スキル【運の前借り】を授かったのだが存外使えない。誰かアイデア頼む(2)
「いよう、リジー」
探索代理店でマイダスと落ち合う。
この男どうも気安い。
あるいは小柄な私のことを若年者のように思っているのかもしれない。
彼は身長も大きいほうだし、ニュートランなのだからエルフよりは老けて見える。
私のほうが倍以上長く生きているはずなのに。
受付で指名依頼が入っていることを確認し、早速依頼者のところに向かう。
ここから2マイル程だそうなので、私の竜車で移動することにした。
随分手際が良いけれど、あるいは知人に無理な依頼でも出させたのではないだろうか。
「いや気にするような話ではないな。冒険者仲間の、というか飲み仲間だな、その男の前からの要望だ」
「どんな仕事なの?」
「金庫開けだ」
「あなたの仕事じゃない!」
しかし以前に一度見たときは開けられなかったのだという。
私が協力すれば開けられるかも、という類のものなのだろうか。
まずは現物を見てくれと言うばかりなので、一旦考えるのは止めておく。
◆
「いやあ、ようこそいらっしゃいました魔道博士殿。私はマーチン・スタインバーグです」
いい感じの訛りと、それ以上の愛想でもって歓待される。
王国に国境を接する帝国からの移民は多い。
「はじめましてヘル・シュタインベルグ。
私はエリザベス・ウォルファーズ。ウォルフ・ディ・ヴィッセンスギエリガよ」
「はっはは、なんとも優雅な二つ名ですな!」
「帝国語にすると恥ずかしさが倍増だな」
……どうも調子が合わない。
荒くれ者が多いと聞く冒険者との初対面だからと、少し虚勢を張ってみただけなのに。
想像していたよりもずっと理知的で、落ち着いた紳士なんですもの。昨日も、 今日もそう!
そもそも冒険者というのは、こういうのが大好きなんじゃないの?
爆炎のナントカとか、暴風のナントカとか!
自分が知らず知らずに痛々しい人物になっていたかも、という不安で妙な汗が出る。なるべく平静を装ってそれとなく話を振ってみると、
「ああ、そういう者もおるといえばおりますでしょうな。まあ古き良き冒険者と言いますかな。はははっ!」
ああ、優しい。これほど優しい『ダサい』の言い換え方があるだろうか?
◆
「金庫は地下室なのですよ。まあ少し変な臭いもしますが、大丈夫なはずです」
レンガ工房を営んでいると言うスタインバーグ氏の後を追う。
どうやら冒険者業は引退して、探索者登録も失効させてしてしまったらしい。ズボンが入らなくなってきたのが悩みだそうだ。
地下までのほんの僅かな道中で、聞かせる話を出来る話術には感心せざるを得なかった。
「これです!」
何でも、ご妻君のお父君の家から伝わるお宝だとか。
開陳された金庫には極僅かな魔導反応が感じられる。
「肝心の鍵穴が内蓋で封印されてるんだ」
マイダスが言うには、鍵穴を塞ぐ『魔導鍵』が掛けられているのではないかと。
さらにスタインバーグ氏が言うには、魔術師に頼むと『何らかの魔導術式の存在は感じるが、機械的な部分は解らないから魔道具師を呼べ』となり、魔道具師に聞けば『魔導的な理屈はさっぱりだが、壊していいなら開けられる』ということらしい。
まあそうなるでしょうね。
「魔石の交換はしていないのよね?」
「ええ、交換できるような部分が見当たらないのですよ。もう30年以上放置されているのですが、なぜ閉じていられるのか」
「まず、逆の効果をかけてみましょう」
検知できるものと等量逆効果の術式をかけてみる。
……反応なし。
もう少し押してみる。
プシュッと空気が抜けたような音の直後に、カコンッ!と金属音が続いた。
「開いたわっ!」
鍵穴の蓋が開くと同時に、マイダスが2~3本の細い金棒を使って、あっという間に開錠を済ませてしまう。
その技巧をどう評すべきかと考えている間に、再び鍵穴はカコンッと閉まってしまった。
「すぐ閉じるって解ってたの?」
「ああまあ、そういうものだろうな」
僅かに開かれていた扉をスタインバーグ氏に引いてもらう。
「中に保管されていたお宝自体が術式を維持していたのね」
巨大で且つ透明度の高い魔石から、扉側に据え付けられた小箱まで魔導線が接続されていた。
「この小箱の仕組みまでは解らないけど、風属性の魔導紋で内部に負圧をかけられた状態を保持していたようだわ」
小箱の内側が一定まで減圧された後は、魔導術式がほぼ魔導反応を起こさないのに等しい状態になるので、魔力消費は極少で済む。
自然環境下でも魔石は空間の魔力を吸収して、ごく僅かずつではあるが育つ。
つまり魔力消費が魔石サイズに対して一定以下であれば、魔石交換不要の魔道具も実現可能ということだ。
開けるときに何らか魔法をかけるのではなく、開けるときは魔法を無効化するという常時発動型になっているのは、万が一の封印し忘れのときも自動的に閉まる機能を実現するためだろう。
庫内には巨魔石の他にも魔銀のインゴットやいろいろな証券類もあったけれども、スタインバーグ氏の表情を見るに証券のほうはあまり芳しくない手応えのようだった。