磁石を作ろう
王国暦802年 湿の37(水)
「セイト暇?」
博士だ。
仮にも営業時間中の工房に来て掛ける言葉ではない。
「私は暇なのよ。何か考えてくださらないかしら?」
もちろん暇潰しなどに来たのではないということは分かる。例えば今度は俺の技術力ではなく企画力を試してみたいとか、そのあたりだろう。
「何かって何です?」
「何でもいいわ」
「じゃあセントアンナ公園でサンドウィッチでも食べますか?」
「そういうことではないわ」
何でもいいって言ったのに後から中華の気分じゃないとか言うあれですね。
「ではお金が出て行くのと、入ってくるのではどちらが良いですか?」
「無論後者ね」
「では磁石でも作りましょうか」
判断の一部に責任を負わせることで、否定しにくくさせるあれです。
「あんなもの作れるの?」
方位磁針は人類屈指の発明と言われる一方で、人造磁石の歴史は浅い。効率的な着磁には大電力が必要となるからだ。
それには電気をダラダラと流すのでなく、大容量コンデンサに溜めた電気を一気に流す方法が採られる。
そこで雲式大容量コンデンサを扱えるおそらく唯一の人物、ウォルファーズ博士にご協力いただく必要がある。
なぜなら、俺が発電装置を作るには永久磁石が必要だからだ。永久磁石が不要な電磁石同期発電機というものもあるにはあるのだが、これは最初に電磁石に電気を流す必要がある。
つまり缶詰の中から缶切りを取り出す魔法を使っていただくというわけだ。
「方位磁針を作って売るのかしら?」
「それは磁石が希少であることが前提の発想でしょうね」
ギネスのハルバードの断頭モードを実現するために手配した天然磁石は結構な値段がしたのだ。
「鉄やニッケルを扱う現場で役立つはずですし、面に対する固定装置に利用できます」
「あなたにしては少し弱いわね」
「もっと普及したら日用品にも使えます。バッグやケースの留め金にしたら便利かと」
「私はそんなには働けないわ」
確かに一個人が全国民の日用品需要を賄うなどありえない話だ。
だがそれ以前に何やら警戒されているようにも感じる。それを利用して何か変な物でも作るのではないかと。
実はドクターが、神聖魔法の『真眼』は使えないというのが嘘だったという可能性も疑っている。無論聞いても無駄だ。伏せているからこそ最強のカードなのだから。
「実は発電装置を作りたいのです」
「雷魔法を出せるのかしら」
「あれは無理だと思います。放電は制御が難しいので武器に向かないのですよ。魚捕りぐらいですかね」
現代地球でも雷撃兵器というものは実用化されていなかった。スタンガンのような、ある意味武器の対立概念的な用途用法に限られるのだ。
スタンガンでナイフに立ち向かうのは厳しいだろう。テーザーガンで拳銃に立ち向かうのも同様だ。その上ナイフや拳銃を持った側は相手を傷付ける意思があり、スタンガンやテーザーガンは相手を傷付けずに制圧するための道具だからだ。
「じゃあ何に使えるの?」
「いろいろですよ。魔力から動力は得られますけど、その逆は出来ないというのはかなり不便ですよね。それをなんとかする突破口になればと」
「いろいろ考えてるのね。まあいいわ、やってみましょう」
もしかして俺のほうが挙動不審だったのかもしれない。
考えてみれば地球の電気技術を持ち込むことに対して、俺が勝手に後ろめたさを感じていただけなのだ。
魔力には出来ず、電力には出来るようなことは多い。無論その逆もだ。それぞれの長所を生かすことで技術が爆発的に進歩するのではと少し方針を軌道修正したのだが、自分自身でまだ上手く飲み込めていないのかもしれない。
◆
セントアンナ公園ならぬ、郊外の荒れ地にやってきた。
着磁する素材はアルニコ合金だ。鉄にアルミ、ニッケル、コバルトを混ぜたものだ。
ストロンチウムやネオジムも元素としてはさほど希少ではないはずなのだが、まだ頑張って入手するほどの段階ではない。
俺が幼少の頃は、ストロンチウムを含むフェライト磁石と言えば強力そうな磁石というイメージだった。
後年それはネオジム磁石というもっと凄そうな奴に取って代わられた。
なので、アルニコ磁石と言えば凄そうな磁石という時代もあったのかもしれない。
着磁器は銅線コイルと、絶縁性が極大の石英、金属の中では絶縁性の高いステンレスを早速使用して造った。
アルニコ棒を中に入れ、アンテナに雷魔法を落としてもらう。パンッ!と雷の大きさを調整してもらいながら様子を見る。
実はまだこれは予備段階だ。
本来であればアルニコが熱い状態で磁場の中で冷まし、結晶方向を磁場方向に整列させる磁場中冷却という工程が欲しい。だが磁場を作る手段を今まさに作っているところなので、これも缶詰の中の缶切りなのだ。
出来たアルニコ棒を半分にして、その間に新しいアルニコ棒を挟む。ゴン術で新しいアルニコ棒の組織を緩めて結晶方向が揃うのを待つ。適当なところで組織を締めて、雷で着磁する。
するとさらに強力な磁石が出来る。二組のアルニコ棒を交互に処理すると、より強力な磁石になっていくという理屈だ。
アルニコ磁石は減磁しやすいので沢山作っても在庫できない。需要が広まるようであればネオジムを探すことになる展開も考えられる。
ドクターはどうも成果が物足りなさそうなので、工房に戻って少し実演してみせることにした。
絶縁体の筒に磁石を入れて筒を塞ぎ、銅線を巻く。銅線の両端をタングステンのコイルで繋ぎ、純銀の尻尾と適当な金属粉を入れたガラス球で覆う。純銀の尻尾からゴン術を送り込み、金属粉を酸化させて球内を脱酸素し、その酸化物は球内の邪魔にならないところに避けて固めておく。
筒をカタカタ振ると、おそらくこの世界で初めての電球に灯が点る。
「電気の光ですよ、ドクター」
「……なんか貧乏くさいわね」
エジソン先生に謝れ。
◆
ドクターが夕食に誘うので、テラス席があったりして妙に目立つので一人では入りづらいと思っていたレストラン『ヒドゥンキッチン』に行ってみた。ユーモアのセンスが古いんだよな。ベタというべきか。
今日のお勧めディナーを頼むと、平胸類のグリルに、チコリーのロースト、豆煮、酢白菜の付け合せが付いたものが出てきた。
「食事に誘っていただけたというのは、何か話でもあるんですか?」
「そういうことではないわ」




