無能はパーティーから追放だって?そうですね、じゃあ無能には出ていってもらいましょう!~「後で戻って来いと言ってももう遅い」なんて言われてももう遅い~
「オルト、お前はこのパーティには相応しくない無能だ。今日限りで出ていってもらう」
「……へ?」
いつも通りに宿屋で朝飯を食べ、さあ今日もダンジョン攻略頑張るぞと冒険者ギルドの扉を開いてすぐのこと。
開口一番にパーティーのリーダーに言われた言葉に、俺──オルトは凍り付いた。
「えっと…?」
ふらふらと倒れそうな感覚を覚えながらも、俺はなんとか平静を保とうと深呼吸をする。ふと周囲に目を走らせると、魔法使いと神官、二人の美少女がしらけた顔を浮かべ、リーダーを囲むようにして立っていた。周りには他のパーティーの冒険者達がなんだなんだと集まってきている。
「その、いきなり出てけって…何で…?」
「話を聞いてなかったのか? さすが無能だな。馬鹿にもわかるように何度でも言ってやる、お前がこの高ランクパーティー『竜の鉤爪』に相応しくない無能だからだ」
そう言いながら、リーダーは俺を威圧するようにずい、と近づく。少し前から、リーダーの俺を見る目が冷たくなってきていると感じていたが、今日はそれまでとは段違いに冷え切っていた。
わずかに後ずさる俺を気にもかけず、リーダーは責め立てるように言葉を続ける。
「剣士の俺は前衛、魔法使いのリナは遠距離攻撃、神官のセラが回復。お前は何をやっている? 荷物持ちか? 雑用か? …悪いが俺たちはダンジョン攻略の最前線にいるエリートパーティーだ。お前のようなお荷物を抱えてる余裕はないんだよ。ふん、荷物持ちがお荷物になってるんじゃ世話ないな」
はは、面白いっすね。
リーダーの小粋なジョークを聞き流しながら深呼吸を続けていると、流石に少し落ち着いてきて、状況が飲み込め始めた。ええっと、つまり今の状況は…。
うちのパーティーは我が国最高峰のエリートパーティー。そんな中で、俺という何もしてないお荷物がいるから、追放しようというわけか。
なるほど、実に筋が通っている。
…え? マジか? 今まで俺がめっちゃ補助魔法で皆を強化してたことに、この人気づいてないのか? 特にリーダーは結構弱いくせに魔物の群れに突っ込む癖があるから、集中して強化してたというのに。
俺、これでもこのパーティーに入る前は引く手数多の有名補助士だったんだが…。
自分で言うのもなんだが、俺がいないと今の10分の1も力が出ないと思うんだが、追放とか本気で言ってるのか?
ここまでくるともう逆に心配になってしまって言葉がでない俺を見て、図星を突かれて黙っていると思ったのか。ふん、と鼻で笑いながら、リーダーはさらに続ける。
「なんだよ、文句があるのか? お前が無能なのは覆しようのない事実だろ。なあ、お前らもそう思うよな?」
リーダーが振り返り、パーティーメンバーである二人に同意を求める。釣られて俺も彼女らを見ると、リナは冷めた顔でため息をつき、セラは困ったような表情を浮かべていた。
「今までは大目に見てあげてたけど流石に…」
「これはちょっと、庇いきれない…ですかね…」
そんな…。
わかってくれていると思っていた彼女たちの言葉を聞いて、心臓を握り潰されたかのような錯覚を覚える。俺を勧誘したリナまでも…。
そんな俺を見てリーダーは気を良くしたのか、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。もう、仲間に向けてする顔ではなかった。それは、自分よりもはるかに格下の存在に、優越感を感じているときの顔だった。
そんな俺たちの様子を見て、はぁ、と溜息をつきながら、リナが口を開く。
「正直、ずっと前からわかってたことでしょ。セラ、アンタ甘すぎんのよ」
「だ、だって、かわいそうじゃないですか。彼だって、もっと頑張ればきっと…」
「はぁ、さっきのリーダーの話聞いてた? 頑張ればとか、もうそういう問題じゃないの。流石に抱えきれないわ」
リナはポリポリと頭をかきながら、リーダーを真っ直ぐ見据える。
「はぁ…。リーダー、アンタはオルトが何もしてない役立たずだって、そう思ってるのよね?」
「そうだ」
「それで、役立たずはうちのパーティーにはいらない。そう言いたいのよね?」
「その通りだ」
リナの質問に、リーダーは満足げに頷く。余程俺を追い出したいようだった。
「セラも、いいわね?」
リナがセラの方を向いてそう聞くと、セラは申し訳なさそうな顔をしてゆっくりと頷く。
「はい…。残念ですけど、流石に仕方ないことだと思います」
「じゃ、仕方ないわね。役立たずには出ていってもらいましょ」
救いを求めるような俺の顔には目もくれず、リナはバッサリと言い切った。
その瞬間、おれは足元がガラガラと音を立てて崩れていくかのような感覚に陥った。面倒見のいいリナと、誰にでも優しいセラまで、そんなことを言うなんて…。
「ふん、まぁ、そういうことだ。わかったら、荷物をまとめてさっさと出ていくことだな。 …ああそうだ、昨日の取り分をまだ渡してなかったな。ほらよ」
そう言うと、リーダーはポケットから取り出した小銭を投げ捨てる。露店で食べ物の一つでも買えば無くなりそうなその数枚の銅貨は、場に似つかわしくない小気味のいい音を立てて床に転がった。
「あばよ、オルト。それ持ってとっとと出てけ」
リーダーの言葉を聞き、俺は諦めの気持ちで俯く。小銭を拾う気にもなれず、そのままギルドを────
出ようとした、その時。
「いや、出ていくのはオルトじゃなくてアンタでしょ、リーダー」
「‥‥‥‥は?」
リナの口から放たれたその言葉に、俺とリーダーが動きを止める。
あ、あれ…? なんだか流れが…。
リーダーは口をぱくぱくさせながら、信じられないものを見るような顔でしばらくリナを見つめたのち、合点がいったように頷き、笑みを浮かべた。
「は、はは、流石リナ、相変わらずジョークがキツイな。でもあまりやりすぎると流石にオルトが哀れだぞ」
「いや、ジョークでも冗談でもないし。馬鹿にもわかるようにもう一度言ってあげようか? リーダー、あんた役立たずだから、うちのパーティーにいらないの。出ていって」
ズバリと言い切ったリナに、リーダーは再び固まる。そしてすぐに鬼のような形相を浮かべ、リナを睨みつける。そして唾を飛ばしながら怒鳴りつけた。
「冗談じゃないなら一体何だ!? 頭でもおかしくなったのか!? 何もしてないオルトよりも、前線でパーティーを守っていた俺に出ていけなどと、とち狂っているとしか────」
「はぁー…。 それが間違いだっつぅの。 いい? オルトは補助魔法で毎回私たちを助けてくれてんの。オルトがいなかったら私たち全然大したことないんだよ?」
い、いや、流石にそれはないと思う。リナにはいつも魔法の火力強化の補助をしているが、リナはもともと火力よりも小技と機転で戦うタイプだ。俺がいなくても何だかんだ上手くやれるだろう。
セラに至ってはほとんど補助すらしていない。精々魔力切れを起こしそうになった時に魔力増加や魔力
回復の補助をしたくらいだ。それも元はと言えばリーダーが考えなしに突っ込んですぐに傷だらけになるからであり、普通のパーティーなら魔力切れなどまず起こすまい。
リーダーは…うん、まあ、頑張ってほしい。
「ほ、補助…? 何を、あれは俺の実力で…」
リナに詰め寄られて思わずたじろぎながらも、リーダーは何か言おうとするが、それを即座にリナが遮る。
「ばーか、アンタなんてオルトがいなかったらとっくに死んでるよ。いくらセラでも死んだら治せないしね」
「な…」
「まあ前衛はいるだけで多少は役に立つから、今まではお情けで組んであげてたけどさ。オルトの補助魔法に気が付いてすらなかったとか無能すぎ。挙句の果てに追い出そうとするとか…流石に付き合いきれないわ」
「…」
「あとさ、正直アンタ邪魔なんだよね。いっつもいっつも私の魔法の射線上に入るせいで効率悪くなるしさ。セラが必死に回復して、一度下がるようにお願いしてんのにまるで聞く耳持たず。アンタ、セラに一度でも感謝の言葉言ったことあった? ないよね? 」
「そのくせ事あるごとに色目使ってきてさ。私が魔法を使えば一瞬で終わる相手に散々苦戦しといて、『ふ、危なかったな』、とか、危ないのはアンタだけだっての。大体、比較対象がオルトの時点でアンタに勝ち目なんて…、い、いや、とにかく! セラも私も迷惑してたのよ!」
「オルトが補助、私が遠距離攻撃、セラが回復。アンタは何してんの? 怪我? 邪魔? ま、囮ならいないよりはマシかもだけど、囮が味方のヘイトまで集めてちゃ世話ないね」
リナの止まるところを知らない口撃に、リーダーの顔はみるみる間に真っ赤になっていき、もはやどす黒くなってきていた。
そしてこれ以上リナと話しても無駄だと思ったのか、セラに顔を向けた。
「セラ! こいつに何とか言ってやってくれ! こいつおかしくなって────」
今度は俺ではなくリナに罵倒の矛先を向け、セラの同調を得ようとしたリーダーだったが、彼女の申し訳なさそうな顔をみて言葉を止める。
「ご、ごめんなさいリーダー…。その、なんと言いますか、正直、オルトさんの補助と私の回復に頼りっぱなしの現状は、リーダーのためにもよくないと思いますので…。 あ、で、でも、応援してます! 今からでも心を入れ替えて、真面目に特訓すれば…!」
「う、うるさいっ!! 黙れ黙れぇっ!!」
セラにまで否定されたリーダーは、頭を掻きむしって狂ったように叫ぶ。
「おお、俺がそのカスよりも無能なわけがあるか! 補助魔法だと!? そんなもの無くてもっ! 俺は強いんだぁっ!! 俺は『竜の鉤爪』のリーダーだぞ!?」
そして俺を目線だけで殺そうとでもしているかのように睨みつけながら、剣を引き抜いた。
「ちょっ! 落ち着いてよリーダー、いくらなんでも室内で剣は────」
「黙れ! 俺より有能なら止められるはずだろ!? 止められるものなら止めてみろっ!!」
俺の制止を無視し、飛びかかってくるリーダー。俺はとりあえず攻撃をやめさせようと、自分に『感覚強化』と『身体強化』の補助魔法をかけた。
「くう~~~らあ~~~~~~ええ~~~~~」
感覚を強化したおかげで、リーダーの動きはスローに見えた。俺は振り下ろされる剣を片手で難なく受け止めると、周りで見ている人たちにぶつからないよう位置を入れ替え、リーダーの腹に軽く掌底を叩き込む。
「ぐへぁっ!?」
リーダーは勢いよく吹っ飛ばされ、ギルドの扉をぶち破るも、勢いを殺しきれずに地面を転がった。
「あ…! ご、ごめん、大丈夫?」
しまった、強くし過ぎたか。最近自分に補助魔法をかけてなかったから感覚を忘れていた。
「悪い、ちょっと加減を間違えて…、あ」
地面に倒れたままのリーダーに急いで駆け寄る俺だったが、その途中で掴んだままだった剣から、ピシリ、と嫌な音が聞こえた。恐る恐る見ると、俺が掴んでいる場所から、亀裂が広がり始めている。
うわ、やべえ、どうしよう。これ、前にリーダーが高いって自慢してた剣だったよな。物は回復魔法じゃ治せないし、弁償とか求められたら俺の稼ぎで間に合うかな…。
俺がそんなことを考えていると、いつの間にか俺の横に来ていたリナが口を開く。
「『俺より有能なら止められるはず』…、ね。止められたんだから、オルトの方が有能ってことでいいよわね?」
リナの言葉を無視し、回復しようと駆け寄ったセラを振り払いながら、リーダーはゆっくりと体を起こす。俯いていて表情は見えないが、体は怒りに震えているようだった。
「ああ、そうだ、昨日の報酬の取り分をまだ渡してなかったわね」
そう言って、リナは俺の足元に転がっていた金──先ほどリーダーが投げ捨てた小銭を、彼の目の前まで蹴飛ばした。
「今までご苦労様。アンタのこれからの活躍を心から祈っているわ」
「そうですね、頑張ってください! 応援してますから!」
その言葉を聞いているのかいないのか、立ち上がったリーダーは俺たちに背を向け、ふらふらと歩き出す。が、数歩ほど歩いたところで足を止め、
「後で俺がいかに優秀だったか理解して、やっぱり戻ってきてくれと言ってももう遅いからな! ふん、俺がいなくなったことで落ちぶれていく未来に気づいてないお前らには同情するぜ!」
そう捨て台詞を残して、おぼつかない足取りでその場を立ち去ったのだった。
「あ、リーダー、剣!」
が、俺が剣を手に持っているのを思い出して声をかけると、踵を返し、俺を睨みつけながら剣をぶんどり、改めて走り去っていくのだった。
「‥‥え、え~っと…」
そのまま少しの間その場を沈黙が支配し、なんとなく気まずくなった俺は、周囲を伺うように声を出す。するとその時、
「おい!」
「!? は、はい!」
バシン! と、野次馬の一人が俺の背中を叩き、笑いかけてきた。
「やったな! アイツさ、うちのパーティーの女子たちにまでしつこく声かけててさ。正直、困ってたんだよ。ありがとな、すっきりしたよ!」
その人を皮切りに、皆が俺に声をかけてくる。
「誰でも知ってるようなうんちくを自慢げに話してくるしさ~。でも仮にも高ランクパーティーだから無下にもできないし…。ホント、ありがとね!」
「それにしてもアイツ、オルトの補助がないとあんなに弱かったんだな…。くそ! 一発殴っときゃよかったぜ!」
「はぁ~、これで高い武器自慢に付き合わされずに済むわけか…。よかったよかった」
お、おお、すごい嫌われてたんだなリーダー。なんというか、ここまで満場一致だとむしろ哀れにすら思えてくるな。
「リーダー…これを機に、頑張ってくれるといいですね」
「…そうだな! きっとリーダーなら大丈夫だろ!」
「はぁ…。アンタらはいつも、お人よしというか能天気というか…。特にセラ、アンタ無意識のうちに人を煽ってることが…。はぁ、まあいいけど」
リナはすっきりした顔でギルドの中に戻っていく。
「さて、じゃあ新しい前衛雇わないと…」
「実はもう当たりはつけてんのよね。最近有名な剣士がこの街に来てて…」
「楽しみです! いい人だといいですね!」
その後、新たな剣士を迎えた『竜の鉤爪』は、最高ランクのダンジョンを踏破した伝説のパーティーとして名を馳せるのだが、それはまた別のお話。
ちなみに、遠く離れたとある町では、自分のことを英雄パーティーの一員だったとホラを吹く低級冒険者が名物おじさんとして有名になるのだが、それもまた、別のお話なのであった。