スキル【運の前借り】を授かったのだが存外使えない。誰かアイデア頼む(3)
「なかなか丁度いい相手が来ないわね」
エリザベスは森での活動に備え、鈍色の長髪を後ろでまとめている。やや特徴的に切りそろえられた前髪が汗で湿る。
二人が南の森に入って数時間が経つ。
エリザベスは素手、マイダスはクロスボウを装備している。
「剣じゃないのね?」
という問いにマイダスは、
「狙って当てる要素が大きい武器のほうが効果的なんだ」
と返していた。
出来れば日が暮れる前にスキルの検証を済ませて、野営の出来る浅いところまで戻りたい。
セイバーハウンドやゴブリンは何体か襲ってきたのだが、今回は外道なので火魔法で追い払った。エリザベスの魔力検知で魔物を探すことは出来るのだが、いかんせん実地経験が不十分なためか、種類まで判別するには至らない。
「3時の方から大き目のが来るわ。向こうが風下だから、こちらの存在がバレているかも」
一旦隠れて魔物種を判別する選択肢もありえたのだが、今回は適当な隠れ場所が見当たらなかった。
そうこうしているうちに、魔物のほうが隠密行動を切り上げて吶喊して来る。その巨体は小枝や低木などものともせず、直線的にこちらに進撃してくる。人間サイズの動物にはそういう移動が不可能であることを踏まえた、突進力を恃んだ戦法というわけだ。
「オークだ! デカいぞ」
マイダスはクロスボウを発射して牽制する。
「正面から来てくれるなら有難いわ。水刃魔法でいくわね」
そう言ってエリザベスが魔力を集中すると、前方に突き出した両手から水平方向に薄い水刃が射出される。
水刃はオークの股間のすぐ下を通過し、オークの両内腿を切り裂く。その巨木のような両脚を切断することはとても出来なかったが、目を疑うほどの量の血液が噴出する。
「えげつないところを狙うな」
「首を狙うより避けられ難いのよ」
上体であれば反らす、屈む等の動作も可能だが、ここを狙われると体全体で左右どちらかに移動して避けるしかない。
そして内腿の付け根の部分には、大腿動脈と大腿静脈がある。
直立歩行の動物にとって両脚は唯一の移動器官であり、そこに大量の血液を送り込む血管は大動脈の次に太い。
これを4本まとめて切断されると、上半身の血液は一気に落下してしまう。
しかもこれらの血管は穿刺に利用されるほど浅い位置にあるのだ。
「ウォーターカッターはこんなに効いたか?」
「ええ、ちょっとコツがあるの」
「なんだ、酒でも混ぜるのか?」
「それもいいわね。ちょっと勿体無いけど」
アルコールを飲むと止血を阻害する作用があることは事実ではあるが。
オークから十分な距離をとり、魔力観察を続ける。
「反応が消えたわ。もう大丈夫よ」
マイダスはナイフを取り出しながらオークの死体へ近づく。
胸部を切り開くと、胸骨体の下に手を突っ込む。
魔石は大動脈付け根の魔石嚢といわれる器官内にあるのだ。無論それは人間でも同様だ。
「リジー! いいか?『引く』ぞ!」
「いつでもどうぞ」
エリザベスはやや黒光りする硝子眼鏡をかけてマイダスを観察する。
「変わった貌ね。でも半分しか発動していないわ」
マイダスは引き当てた透明な魔石を綺麗に拭いてエリザベスに渡す。
「ふふ、見事なものね。魔石を抜く作業の代行業でもやれば、鍵師よりも儲かるのではないかしら」
「考えたことはあるが、どうも新鮮な死体からでないと引きが悪くなる気がする。元々法則性が不明なのだから判断が難しいんだが」
「上手く行かないものね」
マイダスは飲用水の魔道具を取り出し、手を洗う。
「それでどうだ、何か解ったか博士」
雑な金髪を雑に整えながら、本命の猟果のほうを確認する。
「ええ、術式の特徴は正真正銘、スキルのそれだわ。でも術式の半分しか発動していないの。残りは魔力が込められていないままね」
「つまりその残り半分が」
「きっと『食中り魔法』なんでしょうね。攻撃魔法に使えないのかしらね」
「それは地味に堪える攻撃だな。だが……」
マイダスは苦笑いして続ける。
「俺は毎回毎回、自分で自分にそれを掛けてるってわけか」
「でも別個の魔法というわけではないと思うの。例えば土属性魔法で『穴掘り』ってあるでしょう?」
「墓穴を掘るのに重宝するやつだな」
「あれは穴を掘るのと、盛り土を造るのがセットになっていて不可分だわ。両方で一つの現象なんだもの」
慣れた者なら広い範囲から土を集めて土壁だけを作ったり、広い範囲に土を分散させて穴だけを掘ったように見せかけることは出来る。だが何もないところから土を出したり、この世から消し去ったりは出来ないのだ。
マイダスのスキルについても、運をただ増やすというのはそもそも論理的に不可能だが、未来の自分から運を移動してくるということであれば実現可能かもしれないと言いたいのだろう。
「前借りをしているだけで、得をしてるってわけじゃなかったんだな」
「あら、前借りはもの凄い特権よ? 資金を自由に前借りできる商人がいたら、それは大成功が確約されたようなものだわ」