表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/30

プロローグ・さくら散る

 激しい憎悪と怨嗟が渦巻いた。

 呪詛は目に見えるほどであり、悪霊か生きているものかさえも、もはやその戦場では明白に区別する基準を失せてしまった。

 魔力砲弾が大気中のマナを掻き乱して降り注ぎ、ゴブリンの生皮で作った御旗の一団を吹き飛ばした。間髪入れず、対砲迫レーダーが逆算した座標へ自走榴弾砲の部隊がバースト射撃を叩き込み、双方の砲兵が互いを鉄屑と肉塊に変えるまで、終わりのない殲滅戦の殴りあいが轟く。

 人間は、本能を覆う形で理性の脳構造が発達する、歳を重ねるほど成熟する、思春期ほどの無茶をしなくなるのは理性の殻が、本能を司る部位を覆って制御し始めるからだ。それは……人間だけではない。違うのだ。

 大小様々なデミヒューマンと肉弾戦となり、銃剣と長剣、重機関銃と魔法使いが、そして互いの歯や指先まで使って敵を殺そうと殺しあう。チャームを受けたわけでも、洗脳されたわけでもない、あるいは本心から全て殺したいと祈りした結果が地獄を作っている。

「殺せ」

 戦車がその巨重と履帯で骨も肉も関係なく轢き潰す。スリップなど気にもしない、寧ろ車体には古のチャリオットのように鎌の刃が溶接され近くあるものを刎ねあげる。

「ぶっ殺せ」

 あたかも神輿に無数の足がくっ付いたようなそれが光れば──鉄車も人肉も区別なく蒸発させる。槍衾と魔導処理済みの全身甲冑に守られたそれは、ぎょろぎょろと周囲を見る目玉を動かしては、手当たり次第に敵を焼いてまわる。

 鉄兜ごと蟷螂型モンスターに頭部を噛み砕かれ、城壁突破用の巨獣が戦車砲の直撃で肉塊や血潮が降り注ぐ。当たり前の光景、殺しあっているのだから、そこには血が流れ、肉が四散し、焼け焦げ蒸発し命がこぼれるものだったのだ。指向性地雷が突撃に入っていた重装備の半馬を薙ぎ払う。重力騎士団とペガサスのエーテルジェットによる航空兵団の戦闘騎とガスタービンジェットの戦闘機が共同してロケット噴射するドラゴンと空中戦を続けては空を白く切り刻む。銃剣の群れが串刺し上げるのは半獣の死体であるし、魔人の飾りに掲げられた首の数々は迷彩の鉄兜を顎紐している。

 雑多で膨大な種族連合の魔王軍、人類生存という絶対意思の下で聖戦と抵抗を続ける人類同盟、そして……異世界の総力戦に召喚された第三勢力の日本人たちが戦場にいた。

「クソ人類め、大人しく死なせてやろうとすれば禁忌の召喚に触れおって!」

 エルダーリッチ、死者を統べる王らの一人が呪詛を吐く。彼の紡ぐ呪詛とは違う、純粋な、エルダーリッチの怨嗟そのものをこめた言葉はしかし、人類軍の生みだした巨人の振るう鉄のハンマー、多数砲弾同時着弾のハンマーが振り下ろされるたびに戦場を舐めるそれらの群れに吹き飛ぶ泡末でしかない。

「羽虫どもの分際で! 30mmじゃ無理か──」

 攻撃ヘリコプターの機首のターレットが回る。FCSとターレットに連動した、片眼鏡のディスプレイとガンナーが全て一体となり、迫り来る有翼の敵にチェーンガンが機械的に砲弾を装填して吐き出すシステムが弾頭をばら撒きガスを吹く。急旋回が間に合わない。直後に襲ったのは無数の、捻れた真鍮に輝く槍の数々で、23mm弾の直撃に耐えられるメインローターを容易く切断し、頑強なボロンカーバイドの装甲を貫き、コクピット内で数十の鏃に弾けた。

 飛行機械が炎上して地上で破裂していて、焼け焦げ擱座した装甲車両にも生焼けの人間が焼かれ続けている。それ以上に、おびただしい数の死骸が折り重なり、しかしまだ足りないとばかりに踏み潰し殺し続けている。

「魔人相手に技術で勝るとは日本軍もやるものだな」

「人類軍の技術とは違う、日本軍は科学だろう。科学と技術は違う、我々は科学をないがしろにしたまま技術のみの精神論には頼らない」

「耳に入れるには痛い話であろうな」

 統合参謀本部の幕内で話す、人類軍と日本軍の高級将校らは互いを信用するには知りすぎてしまっている。できれば、『殺したい』と思いあう相思相愛で寧ろ憎みあう召喚者と被召喚者の付き合いだが内面は隠しているし、察していても『互いに必要としていた』のでは必要でしかない。

「旧日本海会戦を制すれば……」

「嫌な世界だ。みんな変わっちまう」

 異世界転移してから最大の戦闘は、かつて日本海と呼ばれていた陸地で繰り広げられている。人類軍人間を押し出して、日本軍は見た目だけの中身現地人のインスタントソルジャーをミートチョッパーにひたすら送っている。現地人を死なせるか日本人を死なせるかであれば、日本人は現地人を捨てることを選んだ。ただ、それだけのことで、無力に惨殺されるだけの集団は、力をもって、無力だったが故に決して情けを見せないマシーンへと仕立てあげている。

 無力に死ぬ人間は、今日死ぬか、明日死ぬか、今死ぬかで、これから死ぬかで、敵と共に魔軍と戦い死ねるだけ幸福と考えていた。世界は力の無い者にはあまりにも残酷すぎるからだ。

「我々は決して忘れない。同胞を虐殺した世界を、我々を地獄へ招いた連中を、我々を殺す魔王の存在を!」

 霊脈がせきとめられ、腐ったマナに点火、地上が吹き飛び数十万の魔軍が消滅する。澱んだマナが吹き荒れ瘴気となり、人魔を問わず犯す毒が嵐と渦巻く。


 二度目の桜が咲く時期のことだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ