エルフ、襲来(1)
魔道研究所を早めに退勤し、魔道具工房を二軒ほど巡った後にその『ファクトリーテック』なる工房に行ってみることにした。
魔道具師達が口を揃えて『そういう面倒なやつはセイトに頼むといい』と言うからだ。
そこは魔道具師や鍛冶師向けの工具類製造の他に、普通の工房では手に余る注文を引き受けてくれる駆け込み寺のようなところらしい。
工房街の外れの、やや閑静な区域にそれはあった。
扉の前に立つと、中からはホゲっホゲっと奇声が聞こえてくる。
大丈夫だろうか、この工房。
扉には『御用の方は押してください』というボタンが設置されている。
これを押してみると、中で鈴の音が鳴るのが聞こえた。
流石は魔道具師、凝った仕組みのドアノッカーといったところか。
一息置いて『どちらさまでしょう?』と声がする。
伝声管にしては声色がおかしい。
「余所の魔道具工房に紹介されてきたのだけれど」
『そんな大声じゃなくて大丈夫ですよ。少々お待ちください』
とドアが開いた。
黒髪以外はこれといって特徴の薄い、エルフ系の青年だ。
「はじめまして、私はエリザベス・ウォルファーズ。魔道学者よ」
「いらっしゃいませ。セイト・シイナです」
「聖人で罪人って、前世はどんなのだったのでしょうね?」
「普通に鉄工の仕事をしてただけなんですけどね……」
素で返されてしまった。
「入り口のあれはなんなの?」
「魔導線で音声を伝える装置の試作機ですよ。インターフォンと呼んでいます」
魔道具は専門外ではあるけれど、魔道に関することは何でも押さえておこうとは考えている。
「どういう仕組みなのかお伺いしても?」
「ええ。まず音声というのは空気の振動ですよね?」
その振動が魔導線の繋がれた極薄の金属板に当たり、金属板は魔石から接続されたもう一方の金属板に対して触れるか触れないかの距離で振動する。
波状の魔力は魔導体を伝わるほどではないにせよ、空間を飛ぶ性質もある。
わずかな隙間であれば、その距離に応じて少しは魔力が流れる。
その魔力波形は魔導線を伝わった先に設置された送風魔導紋によって空気の振動に戻される。
魔導体同士を完全にショートさせると普通に風が出るので、それで風鈴を鳴らす。
「始めは魔力波形を物理振動に戻す仕組みが要るかと思ったのですが、ブロワーで直接いけると判りましてね」
「ええ、魔導紋というものは概念的な動作をするから、理論上は遅延や損失が皆無と言われてるのだけど」
微細な送風を行うことで音波を発生させることも可能かもしれない。でもそれをこのように利用するなど考えた者はいるだろうか。
「どのくらいの距離まで伝えられるのかしら?」
「1000ヤードあたりまでは試してみました。あとは魔石を使ったリピーターを噛ませばいくらでも」
「ものすごい発明じゃない!」
「まだまだですよ。今は音声を記録する機械を実験していますからね」
満更ではない表情をしている。
そしてそっちについても説明したい、聞いて欲しいという気持ちが顔に出てしまっている。
「……見ます?」
ああ、自分から言ってしまったか。
青年は銀板を取り出す。
「音を魔力波形に変換する部分は同じです。出力は風ではなく土属性の斥力魔導紋を使います」
土魔法には触れた土塊をはじき飛ばすことで農耕を補助するような魔法がある。
通常は鍬や農耕牛馬用の鋤に魔導紋として装備されるのだけれども。
「魔力に応じてこの超硬金属針を横方向にはじくことで、銀板に傷をつけるんですよ」
見慣れぬ機械に板を設置してハンドルを回すと、銀板がするするとスライドしていく。
そして
「hoge!hoge!fuga!」と奇声を発する。
ああ、まさにこの魔道具を試していたのか。
別種の針をその傷とやらに乗せてハンドルを回すと、備えられたラッパの部分から、拙い音質ながらも『hoge!hoge!fuga!』と聞こえてくるではないか。
私は唸ってしまった。
自称発明家という者はたまにいるけれど、一人の例外もなく益体のないものばかり作って自己満足している変人ばかりなのに。
しかし目の前のニコニコとご満悦なこの青年は、掛け値なし正真正銘の本物だ。
「ところでhogeとかfugaって何なのかしら? その言葉じゃないと駄目なの?」
青年のテンションは急に下がり、憮然とした表情になってしまった。
「さぁ。こういうときはこの語を使うしきたりになっているとしか……」
◆
「それで、私が依頼したい物なんだけど……」
私は自身の魔力検知能力に飽かせて研究を進めてしまう。
しかし当然ながらこれでは論文にする段になって大きな壁にぶつかることになる。
『私が魔力を感じているんだから間違いない』などというのは論理でも何でもないのだから。
「魔力計測器ですか?」
「魔力検知が出来ない人にもはっきりした形で伝わるような道具が出来ないかしら。目前で行使されている術がどのくらいの大きさなのかが示せればいいのだけれど」
例えば術式から漏れる微量の魔力で動作する魔導紋で針を振らせるようなことが出来ないか。
「特殊な魔導紋が必要なら、私がなんとかするわ」
私は魔導紋の研究もするけれど、その先に繋げる機械の部分には疎い。
「うーん」
この案はどうもセイトにはしっくり来ないらしい。
「もちろん空間魔力の高い場所では誤動作しないように、閾値を調整できる機能は必要だと思うけれど」
「うーん。魔力が皆に見えればいいんですよね?」
「ええ」
「魔力が可視光になればいいんですよね?」
「……あっ!」
魔道具と言えば魔導紋としか考えていなかった。
微小な動作をさせることばかり考えていた。
わざわざ術式を発動させる必要はなかった。
魔石灯の至近で術式を発動しても光るわけではないという時点で、いの一番に除外してしまっていたのかもしれない。
「魔石灯はスイッチを切ったり魔石を抜いたりすれば回路が浮いてしまいますし、魔導抵抗が噛んでいるので術式のおこぼれ程度の魔力では光らないですね」
でも抵抗が極少の高純度の魔銀塊でも、術式発動中の術者にくっつけるほどでなければ光らない。
「ああ、実はそれは逆なんですよ。塊であるほど、光らせるには多量の魔力が要るんです」
彼は説明する。
魔石灯の光源部分が、なぜ極細の巻き線になっているのか。
なるべく体積を減らして、しかも表面積を稼ぐためだと言う。
棚から魔銀の欠片を持って来て、謎の術を発動する。
「……何なのそれ」
「金属に特化した土魔法なんですよ」
確かに土精霊に特有の魔導反応はあるけど、それ以外の何かも感じる。
彼はお構いなしに続ける。
「表面積を極大にするにはこうです」
見た事もないくらいに微細な粒子がそこにあった。
「これでも大して光りません。では小さい光でも目に留まるようにするには?」
そう言って砂状の硝子を用意する。
「被観測者側に近付けるのもいろいろ制限があるでしょうからね、いっそ観測者側にぴったりくっつけちゃいます」
あっという間に魔銀粉を混ぜ込んだ硝子で眼鏡を作り上げ、自身の手から発せられる魔力で動作確認をしている。
「あくまでも光源は眼鏡側なので、離れた魔力源を見ると全面がぼんやり光る感じになりますが、針を振らせるより不便と言うことはなさそうですね」
魔力を込めた指を近付けたり離したりしている。
「意外と周囲の明るさに影響されるなあ。濃さ別で何種類か作っ、いや銀の濃さが違って見えるよう板の角度を変える蝶番を」
もう改良作業に取り掛かっている。
「いや視界中心部だけに銀を集めるのも手か」
一体なんなのだ、彼は。
私がずっと悩んでいたことが、みるみるうちに解決されて行く。
それとなく聞いてみると、彼はやっと40歳を迎えたところだと言う。
「成人もしていない子だなんて……」
「へっ?」
周囲にエルフのいない環境で育ったと言う彼は、そのあたりのことに驚くほど無知だった。
エルフ社会では一般に50歳で成人とされている。
これは一人前の仕事が出来て然るべき社会的な成人という意味も含むのだけれども、彼はどうだ。
神童も成人すれば云々と言うけれど、既に世界最高峰と言える域に達してしまっているではないか。
「道理で頭脳がガキな感じだと思った……。妙にテンション高いし……」
ちょっと理解しがたいようなことを彼は呟いていた。
◆
100年の後に、近代魔導文明の父母と称えられることになる二人の邂逅である。




