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マグネシウム採集計画(1)

王国暦802年 湿の69(風)


 鉄馬・改で王都から2時間ほど行ったところの、プルネイド川の河口の北側、東の内海に面したエンジェルウィッチという場所に来た。


 何やら物騒な地名なのだが、ここにも領主様はいるはずなので、そこの爵位はエンジェルウィッチ伯爵だか子爵だかになるのだろうか。だが何も天使(Angel)で魔女(Witch)などという意味ではなく、製塩所がある地名にナントカWichというのが多いというだけのことらしい。そんな聖人(セイント)で罪人(シナー)みたいな中二ネームは俺だけで沢山だ。


 今回ももちろん、オズボーン製塩工場に塩化マグネシウムを貰いに来ただけなのだが、いつも勝手にどんどん採って行けと言われるので、代わりに何か提案できないか考えてきたのだ。


 何代目かの社長であるジョンさんは、まだ30代くらいの中性人男性だ。少しチャラいというか遊び人風というか、まあ気さくな人物だ。


「面白い物って何だ、難便の旦那」

「それ止めてくださいよ、工場の人たちが信じたらどうするんです」

「俺はさっき、『社長、難便の人が来ましたよ』って呼び出されたんだが」

 勘弁してくれ。最初に会った時に苦汁(にがり)成分の用途からゴン術まで全部説明したはずなんだが。


 塩化マグネシウムを含む苦汁は便秘薬としての需要があるが、出荷量としてはほんの僅かだ。海水成分としてはナトリウムを9とするとマグネシウムは1ほども含まれているので、捌ききれるものでもないのだ。


 最初の出し物は豆腐だ。豆腐の型の検証で、工房でも豆腐は作ってみたので大丈夫のはずだ。『アース・ワークス』では適当な笊に上げて水を切っただけだが、今回はもっとちゃんとした食品に見えるようにステンレス製の押し型を用意してきたのだ。

 出来た豆腐にオリーブやアンチョビ塩漬けを乗せ、工場の皆で試食してもらう。かなり好評だったように見えたが、冗長な仕事の合間に思いがけず珍味が食えたというのもあるだろう。


「だが塩屋の倅が新事業としてやるには少し難しい分野だな。新食品の普及からとなるとな」

 そうは言いつつ、熱季の地場祭にどうこうと考え出したようだ。強力な潜在的需要があるには違いないのだ。トーフはガイジンにも受けるのだから。もちろん押し型はプレゼントした。


 次の出し物は、海水成分の分離パイプの試作機だ。完成品は運搬できなかったので、嵩張る部分は積んで来た材料とその辺の地面からこの場で作るのだが。


 王国の気候であれば露天の塩田で塩分の析出まで出来なくもないそうだが、その場合は手作業で塩からゴミや砂を取り除く工程が必要になるし、取り切れるものでもない。この工場では綺麗な塩にするために、炭酸カルシウム、硫酸カルシウムを沈殿させた後の段階の鹹水(かんすい)をしっかり濾過してから釜で炊く方法を採っている。釜で炊いていくとまず塩化ナトリウムが析出し、残りの水分が苦汁となるのだ。


 仮設の槽に鹹水を注入する。

 槽からパイプに繋がるわけだが、パイプと言っても外見はテーブル大の分厚い板状であり、その内部を迷路状に仕切って経路としている。総距離としては計40フィート(12メートル)ほどになる。


 経路内ではます底面にマグネシウムを集める。

 金属性斥力魔導紋(リパルサー)を少し改修するだけで、対象金属をはじくのではなく引き寄せるように出来た。


 マグネシウムを選り分けてからは経路内は二階建て構造になり、天井の低い一階がマグネシウム階だ。

 その次は二階の天井側に水属性引力魔導紋(トラクター) でH2Oを集める。

 十分に分離したところで三階建て構造になり、三階は成分の薄い水の階だ。

 二階では塩化ナトリウムが析出されてみぞれ状になっている。


 経路出口では排出口が三つ又になっている。

 上層からの取水は純水には程遠いが、捨てても勿体無くないほどには成分が少ない。

 中層からの取水に食塩の成分が多く含まれる。

 底層からの取水が俺のお目当てだ。


 経路全体に術式を行き渡らせるためには、通常であれば魔銀を使用するところだが、さすがに今回は量が要るので空の魔石を加工したものを利用した。無論魔銀よりも術式透過度は落ちるが、この用途では弱い術式をゆっくり伝えるだけなので導体の断面積を十分に確保すれば届くし、届かなくても効果が落ちるだけで害が出る類の問題ではない。


「なるほど、炊く時間が減るし苦汁のキレもよくなるが魔石代がかかるってことだな。オーケー、試させて貰うよ」


 製塩のキモは濃縮のコストが全てと言ってもいいくらいだ。このパイプが実用に至るかどうかはある程度運用して貰わないと判らない。これで駄目なら真空式製塩法とかの大ネタになってしまうな。


「技術的に言えば魔導紋だけで塩を集められれば一番なんですけどね、さすがにそこまでは」

「ん? ああそうだな。誰でもすぐ塩を作れるようになっちまうか。商売を解ってるねえ旦那」


 ナトリウム操作の魔導紋は試してはいないが、頑張れば魔力効率は落ちるにしろ作成可能だろう。ナトリウムイオンを海水中で塩化物イオンと結合させる塩化操作程度ならゴン術の直接行使であれば容易だ。酸素も窒素も操作できないのに、金属の酸化や窒化ができるのは、それが空気中にいくらでもあるからだ。水中でも同じ事で、相手方を特に操作する必要が無い状況であれば、金属側の操作だけで化合は出来る。後は化合を魔導紋化するだけという段階ではあるのだ。


 だが無理して作ったところで、それは製塩業界にとっては技術革新どころか市民革命ともなりかねない危険物にしかならない。

 海塩に採掘権などないのだから。


 スタインバーグ氏のレンガ工場、ドーン氏のゴム工場に加え、ジョンさんの製塩工場とも提携関係と言えるような繋がりを持てそうだ。

 もう少し手を広げてみてもいいかもしれない。


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