ギネスの世界一(2)
満を持して入手できた褐鉛鉱だが、これはβ型チタン合金というものを製造するのに利用する。
これまで使用してきたα型チタン合金とは結晶構造が違うのだが、特性としては大まかに言うとβ型のほうは柔らかくて丈夫だということだ。
溶接性や加工性の差もあるのだが、ゴン術で扱う分にはこれはほぼ無視できる。切削や熱による溶接は行わないし、強いて言うならば硬度や曲げ特性が魔術負荷に多少影響する程度だ。
β型はメガネフレームでは『ベータチタン』として盛んに採用されているが、軽く錆びず人体に無害というチタン本来のメリットに加え、曲がるが折れず折れ曲がらずという特性が重宝されている。
つまりバネとしての特性に秀でているということで、レース用バイクのサスペンションスプリングなどにも軽量なチタンスプリングは採用される。
これで何を作りたいかというと、ギネス用の投射武器だ。
あの膂力にあの加護とくれば、もう答えは一つだ。最強のコンパウンドクロスボウしかないだろう。
ステンレス等で板バネを作れば弓力の強いものは出来ただろうが、重量バランスが難しくなる。弓のバネに当たるリム部分の重さは先端側に乗っかってきてしまうからだ。かといってわざと後部も重くしてバランスを取るというのもすっきりしないと考えていた。
現代的な洋弓類のリムは主にグラスファイバーやカーボンファイバーなどの素材が利用される。ファイバー自体はゴン術で用意できないこともないが、これらの材は正しくはFRPであり、ファイバー強化プラスチックのことだ。
やっと加硫ゴムの実用化が出来た程度なので、合成樹脂などまだまだ論外と言ったところだ。いずれ石油製品は作れるのだろうか。俺自身は化学方面がからっきしなので想像が出来ないのだが。
さて、コンパウンドクロスボウを造るか。
本体部分は比強度の高い超々ジュラルミンと難燃性マグネシウム合金を主体に構成する。スリム化しても特にコンパクトにはならない形状だし、握り込む部分などは程良い太さが必要だからだ。
ここは十分すぎるほどの強度を確保できた。
スコープは保留にしておく。長距離射撃はマイダスの担当だろうし、望遠機能に関してはギネスには不要だ。
トリガーなどの機構部分は磨耗で操作感が変わらないように、硬化可能な種類のステンレスであるSUS403にしてみる。この種類はクロムを含むがニッケルは含まない。
相当な張力を保持しないといけなくなるので、機構パーツは全てがゴツい。指二本でトリガーを引くくらいか。当然セーフティロックも設ける。
リムは勿論β型チタン合金製で、チタンにバナジウム、アルミを加え、弾性のあるTi-22V-4Alという物だ。
あまり幅が広いと取り回しが不便になるので、ある程度M字形に絞った形状にする。
滑車であるカム部分もチタン合金でいいだろう。こちらは弾性が少なく丈夫なα+β 型合金であるTi-6Al-4Vにしておく。
コンパウンドボウの場合はこの滑車が卵形になっているのだが、クロスボウの場合は引き絞った状態を腕力で保持する必要が無いので、カムではなくただの円形の物が多い。
径は大きめにするが、大きくしすぎると弦の引き幅も大きくなりすぎてしまうので加減しておく。
軸周りなどの接触部分は窒化ケイ素リングだ。
そして問題のストリングス。
これは以前から一度やってみようと考えていた、超高品位ピアノ線風ワイヤーで行くことにした。
ピアノ線というのは特殊な合金というわけではなく、鉄に炭素やマンガンを含んだ鋼の線だ。普通の鋼線と何が違うかと言えば、厳しい規格の元で製造された高精度材料だということで、負荷が大きく耐久性の求められるバネ材、万が一にも切れては困る橋梁建設やワイヤーアクション等に使用される。
今回はゴン術で特に丁寧に精製した鋼線を編んでワイヤーとしてみる。これでどの程度の耐久性が出せるか。
射出直後に弦の振動を押さえるストリングストッパーも強力な物にしないといけない。これはゴムの接触面に、エアダンパーとスプリングを組み合わせた機構にしてみた。
試射のほうだが、これが問題だ。俺では弦をまるで引けないからだ。
先端に付いたフットスティラップという鐙を片足で踏んで、背筋力測定のように弦を引き上げる形式なのだが、やるまでもなくビクともしない。
滑車の原理で半分の力で引けるコッキング紐というものもあるが、そんなものではどうにもならない。俺の4倍ほどの筋力を想定して設計したのだから当然か。
順当な流れとしてギアを利用して巻き上げるオプション装置を用意する。
これは先日魔動工具のときに開発した乾式渦動力機で巻き上げさせることにしよう。この動力機はこういったときに簡単に用意できるのがいい。
さすがにこれはぶっつけで試用して貰うわけには行かないので、鉄馬で王都の外の荒地まで行き、先行試射会をしておこう。
ストリングが切れたりすると致命傷になってしまうので、フェイスシールドや手甲などもフル装備しておく。無論ハイポーションも完備だ。ゴン術の対象物質であれば破損しそうな用法をしようとしたときは勘で判るのだが、万が一のためだ。
まずは二酸化ケイ素とアルミナで適当な標的を用意する。
矢はアルミ製のものを使用するが、これは消耗品なので入手が容易な材質でないといけないからだ。
第一射。
とんでもない威力で発射されるが、まともに飛んで行かなかった。
矢を回収すると、くの字に曲がってしまっている。
これはある程度想定していた。押し出し力が強すぎて、射出時には既に曲がっているのだ。
第二射。
同じくアルミ製だが、やや肉厚にしてある。
これも第一射よりはましという結果だった。
第三射。
今度はパイプの中に石英が詰まった矢だ。
的には当たった。
的のほうが破砕してしまうが当然か。ガラスとセラミックの板だものな。
ちょっと時間はかかるが、土壌に含まれるアルミと鉄を集めて金属板の標的を作る。これなら割れずに刺さってくれるはずだ。
第四射。
鉄の部分に当たるがはじかれた。
そこまでの厚さではない筈だが、矢の先端がひしゃげていた。
第五射。
アルミパイプに石英を詰め、先端を鉄で覆った矢にする。
やっと的に刺さる。これかな。原料採集のバランスもいい。
あまり強力な矢をバラ撒いて、拾得されたそれが何かに再利用されるような事態は本意ではないので、矢自体は鋼の武器よりも弱い程度が望ましい。金属素材としてのアルミは大いに普及してもらいたいのだが。
クロスボウ側も弦もまだ疲労破損の兆候はないな。
◆
昨晩、セイトがオレの住処に来て新武器調整の予定を確認して帰った。
どんな武器かはまた当日まで秘密らしいが、帰って行く彼の愛車の荷台には大型のクロスボウが見えていた。
オレの視力が良いのも夜目が利くのも知っているはずなんだが。
賢いんだが目端が利くってタイプではないんだよな。
今日は午後からその調整とやらだ。
場所は以前『アイアン・ウォルヴス』の結成直後に皆で行った荒地だ。
あの時は姐さんの馬車で行ったか。今はバイクで行ける。
思えばセイトには冷蔵庫にハルバード、すべり台にバイクといろいろ世話になっている。加護を得たことで人生が大きく変わったが、セイトと知り合ったことも同じくらい影響しているかもしれない。
現地に着くと彼のほうが先に来ていて、標的を設置していた。
傍らに停めてある彼の愛車は見る度に少し手が入っている気がする。今日のそれは車体が薄いバイオレットカラーになっていた。車体に色を着けるというのも出来るのか。チッカ何とかコーティングと言っていた。
「ここを踏んで引いてみてください」
昨晩ちらと見てしまったクロスボウだ。
クロスボウくらい知っているつもりだったんだが、これは一体どういう仕組みなんだ?
「えーと、こっちの二本が弓を引き絞るんですが、その二本を引くのがこっちの一本なんですよ。ただしこの滑車のおかげで軽く引けると」
オレが使っているロープホイストと同じような理屈か。だがこんなものは初めて見る。クロスボウなんて大昔からあるはずだが、こんな工夫の余地があったのか。
「ええまあ僕が考えたわけじゃないですけど」
セイトはたまにこれを言うが、じゃあどこでこんな技術を学んだんだ。
皇国という国のことはまるで知らないが、そんな進んだ国だということはないはずだ。そうであればもっと知られているはずだ。
クロスボウの弦を引いてみる。いつものように軽い金属製なのだが、木製ではありえない強力さを感じさせるテンションがかかっている。
渡された矢も金属製だ。これを番えて的を狙う。ほぼ見様見真似だが、こんな近くの的をまっすぐ狙うだけならオレでも出来る。
引き金に力をかける。
ボキュッ!というような発射音で矢が放たれ、的の端に当たった。
「……何だコレ?」
弦を引くのも引き金を引くのも大した力は要らなかったはずだ。
だが発射の衝撃は想定以上で、飛び出した矢の速度はさらに想像以上だった。
こいつはとんでもない威力だ。どこからこんな威力が出るんだ?
「もしかしてもう少し強くても引けますか?」
さっきの倍くらい固くてもまだ余裕はあるだろう。
「倍、ですか。それはさすがに……」
大いに悩ませてしまった。
あれこれ試行錯誤していたようだが、調整したクロスボウを渡される。
同時に大げさな防具類も装着させられた。弦が切れたら危険だからだそうだ。さっき防具が不要だったのは、もしかしてすでに彼自身がそれを着けて試していたからということか。
一回り太くなった弦を引いてみる。感覚的には倍くらいの強さになった気はする。弓の部分は少し分厚くなり、矢のほうは二回りほど大きくなった。
今度は覚悟を決めてしっかり狙う。
ボキュッ!と矢が放たれ、的のほぼ中心に当たった。
「抜けたっ!」
当たったと思った矢は的を貫通して後方の岩壁に当たったようだ。あの的は金属の板だろ? 大抵の魔物は貫通してしまうような威力じゃないか。
セイトはクロスボウ本体を確認した後、的の後ろの矢を回収しその確認もする。
何度かの試し撃ちと調整の後、違う種類の矢を渡された。さっきまでの物より重量感がある。使い捨てるには惜しいくらいの上等な矢だそうだ。
的の中心を軽い金属ではなく鉄製にしたのでそこを狙ってみてくれとのことだ。
渾身の一射は的の中心を抜けて背後の岩の一部を砕いてしまった。
この矢はサイズこそ大きくはないが、A級槍士であるジョージの投擲にも匹敵する威力だ。
あの最後の切り札のような攻撃を、オレにも使える手持ち武器に出来てしまうものなのかと思うと身震いがしてきた。最初セイトが武器を作りたがらなかった理由がやっと解ったかもしれない。
このクロスボウもすべり台と同じくパーティの装備という扱いになるだろうが、どちらも実質はオレ専用の武器になる。
だが自腹じゃない分、有効に活用する義務ができるということにもなるな。ハルバードを作って貰ったときはただ興奮していただけだったが、今回のこの強力すぎる武器に関しては重圧を感じるくらいだ。
オレにハルバードを作ってくれたときは『成り行き』と言っていたが、その後も武器類の販売はしていないという。
アイアン・ウォルヴスに対しては例外というのであれば、主義を曲げるほどにパーティの目的に賛同しているということなのか。
アヴァロンの奪還と調査に。




