので

そちらでざっとした「梗概」を把握されても結構です、



ダイジェスト版はこちら↓


https://yomou.syosetu.com/search.php?search_type=novel&word=%E6%82%AA%E9%AD%94%E3%81%AE%E7%BE%8E%E9%85%92&button=









☆どうでもよい?つけたし?



細かいことですが、、、。翻訳文ですが、


作品中に、W侯爵夫人とシトー会修道院長になった人は姉妹なのですが、


さて、


どちらが姉でどちらが妹なのでしょうか?


石川道雄訳では、修道院長は「姉君」と訳しています。


中野孝次訳では「妹君」と訳していますね。


原文はシュベスターです。shwester


本来はältere Schwesterとか書いてあれば姉なのですが、


ホフマンの原文は単にシュベスター(姉妹)です。


これでは姉なのか妹なのかわかりませんね。


まあ、どちらでもいいということなのでしょうね。


二人の関係が姉妹であって血がつながっているということが設定されていれば


どちらが姉でどちらが妹であろうとも、





そもそもこの物語は完全なフィクションであり、


お話の筋立ても人間関係もホフマンの頭の中での


すべてでっち上げ?ですから、


要するに血の呪いというか血脈がつなっがているという設定がわかってそれで


血の呪いが連綿と続くということさえわかればいいわけですから、


どちらが姉だろうと妹だろうといいわけです。



追記


ホフマンのほとんどすべての作品の原文は「ウイキソース」に載ってますからそこで原文で読むことができるのです。ドイツ語が分かる方はそれを読むのもまた一興でしょうね。




ホフマン翻訳作品集成

https://ameqlist.com/sfh/hoffman2.htm

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ