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第8話・拡大する被害

「嫌に騒がしいじゃねーか」

「あっ!? なんか言ったか、久瀬!」

「作業中止じゃ!」

「ぶっ」

「なんだって──ぎゃっ」

 久瀬はエアーブレーカーを止める。はつり作業の激しい騒音が消えて、異常がはっきりと聞こえる。

 祭りでも、少しやんちゃな集団でもない。悲鳴のような……少なくとも異常なことが起きている。声が聞こえてくるわけではない。だが、山間に木霊する伸びたものが、怨嗟で響いてくるような嫌な感じである。

 子供の頃、祭りを遠くから聞いた喧騒が怖くて仕方なかったのを久瀬は今更思い出す。それは、人間ではない別の怪物のように聞こえたのである。

「様子がおかしい」

 はつり仲間からの返事がない。おい、と久瀬が口に手のメガホンを作り声を張るが返事はやはりなかった。

 ぽたり、安全ヘルメットに垂れる。

「……」

 久瀬がなんとなし、触れば、べたつき、鉄臭く、高音のオイルのように熱くも黒茶でもないものが垂れている。血である。壁面に血が流れた跡があり、先から垂れている。

 軽快な足音、金属が擦れる音、振り返り見れば犬が二足歩行で、手に短剣を構えてすぐそばに!

「うおぉ!?」

 咄嗟、安全ヘルメットで犬の頭を殴り飛ばした。鎧を着込んでいても小柄で体重の軽い犬?は頭を激しく揺らされ壁に打ちつけ昏倒する。

 久瀬の聞いたこともない──おそらく犬人間の──言葉が作業していたあらゆる場所から、何人もいるように一斉にあがる。

 仲間がまだ残ってる!

 だが、悲鳴も、作業の音もしない。

 やられたのではないか?

 犬人間は一人や二人ではなく数十はいる。

 逃げるなら……逃げる……考えが纏まる前に、久瀬は走っている。

 考えるな、走れ! 生きることだけに切り替える。切り刻まれて犬の餌になるのはごめんなのである。

 ひとまず自衛隊の基地に逃げこもうと考える。銃火器という暴力で守られる、基地というくらいなのだから、きっと防御施設で頑丈だと勝手な予測での目的地である。

 基地を囲むフェンスが見える。

 そして、側溝の溝に引っ掛かり遂には横転した自動車も……瞬く間にどこからか現れた犬人間の槍がフロントガラスを割り、ドライバーを突き殺し、断末魔も悲鳴も半ばにハラワタを掻き出し始めている。後部シートには、同じくらいの子供の頭が二つ見えた。

「くそっ──くそっ! 生きとるんじゃ!」

 久瀬は安全靴を脱ぎ、鉄板入りの物を投げつけ犬人間の頭に直撃させた。ぐるりと白目を向いた犬人間が倒れ、ボンネットから転がり落ちる。

「坊主……いや、嬢ちゃん? どうでもいい。早く逃げるぞ」

「お父さん──」

「今は坊主らが優先だ」

 久瀬はドライバーを見たが、とても、生きているようではない。

「ぎっ!?」

 膝に激痛、崩れるように目線が落ちる。太腿を槍の木の葉が貫通している。数匹、犬人間が集まっている。

「逃げろ!」

 久瀬は人を殺せるような声をあげて槍の柄を逆に掴み、持っていた犬人間を投げ飛ばす。ぐずり、肉から槍先が抜けた。

「いてぇ。犬っころどもめ、やっぱり飼うなら猫じゃ」

 さっさと逃げてしまえばよかったのだ。できなかったのだ。片足に酷い傷である。血の臭いはどこまでも広がり、足を浸し、とても自衛隊の基地まで辿り着けそうになかった。目の前に見えているのに……馬鹿をしたものである。

 最初に倒した犬人間の手から槍を分捕る。

 本当に馬鹿をしたものである。

 子供が二人、背中を小さくしながら自衛隊基地へ走る。

「死にどきが、今日か」

 馬鹿である、だが久瀬に後悔はない。息子は大きく育ち、孫を見ることはないが結婚までいった。余生を終えるうえで、二人も子供を救えれば未練を捨てることも許される、と久瀬は考えている。

「来い、犬っころ。冥土にテメェらの一人や二人、道連れにして──」

 胸に矢羽が生える。胸骨を、肺を、脊柱が砕け背中へ抜けたのを感じる。そうか、弓くらい持っているか、鎧を着ているものな。薄れる意識、抜剣した犬人間に串刺しにされながら、崩れた久瀬の頭が見たものは、道路の上に転がる、矢の生えた二つの肉塊が転がるザマである。


 腕を噛まれたが、犬の頭蓋骨を殴り割る。

 横山は荒い息遣いで打ち倒した奇形人を見る。野犬狩りで見たのと同じ姿だ。牙に皮膚を破られた左腕が震えるほど痛む。幸いなことに骨までは至っていない。

 家の中は、鴨居に剣が刺さり、投げ捨てられた槍に、首を圧し折ろうとした際に脱ぎ捨てられた兜、家具が倒れ壁に穴の悲惨なものである。

 危うく寝込みの首を切られるところだったが、横山は生き延びる。

「アイリス……」

 窓から覗けば、庭から命懸けで危機を知らせてくれたイングリッシュ・グレイハウンドのアイリスは、リードに繋がれたまま死んでいる。

「親父」

 横山は二階の私室で寝ていた。一階には父がいる。いるはずだった。

「……」

 居間の畳にはおびただしい血痕が広がり、玄関から外へと引かれている。父の姿はないが、末路は明らかである。呑気なワイドショーを流し続けているテレビを消す。

 グレイハウンドのアイリス、彼女の硬くなった体は、まだ温かい。横山に涙を流すことは、できなかった。

 猟銃は壊れてしまって、修理に出したばかりだ。

 納屋からスレッジハンマーを取りだす。鋼製の10kg近い頭も、軽く感じられる。横山は、ブロック塀をよじ登る犬人間の背中を打ち据え落とし、二撃めで兜の頭をカチ割る。兜ごと頭蓋骨が脳組織を押し潰し、弾ける。

 犬人間は殺される直前に、両手で防ごうと交差させ、何事か──もしかしたら命乞い──を叫んでいる。

 何も感じなかった。

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