「王子を寄越せ」「どうぞどうぞ」〜聖女は不用品を回収させる〜
ある日の放課後、私は取り囲まれていた。
複数の貴族令嬢に。
大事な話があると学園の中庭に呼び出されたから来てみれば
「貴女!最近随分、王子と仲がよろしいようね?」
一人の令嬢が、巻き毛の金髪を指でクルクルいじりながら流し目で口火を切った。
いったいどんな困り事かと呼び出しに応じたのに、王子との仲?
「誤解です」
手短に答えた。
『相手の時間を奪ってはならない』
聖女の鉄則だ。受け答えは短く。用件は重要なものに限る。それが聖女界隈の常識だ。
「嘘おっしゃい!知ってるのよ!?貴女がこの前の休みの日に殿下と一緒に居たこと!」
今度は水色の髪の令嬢が扇子を私に突きつけてきた。誤解だって言ってるのに。
たとえ一緒に居たって、仲がいいという事にはならない。先日の事を思い出して、思わず眉がきゅっと寄る。
「……あれはあちらが勝手にーー」
「なんですって!?王子が貴女みたいな小娘にわざわざ構うわけがないでしょう!」
そうだったら良かったのに。来るなと言っているのに押しかけて来るのだあの人は。立場上力づくで排除できないから、本当に迷惑している。
でも、なんなんだろうこの人達。ただの野次馬だったらキレよう。
「それで殿下が私に会いに来たとして、貴女方に何の関係が?」
「私っ…私は…ずっと殿下をお慕いして…」
金髪令嬢が、なんだか急に顔を赤くしてもじもじし始めた。……要するに、王子とくっつきたいってことか。物好きな。
でも、そういう事なら都合がいい。
「それならどうぞ、さっさとモノにしちゃってください。何度も来るなと言ってるのに危険な現場に押しかけて来ては邪魔をする、あんな周りの見えてない人私は要りませんので」
「え…?」
金髪令嬢は、ぽかんと口を開けた。
羽虫が入りますよ?
聖女は忙しいのだ。
聖女の義務で学園に通わなければならないけど、聖女の仕事は待っちゃくれない。伝承の大聖女とやらが現れてこの界全体を浄化しない限り、魔物は湧き続けるから。雑魚はともかく強い魔物を倒すには、聖女の神聖闘術がないと死人が出る。
だから学園が休みの日には毎回地方へ討伐に出かけているし、近場の魔物は放課後にちゃちゃっと殺っている。
丸一日休めた日なんて、もう記憶に……。
そんな風に私が休み無しで働いている仕事の現場に呑気にお供を連れて現れては、愛だの恋だの君の瞳はだの愚にもつかない腐れポエムを撒き散らすのだ、あの王子は。うんざりだ。腐っても王子に怪我をさせる訳にはいかないから、余計な手間もかかるし気も使うってのに。オマケに討伐仲間には無駄に冷やかされるし!
「あの王子は、聖女の激務舐めてるんですかね?舐めてるんでしょうね!腹立たしいっ」
日頃の鬱憤を吐き捨てる。
私だってたっぷり眠りたいし、たまにはゆっくり休みたいし、甘いもの食べてのんびりだってしたいのに!可愛い小物とかのショッピングだってしたいのに!そういうの全部我慢して、頑張ってるのに!
「あの……」
「で、それならあのお荷物を引き取る算段は、もうついてるんでしょうね!?」
ぼんやり戸惑う令嬢を、怒りに任せて睨みつけた。この令嬢もこの令嬢だ。こんなピントのズレた文句を言う為にわざわざ聖女を呼びつけるとは、どういう神経をしているのだ。今日だって私は、この後お仕事なのに!ご令嬢方には、放課後の予定なんてお茶会くらいしか無いかもしれないけど!
「「「ひっ!」」」
令嬢方が固まった。
しまった。苛立ちとほんの少しの羨ましさから、聖女の『威圧』を使ってしまった。人に向けてはいけないと言われているのに。バレたらシスターに怒られる。それはもうキツく。
慌てて威圧を解くと、金髪令嬢がおずおずと口を開いた。
「その…それはまだ……これから…」
その答えに、解いた威圧が復活しかける。
「はぁー!?どんだけ段取り悪いんですか!わざわざ人を呼び出しといて、用件はあんなゴミクズの身柄の話。おまけにノープランとかっ!あーもーっ!」
ガシガシと長い銀髪をかきむしる。
とりあえず、二度とこんなつまらない事に時間を使わされないように釘を刺さなきゃ。
「私の返事は「是非どうぞ!」なので二度と、こんなくだらない事で呼び出したりしないでくださいねっ!」
「えっ…えっ…?」
「いいですねっ!!?」
「ひゃい!!」
シスター直伝の命令は、命令される事に慣れきった騎士や兵士だけでなく令嬢にも効いた。
「結構。因みに貴女の顔、覚えましたから。もし今後も王子が私につきまとうようなことがあればシメますよ!?」
勢いついでに王子に関する責任も押しつける。……これは後押しだ。激励だ。脅しとかそういうのじゃない。っていうか第三者をわざわざ呼び出して文句言うほど好きなら頑張れ。
「えっ?シメ…?えっ?何っ」
「返事!」
「ひゃいっ!!!!!」
「宜しい。頼みましたよ!!」
「う、承りました聖女様っ!!!」
ピシっと背筋を伸ばす金髪令嬢と他二名。
よし。これで今後王子の邪魔が入らなくなるなら、悪い時間の使い方ではなかったはずだ。
魔物狩り専門聖女に暇などない。
一応の結果らしきものを出せたことに満足して、私は今日の現場へと急いで向かった。