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第4話・身元不明の外人

 猟奇殺人の新しい被害者である。

 最優先でと頼み込んだDNA解析の結果が届いて、資料を目にした比戸は眉間にシワを寄せた。

『サンプル汚染の可能性・大。概知人類との著しい相違がある』

 要約すればそんなところだ。

 鑑識が下手を? 考えても仕方がない。

 猟友会の害獣駆除で相棒の南那伏の穴は開いたままに、ファミリーレストランのテーブルでシブい顔をするオヤジが紅茶を飲む。公衆の面前でははばかられる事件の写真を見ながら、タラコスパゲティをフォークに巻いてもいる。

 綺麗な遺体だ。

 銀色の髪に銀色の瞳で……ただ、上半身だけであり下腹部から腸が垂れ下がり、手首を斬り落とされ木々に杭で飾られているという点を除けばだが。服は何も着ていないが、整った顔と豊かな乳房から女性だったように見える。彼女を縫い付けている樹皮は剥がされ、楔形文字に見えるようなもので何かが彫られているが、意味するものは解読できていない。

 最新の遺体は、野犬狩りに出た猟友会の救出に銃対策部隊が向かった際に発見された。記録後には大規模な襲撃を受け、SAT──特殊急襲部隊の投入も決まっている。物騒な話である。

 原始人のようなグループだと署内では広まっているが、現場から漏れ聞こえてくるのはそもそも人間ではないということを、比戸は耳にしている。

「何が起こっているんだ……」

 その時、比戸のスマホが震える。慌てて口の中のものを整えて通話に出る。電話するように言っていた南那伏からの着信である。挨拶もそこそこに、人出不足で貸し出されていた野犬狩りの状況について聞きだす。

『比戸さん、たぶんですが予想よりもかなり飛んでる方向にヤバイですよ』

「どういう意味だ?」

『噂の奇形人は本物です。異世界からこっちにやってきたようなのが群れてるんですよ。一人や二人じゃなくて、かなりの数で、銃対の装甲車を襲う文明的で組織的な連中です』

 仮にありえない生物がいたとして、と比戸はファンタジーを前提を仮定する。どうしてやってきたのか原因なんて後回しだ。今実際に脅威なら排除しなければならない。検挙か駆除か交渉かは考えるべきだが、まさか、ありえない、関係がないと捨てる事件ではないのである。

「銃は通じたのか。まさか怪獣みたいに跳ね返したとか」

『犬擬きの奇形人については、通用しました』

「まて、『犬擬きについては』てのは、まさか……」

『忘れましたか? 全国で怪しい生物が出没しているのを。もしかしたらです。北海道では羆を怪力だけで絞め殺すような化け物が出たと言いますし』

 仮に一部だけだとしても、あるいはもし『全てが真実であるなら』数十種類の異形の何かが、現代日本の国土に侵入していて同時に姿を現したことになる。

「異世界、か……」

 比戸は身元不明の、人間離れした遺体が気にかかる。もしかしたら、異形と同じ世界なのではないかという勘もある。

 ファミリーレストランのテーブル上にあるグラスでは氷が溶けて、大きな水雫がついていた。対面の複線道路が見える大きな窓からは陰りつつある太陽が赤く変わり始めている。嫌に暑い日であった。


「ビッシーからの信号が完全に途絶えとるんじゃけど、ロストじゃなー」

 久瀬はオイル臭い仕事道具もそこそこにパソコンを開き、自前のスマホをルーターにしてネットする。

 県を跨いだ遥か琵琶湖に棲息する、大学時代からの機械恐竜も遂に壊れたかと比戸は少し寂しくなる。

──銃声。

 聞きなれないそれに、仕事終わりの若者が首をすくめる。久瀬は初々しい反応に少しだけ頰を崩す。他人からはわからない程度であるが。

 自衛隊の施設でやっている、射撃場だかなんだかから漏れてくる音だ。いつも64式小銃を撃っていて、7.62mmライフル弾の在庫を減らしている。聞きなれた音だが、銃声なんて普通は、多くの日本人は一生聞かずに終えるものだ。

「ミネウチも南那伏もいなくて二人も欠ければ、工期も考えなおさなきゃならんけんめんどうじゃな」

 南那伏はともかく、連続行方不明事件に外人のミネウチが巻き込まれているのではないかというのは、久瀬の気がかりである。南那伏は、肩にヒビが入ったとのことで通院である。ある意味では、所在も理由もハッキリしていて、そういう意味では心配はないが……ミネウチは完全に消えている。逃げたのであれば良いのだが、と久瀬は考えている。

「おつかれさまでーす」

「おう、おつかれさーん」

 久瀬は次々と帰っていく作業員を手を振り見送りながら、パソコンのキーボードを叩いた。接触式ではない機械式のきーぼは、バネと機構で少し大きく、固い反動が指を押し返してくる。

 近くの道路を市役所の車が、ロックダウン中であることと不要な外出を控えるよう放送しながら過ぎて行く。言われなくても帰るよ、と久瀬は斜陽で赤くなり始めた顔をモニターの反射でも染める。

「迷子猫のサイトを熱心に見とるなんぞ、カミさんが見たら情けないとか言いよるけんな」

 女々しい、かもしれないが少なくとも久瀬の中では『そんな姿』はカミさんに見せられないと考えている。言われたことはないが。

「サブマロ、おらんのー」

 サバトラの愛猫が行方不明になってから、半年以上である。しかし、猫の世界では久瀬と同じように老体の男を見捨てるというにはあまりにも早過ぎる時間でしかなく、こうしてマメに迷子猫のサイトを転々として調べるのは日課になっている。

 えたいのしれない事件がよく引っかかり、岩のように厳つい久瀬でも気が気ではない。

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