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森の虎人のステーキ(1)

「狩った後のことをまるで考えていなかったなんて、我ながら学者馬鹿だったわ……」

 エリザベスはオークの死体の前で反省のポーズをとっていた。


「捨てていくしかないだろう?」

「清貧を旨とする家庭で育ったから、凄く抵抗があるのよ、そういうの」


 だが仮に荷馬車で来ていたとしても、馬車は森には入れない。

 森で肉を狩るときは、相応のまとまった人数で来るしかないのだ。


「せめてホブゴブリンにしておけば、捨てるしかないということに出来たのね……」

 ゴブリンの仲間は食用に適さないし、皮などの素材も得られない。魔石が採れるくらいだ。


「こいつのほうから襲ってきたんだ。迎撃せざるを得なかったろう? もう少し話の分かりそうなやつだったらお前じゃなくてホブゴブリンに代われと交渉できたんだがな」

 マイダスは腹痛が来る前にさっさと森の端まで戻って、野営の準備を整えたかったのだ。



「待って、誰か来るわ。おそらく人間。単独(ソロ)よ」


 しばらくすると、ガサガサと藪を抜けて巨大な背嚢が現れた。

 それは短躯だが活力の漲る肉体に背負われていた。

 帽子を被っているのではっきりとは判らないが獣人(ビースタン)で、おそらくは虎人(こじん)と呼ばれる亜種別だ。


 その虎人は二人に話しかけるでもなく、へーでっかいねえ、とか600ポンドはあるなーとか呟いている。

 その様子が、どうにも芝居臭いのだ。


「なんなの? あなた」

 エリザベスは耐えかねたように声を掛けてしまう。

「うおっびっくりした! 凄い美人!」

「そういうのはもういいから、用件があるなら言いなさい」

 意を得たとばかりに虎人は始める。

「オレがそのオークをこの場でバラして、いいところを料理して皆で食う。代わりに残りはオレが貰う。どう?」


「あなた、これをどうするの?」

 虎人はニコニコと(とぼ)けるばかりで答えようとしない。

 いくら膂力自慢の人間でも、これを一人でどうにかは出来ない。

 仲間が近くに居るのか? 気配はまるで感じない。

 一旦街に戻って手配するのか? 一往復半で2日はかかる。この時期では肉がもたない。

 伝書鳩や狼煙の類で呼び出すのか? 人員を待機させておくくらいなら同行させるほうが自然だ。


 説得力のある手段を思いつかなかったエリザベスは、謎解きを断念した。

「わかったわ、降参よ」

 そう言ってエリザベスは両手を軽く上げた。


「いいのか、リジー」

 マイダスはエリザベスがあっさり引くとは思っていなかったのだ。

 肉はともかく、何らかの情報なりと引き換えにするはずだと。

「だって私たちは、これをここに捨てて帰るしかないって知られちゃっているんですもの」


「話が早くて良いねえ、姐さん!」

 虎人は通りすがりの間抜けな通行人の芝居をあっさり切り上げ、機敏に動き出した。


 巨大な背嚢からロープホイストを取り出すと、手近な立ち木の中から太いものを選んで高所に括りつける。

 さらにスコップを取り出すと、木の根元あたりに手早く穴を掘る。

 重機のような力強さだ。

 オークの足首にロープを縛ると、ホイストを巻き上げ始める。

「そんなので上がるのかしら?」

 確かにホイスト本体もロープも、オークの体躯に比べるとやや頼りない。

「ああ、完全に吊り上げる必要はないんだ」


 ズルズルとオークの体が木のほうに引き寄せられ、足のほうから持ち上げられてゆく。

 肩口から下は吊り上げられ、頭部だけが掘った穴に嵌る。だが両肩部分は地面に着いた状態だ。

 そこで頚動脈を切って血抜きを促進させる。荷重を分散させて、しかも血を捨てる穴になるというわけだ。


 今度は背嚢から何かの魔道具を取り出して作動させる。二属性魔導紋(マジックレスト)である霧風魔導紋(ミストブロワ)を利用した、冷風器と言われる魔道具だ。


 オークの腹を割くと、手際よく腑分けしてドチャっと穴に捨ててゆく。冷風器は肉の冷却が主目的だろうが、霧の水分が血を洗い流す効果もある。


「腹立たしいほど手慣れてるわね」

「はは、まあね。この時期は硬くなる前に食っちまうに限る。姐さんたちレバーは大丈夫? (しめ)たての肉は味が薄いけど、レバーは絶品だぜ?」


 露骨に話を逸らそうとしている。

 何が『硬くなる前に食っちまう』だ! 街までこの巨オークを持ち帰る手段を絶対に隠し持っているはずなのに!

 お互いにそれを認識しながらも、そこには触れない。これはそういう暗黙の取引なのだ。


 虎人は魔導コンロとスキレットを取り出すと、早速調理を始める。


「部位はモモでいいよな? 傷付いてるし」

 モモ肉は最高部位の一つには違いないのだが、売り値の下がる状態になっている部分を、ちゃっかり片付けてしまおうということらしい。


 切り出した肉塊を手際よく切り分ける。一部は厚切り、一部はスライスにしているようだ。

 レバーも薄切りと、ブツ切りに切り分ける。

 さらに玉葱を取り出すと、これは厚めのくし切り、薄めのくし切り、みじん切りの3種類を用意した。


「最初は肉の味見ってことで、塩味ステーキだ。まあ全く寝かせてない肉だから期待しないでくれ」

 オークの脂肪で小さめのステーキ肉を焼いていく。


 ここで人数分の食器とパンが出てきてしまう時点で、こういうビジネスモデルでやっていますというのは明白なのだが。


「確かに、なんか味が薄いというのかしら、これ」

 マイダスのほうは現地で食糧確保することに慣れているので、特に新鮮な感想などはないようだ。


「次はまあ、繋ぎだな」

 虎人はそう言うと、ブツ切りレバーと薄めのくし切り玉葱を軽く炒め合わせて、塩と微量のモルトビネガーで味をつけたものを出してきた。

 芯を残した玉葱と、中心がレア状態のレバーの対比が面白い。

 謙遜した割には、十分に美味といえる料理になっている。


「次がメインだ!」

 しっかり炒めた厚めのくし切り玉葱に、薄切りモモ肉を加えて炒め合わせ、濃度のあるソースにからめてある。

「そのソースは何なんだ?」

 意外と博識なマイダスも知らないものらしい。

「熟成されてない肉はガッツリ旨みを足したほうがいいからな、料理店で分けてもらった野菜ソースだ。食って驚くなよ?」

 トマトや大蒜は入っているだろうが、それ以外の複雑な野菜の旨みも感じられる。

 言葉に違わぬ美味さに、二人は悔しながらも驚いてしまった。確かに店の一品料理に相当する味だ。


「最後のが実は一番のお勧めだ」

 生レバーを薄く切ったものに、生玉葱みじん切りとクラッシュナッツを乗せ、塩一つまみを振り散らかしたものだ。

「やっぱりこれだろう? 街では食えないからな」


 限られた食材で、実に多彩な料理を提供して来る。

 この調子のいい虎人の掌の上で転がされている感覚は非常に不愉快なのだが、料理に罪はない。

 そう思うことにしようと二人は考えていた。



 『もう少しオークを眺めてから帰るよ』などと適当なことを並べ立てた後に、虎人は二人を見送った。

 オークを下ろし、ロープホイストや調理道具を片付ける。


「なんかやりにくかったなあ、あの姐さん。美人だったけど」

 だが綺麗に平らげられた皿を見遣ると、今日の仕事に合格点をつけることが出来た。


「もう片方のモモ肉は師匠(レナア)の店に差し入れして、オーク肉パーティだな」



「なんだったのかしら、あの男」

 二人は森の端を目指して歩いていた。


「遺棄された魔物や物品を狙う冒険者は以前からいるからな。それの新しい業態なのかも知れん」

「わざわざ料理を振舞うのも大変だと思うけど。あの大きな背嚢を見たでしょう?」

屍肉漁り(スカベンジャー)行為はあまり好かれないからな。そういう意味じゃあれは合理的だ。新鮮な獲物を合意の上で得られる」

「金銭で買い取ろうとすれば面倒事になるのでしょうね、取り分がどうとか」

「腹が膨れれば喧嘩もしなくなるってことなんだろうよ」


「そう言えば、食事を始めたときに残りの術が発動したわね」

 それを確認した後、虎人の目を盗んで神聖魔法『解毒』をマイダスと食材にも掛けておいたのだ。

 スキルを行使して、その直後の食事ですぐに残りの術が発動されるということなのか。食中毒は有害な菌などが十分に繁殖したあとで発症することが多いので、それなりの時差が出ていたということかもしれない。


「オークの魔石はどうする?」

「あなたが身を削って『引いた』んだもの。あなたの物よ」

「つまりロハで解毒と攻撃役を提供してもらってしまったわけか。でもまあ今回は借りておくか」

「ほら、前借りはお得でしょう?」


 陽が完全に落ちる頃には、魔物が出ないであろう区域まで帰り着くことが出来ていた。

 図らずとも食事は済ませることが出来ていたので、あとは交互に休憩と睡眠を取って明朝に帰都だ。


 二人で枯れ木を集めて、その山にエリザベスが火魔法で点火する。


「ところで、その変な眼鏡は何なんだ?」

 エリザベスはマイダスが魔石を『引く』ときもそれをかけていたが、今も自身の火魔法をそれをかけて観察していた。


「魔力を肉眼で観れる眼鏡なの」

「凄いな、そんな物があるのか。一体どういう仕組みなんだ?」

「魔銀って知ってるわよね」

「当然だ。魔導紋や魔剣に使われる銀だろう」

「魔剣に魔力を流すと?」

「光るな! そういうことか。硝子に魔銀が練りこんであるのか? さすがは魔導博士だな」


「残念ながら私が考案した物じゃないの、これ」

 エリザベスは苦渋と言っていい表情で続ける。

「魔銀は魔力で光る。たったそれだけのことなのに、全然気付かなかったのだもの」

「まさか銀で眼鏡を作ろうとは誰も思わんだろうよ。自分の目玉を眺めるのが趣味のやつ以外はな」

「でもそれを考案して作った人が居るのよ? 製造技術はともかくとしても、せめてアイデアだけでも私が考えたかった」

「誰なんだ、それは?」


 しばしの沈黙のあとエリザベスはやっとのように搾り出した。


「……いるのよ。そういうのが得意な子が」


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