スキル【運の前借り】を授かったのだが存外使えない。誰かアイデア頼む(1)
「私は魔道学者のエリザベス・ウォルファーズ。智慧の貪狼よ」
「あー、その恥ずかしい二つ名は知らんが、ウォルファーズの名は知っているな。著作を拝読したよ」
ユーモアの類かと判断して突っ込んだのだが違ったか? なにやら動揺してその鈍色の髪を弄っている。
「それは光栄だわ、ミスター……」
「マイダス・マンだ」
軽く握手を交わしたあと、着席する。
注文を取りに来たフロア係には珈琲を頼んでおいた。
「あなたこそ凄い名前ね。失礼ながらご本名なのかしら?」
マンの姓は祖国である帝国でも一般的だが、マイダスというのは触れた物を純金に変える神の名だ。
「ああ、父親が商売人でね。酷いセンスだ」
「御父君のほうはさしずめ『リッチー・マン』さんかしら?」
「だったら良かったんだがな」
なかなかに頭の回転が速い人物のようだ。
その学者先生が、しがない鍵師に一体何の話があるのだろうか。
少なくとも鍵を隠した場所を忘れたなどいう間抜けな用件ではあるまい。
「あなたとても運がいいわね。ぜひ一度私とパーティを組んで欲しいの」
確かにこれほど美しいエルフと一緒に仕事が出来るのであれば、それは望外の幸運には違いない。
だがそれならば『組んであげてもよろしくてよ?』などと続いて欲しいところだ。
「ああごめんなさい、変な意味ではないの。あなたが『幸運』を発揮しているところを見せて欲しいだけなのよ」
誰に聞いた? いや、どこで知ったのだ? この加護が発現してから、誰にも一度として話したことはない。何せ話そうにも俺自身が理解できていないのだから。
いつものように、すっとぼけてしまうべきか。
だが数瞬の思索の後に思いとどまり、決断した。いまひとつ正体不明なこの加護の検証をしてもらうのも手だ。
そして、その最適任者のほうからそう申し出てくれているのだ。
念のため周囲を見回して、誰かが聞き耳を立てていないかを確認しようとすると、
「誰も聴いていないわよ?」
グレーの瞳をちらとも動かさずに断言する。
その根拠を訝ると、
「魔力検知には自信があるの」
会話の聞こえる範囲内に他の客はいないし、不審な術式反応もないと。
「その技能で俺の加護のことも検知できたのか?」
「ああ、やっぱりスキルなのね。素晴らしいわ!」
カマかけてやがった。
全て話すつもりだったので問題はないのだが、してやられた感は拭えない。
「実はそれが加護かどうかは判らないのだがな」
負け惜しみに僅かばかりの抵抗を試みるが、
「それならば尚のこと調べさせていただきたいわ。それで私があなたの『幸運』を発見した理由なのだけど……」
まるで堪えなかったようだ。
魔石には二種類の価値基準がある。サイズが大きくて魔力出力も大きいもの。これは強力な魔物を倒せば得られる。
サイズは大きくなくとも、純度が高く魔力出力の安定したもの。これは法則性が不明で、狙って得られるものではなく、『幸運』としか言いようがないらしい。
彼女が所属する王立魔道研究所では後者を大量に探索代理店から仕入れるそうだが、実験環境側の魔力出力が揺らいだのではまともなデータが取れないのは当然だ。そして近年、妙に潤沢に供給されるようになった純度の高い魔石の出処を辿って俺に目星を付けたというわけか。
「つまり探索代理店が俺をあんたに売ったと。俺は一晩幾らで買われたんだ?」
俺はベテランといっていい年季の冒険者なのでエージェントという言い方には違和感があるほうだ。
「残念ながら値はつかなかったようね。代理店は大口顧客に商品追跡性をアピールしたかったんじゃないかしら」
「俺の個人情報など無料の販促品か」
確かに出戻りの俺などにギルドが気を使う理由もない。
「それでスキルのほうなんだけど、意図的に運を上げるということで合ってるのかしら?」
「ああまあ、そうだな。引きを強くする、狙ったものを当てる、といったイメージだ」
「例えばコインを十回投げて……」
俺は軽く手を上げて制止した。
「いや、そういう1024分の1をどこまで増やすかといった感じじゃあないな。俺の場合は『出る』か『出ない』かのどちらかだ」
「まさか項目が2つなのだから2分の1になるとでも? そういう概念もなくはないでしょうけど……」
世の中の全てが二つに一つと割り切れるなら占い師も仕事が楽でいい。
「それとも違う。8:2だ。体感だが最大8割ほどまで『引き』を強めることが出来る」
「8割ってとんでもないわね。イカサマ無しで儲け放題じゃないかしら」
順当に考えればまずその方面だろう。学者先生でも例外ではないらしい。
「誰が俺と賭けをする?」
知人友人相手の賭けに加護は使えない。人間関係を切り売りするだけだ。
「賭場では駄目なの?」
「ああいうところはイカサマかどうかなんて関係ない。勝ち過ぎる奴は問答無用で簀巻きにしてマクマスター湖に放り込む。そういうところだ」
学者女史には無縁の場所だろう。
「カジノや騎竜レースではどうかしら」
「さすがに簀巻きはないが、怪しまれて調査員を送り込まれたことがある。留守中に俺の塒を漁っていやがったから、話し合いをして引き取ってもらったが」
「話し合いね」
「ああまあ、俺が一方的に話しただけだったかもな」
格好をつけ過ぎたのか、ニヤニヤと笑われてしまった。
「それにああいうところは、胴元が3割ほど抜いていくから効率が悪い」
賭場のほうは入場料を少し取るだけなので良心的だ。
別の方法でしっかり収益を上げるから問題ないのだ。
「基本技は『仕込み客』あたりだな」
「奥義技が『簀巻き』というわけね」
彼女はふと気付いたように続ける。
「今、効率って言ったわ。無制限にスキル使い放題というわけではないのね」
さすがに鋭い。
ここからが俺の相談したかった本題なのだ。
「ああ。加護を行使した翌朝あたりに、結構な確率で食中りを起こす。強く大きく引くほど症状は重くなるな」
彼女は一旦あっけにとられた表情を見せた後、唐突に笑い出した。
「あっははっ!そんな愉快な反動ってあるの!?」
俺は全然愉快じゃないのだが。
腹痛でルー《トイレ》に篭るとき、人は誰しも赦しを請うて敬虔な信仰者になるというのに、自分の番でないとなるとこうだ。
「加護や神聖魔法は、神の恩寵だからこそ体内魔力を消費しない、無償の力と言われているのだろう? 『食中り』が対価なのか罰なのかは知らんが、そんなものを要求する神がいるか?」
「スキルや神聖魔法に神のような存在の関与は立証されていないけど……」
そこには一家言あるらしいが、話を脱線させるのは堪えたようだ。
「そうね、魔力と精霊以外の何かを消耗する術式なんて聞いたことないわ。それは精神的な苦痛だとか幻痛でなく、本物の食中りなのかしら?」
「ああ、飯を食わなければ発症確率が下がるし、治癒ポーションではなく解毒ポーションが効く」
「つまり解毒費用と勝ち額の兼ね合いが効率というわけね」
「解毒ポーションはいい値段する上、あれを常飲するのはちょっとな」
少しでも飲みやすい解毒ポーションを求めて、不信心な俺が王都中の薬院や教会を巡った程にキツい酸味を含むのだ。
「解毒のほうは私がいくらでも提供するから、是非スキルを行使している瞬間を見せていただきたいわ」
「あまり毒が抜けすぎるとモテなくなるんだがな」
「私の叔母でよければ紹介するわよ」
学者として実績のある彼女よりさらに上の世代のエルフとなると、下手をすると俺の八代前の祖先くらいの歳じゃないのか?
「光栄だ。そこでパーティを組むって話に戻るわけだな」
「叔母の話はもういいのかしら」
とりあえず南の森で適当に何かを狩って、魔石を抜いて見せるだけでいいらしい。
一度魔物狩りを行うためだけにパーティを組む必要もないのだが、初対面の探索者同士はトラブル防止のために、臨時のパーティ編成届けを提出して探索代理店が把握可能な関係性を築くことが推奨されている。特に今回は代理店の骨折りで俺の情報を得たわけだから、体裁を整えておきたいということだ。
王都を南西に一日ほど歩いたところにある、通称『南の森』には、さまざまな魔物が生息している。
「どのあたりの魔物がいい?」
「そうね、ボア系よりは大物がいいわ」
となると今の俺一人では心許ない。戦闘職の前衛が必要になる。
「攻撃役はどうする?」
「私がやるわ。魔法を使えるもの」
「何魔法が使えるんだ?」
「全部よ」
一瞬思考停止してしまった。全部、と言ったのか?
「四属性すべてに適性があるということなのか?」
火水と風土の属性は対極だからそれらに対する適性は同居できないと言われている。つまり一人に発現する属性適性は最多でも二属性までなのだ。
「まさか。適性は一つもないわ。でも精霊言語を全部解析したから属性魔法は全部使えるの」
俺はまた思考停止してしまった。
「もしかして、その解析された精霊言語とやらを学べば誰でも四属性を使えるようになるのか?」
そうだとしたらとんでもないことだ。魔術師も魔道具師も仕事を失い、街中のケンカですら爆炎魔法が飛び交うかもしれない。
だが彼女の反応は鈍かった。
「そうね言語に例えるなら、話すのは出来ても聞くのが難しい、といったところかしら」
精霊言語とは言っても別に言語というわけではない。魔法の入門書には『精霊の声を聴け』などと書かれているが、声などしないし、言葉も発しない。
精霊というのは人間の口から発せられるお祈りや詠唱の類を聞いてくれるような神的な存在ではないらしい。もっとも神ならばそれを聞いてくれるのかというと疑問だが。
そんな精霊に望んだ魔導効果を引き起こしてもらうためには、状況に応じた魔力操作を行って誘導してやる必要がある。その魔力操作の手順や法則を精霊言語と呼んでいるのだ。
属性に対する適性がある者は、その精霊の挙動を感覚的に把握できるらしい。
一方で彼女のほうは、精霊によって操作された魔力の貌から精霊の挙を推定していると言う。
「描画が見えているのだから、画家の姿を見ることができなくてもどうということはないわ」
そこまではっきりわかるものなのか。
とにかく彼女は魔力の貌と、精霊の挙の紐付けを片っ端から行い、全属性に対してのそれを完成させたそうだ。
「高い魔力検知能力が必要ということか。どのぐらい要るんだ?」
「さあ、少なくとも私より鋭敏な人に出会ったことはないわ」
となると二属性適性者よりもさらに希少な存在となるはずだ。誰でも四属性を使えるようになる都合の良い裏技などとはむしろ正反対とも言える方法論なのだろう。
「そういえばさっき、魔法は全部使える、と言ったが」
「ええ、神聖魔法も使えるわ。並の牧師くらいのレベルかしらね」
「まさか、神の言語も解析したとか言うんじゃあないだろうな」
「ふふっ、それも面白そうね。ご期待に添えなくて申し訳ないけど、とても敬虔な家庭で育ったからというだけよ。成人するときに還俗脱会しちゃったけど」
還俗はともかく脱会というのはあまり聞かない行為だ。神聖教以外の宗教に排他的に帰依するというような事情でもない限り、わざわざする必要もないことだからだ。
だが神聖魔法は教会籍がなくても使えるものとは知らなかった。彼女が言うには、神聖魔法には教会籍はもちろん修士籍や位階も無関係で、高位の聖職者のほうが強い魔法が使えると言われるのも、魔法が上手くないと出世しにくいというだけのことらしい。
「還俗したのは粗食では背が伸びないと気付いたからか?」
「気付いたときはもう遅かったわ」
エルフ系は華奢な体躯をした者が多いが、彼女はそれに加えて上背もない。
だが本当の理由など聞くまでもない。
「あの人たち科学なんて俗人のやるものだなんて言うのよ? だからその教えに従って還俗しただけ。信心深いでしょう?」
彼女は空になったティーカップを弄んでいる。そのあたりの話題については何か思うところがあるのだろう。
その修女を思わせるような黒いワンピース姿にも何か意味があるのかもしれない。
「それにしても神の言語というのは興味深いわね。『真言学』という学問もあるけど、あれは『神様がこんなことを言ってたら自分達に都合がいい』みたいな妄想を語り合う座談会みたいなものなの。科学には程遠いわ」
「希望に満ちた学問だな」
「ええ、希望的観測で溢れ返っているわね」
教会や神学方面に対して妙に否定的なところがあるが、厳しかった実家に対する反発のようなものだろうか。
「神聖魔法の『解毒』も使えるから、私と行動するならスキルも気兼ねなく使えるわね」
「司祭と組んで荒稼ぎするという罰当たりな発想はなかったからな」
「ねえ、今までで一番大きく『引いた』お宝ってどんなのかしら?」
「そうだな、やはり勇者の聖剣だろうな」
子供の戯言を微笑ましく愛でるような視線を送られているのだが。
「本物のオリジナル聖剣だぞ?」
「オリジナルって、初代勇者の?」
「ああ」
「聖遺物が封じ込められていると言う?」
「ああ」
「あれは外見も詳細も失伝してるはずだけど、誰がどうやって鑑定したのかしら?」
「なんせ、あれを沈没船から引き上げた後、10日ほど腹痛でのた打ち回ったからな。本物でないはずがない」
「あははっ! 随分ユニークな鑑定方法があったものね!」
まあ普通は信じないだろうな。だが80万$で売れたアミュレットを引いたときでも2日で回復したのだ。
「それで、その聖剣とやらはいくらで売れたのかしら?」
「いや、まだ手許に残してあるが」
どうも話のオチに納得がいかないような表情を向けている。現物があったら逆に与太話として成立しないだろうに、とでも言いたげだ。
「これでも十代の頃は人並みに勇者や剣聖に憧れていたんだ。今でもC級剣士並には振れるはずだが」
「C級って微妙なところね。それがどうして鍵師に?」
「お宝対面だって冒険者の浪漫だろう?」
しかし初対面の相手にここまで自分のことを話すとは。俺がこの聡明な魔道学者女史を気に入ってしまったのか、あるいはそう仕向ける彼女の話術なのか。
「ところでだが、探索者登録はしているのか? 獲物が見つからない場合は魔窟まで足を延ばすことになるかもしれん」
「ええ、でも探索者登録は先日したばかりだから、探索実績がないのよ」
探索者としての活動実態がないと魔窟進入の許可は下りない。俺はソロでも魔窟に入れるが、パーティとなると全員に実績が必要なのだ。
「街中で受けられる仕事で一件こなしてしまおう。あてがあるから、指名依頼を出してもらえるよう今夜中に話をつけておく。今日はパーティの届出だけしておくか」
探索代理店で用紙に記入する段になってやっと知らされたのだが、
「あんた、いきなりA級魔術師で登録されてたのか!」
「大口顧客だから色をつけてくれたのかしらね?」
実力主義を以って鳴る探索代理店でそんなわけがあるか。




