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第7話・覚悟なき市街戦

 耳が痛む……ガス爆発、か?

 比戸は友人の南那伏の見舞いに、容疑者追跡中という名目のズルで仕事を抜けている。同僚の刑事である横山を守った傷とくれば、まさか見舞いもしないなどという不義理は比戸が許さない。上司から腰の大砲を厳命されているから、もし病院にいるだけとバレれば大変だろうか。

 天使の羽根が割れている。

 正確には肩甲骨なのだが、医者も珍しいと言うだろう。可動範囲が広く逃げる余地があり、分厚い筋肉を抜けて初めて肩甲骨は折れるのだ。全体的には、骨折の1%ほどしかない稀なもの。

 稀な状況に苦しんでいるのが、南那伏という男である。

 南那伏と話していたときだ。偶然に窓の外でキノコ雲のような爆炎と煙があがるのが見えて、比戸は咄嗟にカーテンを締め切り南那伏に覆い被さった。爆発だろうものに続く衝撃波が窓硝子をことごとく破壊して破片を撒き散らしている。

「比戸さん、背中に刺さってない?」

「ほとんど全部がカーテンに吸収されとる。平気、平気。南那伏は無事か? 怪我人に心配されるようじゃ、俺も歳じゃな」

 看護婦がぱたぱたと廊下を走る音が響く。比戸と南那伏のいる部屋にも安否を確認にやってきて、また忙しそうに、事実、忙しい看護婦はすぐさま隣部屋の確認に走っている。

「おとなしゅうしとけ、怪我人」

「比戸さんは?」と南那伏は口を尖らせる。

「人手がいるじゃろうに。人助けは、刑事になってもするもんじゃ。いくつになってもな」

 比戸は、申し訳ないと思いながらも忙しい看護婦の一人を捕まえて、身分を明かして手伝えることはないかとうかがう。

「よかった! 患者さんが硝子を浴びちゃって、怪我人が出ているんです」

 呻く老人らの体には、大なり小なり硝子の破片が刺さっている。まさかこの場所で抜くわけにもいかない。次の爆発の危険性もあって、安全な場所に運ぶのである。

 比戸は腕や胴体を出血で染めながら、何人かの患者を廊下に出した。他にも負傷者は並び、そのまま治療を受けている。もし仮に、もう一度爆発があっても、壁が盾になるだろう。壁が抜かれるときは、病院全体から避難する必要があるし、そうなっても逃げられない患者は少なくない。

「ありがとうございます。あとは任せてください」

 若い看護婦だった。若いが、何年か病院勤めなのだろう。ずっと慣れているような目付き、傷なんてものに動じない落ち着きがテキパキとさせている。

「強い、強いと思ってはいたが、こんな紛争地みたいな状況でもこうも冷静なのか。驚きだな」

 比戸には患者を治療できるものは何もない。少しだけ汚れた服に後悔はないが、どうするかと考えている。トイレで洗おうと廊下を歩き、ナースステーションを抜けて、人気がなく、声も遠く、どこか……病院から切り離されたように感じる場所をたった独りで歩いている。ベタベタとした生乾きの服に眉をしかめる。後悔はないが、気持ちの良いものではない。

 トイレの標識を見つける。

 曲がり角から子供ほどの影が飛びだす。

「は……?」

 違う──それは鎧を着込み、兜を被り、短い剣を構えて狙っている。二足歩行する犬、南那伏が遭遇したとかいう奇形人か!

 犬は短剣を突き込んでくる。

 比戸は間合いを計り剣先の外へ下がる。伸びきった犬の腕に自分の腕を絡めて、肘の関節に逆向きの力を加えて締めあげた。曲がらない方向への負担である。犬は呻き、しかし短剣は決して離さず、牙を剥きだしにするような唸り声をあげながら兜で頭突きする。頭蓋骨を割られたような衝撃で、血が噴くのを比戸は感じた。

 犬は痛む腕から短剣を逆の手に持ち替えて、比戸の首を狙っている。口を押さえて、床に押し付けて搔き切るつもりらしい。押し倒されて、体には抵抗するだけの力が入らない。頭突きの衝撃が残りすぎている。

 犬と目が合う。憎悪だけが見つめている。

 比戸は朦朧とする意識の中で、ホルスターから拳銃を抜いた。銃口は、犬の胸甲に当たっている。引き鉄が、引かれる。


 機動隊がどうこうの話ではない。

 バスから降りてきた屈強な男らは、間違いなく精鋭なのだろう。だが、警棒と盾で戦う暴動ではないのだ。

 スクラムを組んで、バイザー越しに見えるのは、古代の戦闘様式に添えばファランクスなのだろう陣形で迎え打つのは、同じようにファランクスを組んでいる……しかし人間ではない、刀剣と盾で武装した犬人間の集団だ。

 応援に駆けつけた警察官も

、拳銃を携行している。交番詰めの警察官の拳銃を頼りに集めようともしたらしいが、発砲が前提ということもあり、数は多くない。機動隊の盾が頼りである。機動隊の左右から援護射撃という形となる。

 まさしく、古代の戦いそのものな再現である。

「ガスにプレートに各員のピストル携行。機動隊がここまで武装を付けた前例てあるのかな」

「あれ見ろよ、コボルトじゃろ、絶対」

「パイク持ってやがる。いや、あのサイズは普通の長槍になるのか? 距離があってわからん」

「隊長、プッシュオブパイクされたら棍棒じゃどうにもならんとですよ」

「高圧放水器が支援に来てくれる予定だ。それと手榴弾もな」

「手榴弾たってスタングレネードでしょ。ポケットの中で暴発してるのに火傷程度だったのニュースで見た」

「警察だぞ」

 片側三車線、のべ六車線と分離帯の幅の中でコボルトの長槍部隊と対峙する機動隊主力の警察だが、お互いが目視できる範囲で牽制していた。

「おい、森久保、見ろよ、まさにファンタジーだ」

「お前……」と森久保は、マフラーを胸に捩じ込みながら呆れる。

 事態は、たぶん同僚の川口が考えているものよりも悪いのだ。川向こうでは銃器対策部隊と、『コボルトではない何か』と銃撃戦をやりながら後退していると聞いている。重武装化でライフルを装備しているのにだ。森久保は、ライトノベルやマンガのように自衛隊が劣ったファンタジー圏の文明を蹂躙するようなことは望めないという現実のクソを呪う。

「川口、魔法があるかもなんだぞ」

「だからなんだ、ファンタジーだ」

「都合よく考えるなよ。つまりだ、俺らは次の瞬間、火炎瓶なんて足元にもおよばない業火でまるっと丸焼きかもしれないって話じゃ」

「だからマフラー捻っとる」

「気楽なのか肝が座ってるのか」

 まあいいか、と森久保は無線機を盗み聞いたことを話した。最前列で川口曰くゴブリンと睨みあっているだけでは落ち着かないのである。

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