99:その日の夜のこと
「ったく、お前はなんでいつもいつも考えるより先に突っ走る! この馬鹿っ! おたんこなす!」
「ご、ごめんなさい……」
その日の夜、エレナとサラマンダーは自室で今日の反省会を行っていた。反省会が始まるなり、エレナはサラマンダーの前で正座をし、こっ酷く叱られる。サラマンダーはどうやらジャックとリュカとの決闘にエレナが飛び出したことを怒っているようだ。
「もしお前に傷一つでもついたら、俺が兄上にとやかく言われるんだぞ! あまり俺の傍を離れんじゃねぇ! 守れねぇだろうが!」
「!」
サラマンダーの言葉にエレナはにんまりと笑みを浮かべる。そんな彼女にサラマンダーは「なんだよ」と仏頂面で尋ねた。
「いや、出会った時と随分変わったなって思ってさ。私のサラマンダーへの第一印象は最悪なものだったから」
「っ! ……その話は、しない約束だろ……」
サラマンダーは気まずそうに言葉を噛みしめる。エレナはそんな彼にクスクス笑った。楽しそうなエレナの様子にサラマンダーも何も言えない。そして彼は気付いた。今のエレナが通常よりもどこか色気があるということに。何故なら彼女はつい先程身体を清めたばかりなのだから。若干濡れている金髪をエレナは丁寧に布で拭いていく。そんなエレナの仕草にサラマンダーは頬が熱くなった。
「──っ、で、では、今の状況を整理するぞ。とりあえずベルフェゴールがこの学園のどこに潜んでるか分からん。人に憑りつくなり、どこかに身を潜めているなりしているんだろうがな。尤も不気味なのはどうしてヤツがこのちっぽけな学校に目をつけたのかという点だ。メリットがあると思えねぇ」
「…………、」
そこでエレナはふとベルゼブブを思い出した。城に置く代わりにとエレナは彼にセロについての情報を聞き出したことがあった。そしてその際にベルゼブブはセロが大陸中から魔力を集めていることを教えてくれたのだ。どうやらセロが果てしなく大きな何か“悪いこと”を考えていて、その実行には大量の魔力が要るらしい。リリィに手を出したのも膨大な魔力を持つ彼を魔力リソースにしようとしたからだという。
……それならば。
「この学校は、親に必要とされていない子供達が預けられているんだよね? もしかしたら、ベルフェゴールはここの生徒達をセロへの生贄にしようと考えているのかもしれない。もし子供達が消えても……」
──それに対して怒りの声を上げる親はいないから。
エレナはその言葉を言えなかった。しかしサラマンダーには伝わったようだ。サラマンダーの両眉が寄せ合う。
「……そうだとしても、ただの人間には魔力はねぇし、生徒を自殺させた意図がどうにも見えてこないな」
沈黙。謎だらけの現状に二人は黙った。サラマンダーが息を吐いて、立ち上がる。そしてエレナに背を向けた。
「今はこれ以上話しても無駄か。今日はもう寝るぞ。明日、あのリュカとかいうやつに色々と付き合わされそうだしな」
「うん……」
エレナは自分のベッドに寝転ぶ。エレナとサラマンダーのベッドの間には木製の仕切りが設置されており、サラマンダーの様子は見えてこない。サラマンダーが部屋の明かりを消す。静かな二人の夜の空間。エレナはなんとなく寝れなくて、仕切りの向こうにいるサラマンダーを見つめ続けた。
「サラマンダー」
「……なんだ」
「ずっと思ってたんだけど、サラマンダーって身体強化魔法が得意なの?」
「──、……。どうしてそう思う」
「今思い出すとサラマンダー、戦闘時はいつも拳で戦っているし、サラさんと対立した時だって凄い動きだったし……今日だって体格のいいジャックを力でねじ伏せてた。貴方の力は常人並みじゃない。勇者の加護の作用かと思ったんだけど、ノームもウィン様もサラマンダーほど顕著に怪力というわけでもないし……。それに身体強化魔法と炎魔法を同時に使用しているなんて、よく考えたらあり得ないなって思ってさ」
「…………」
「もしかして、貴方の魔力消費の激しいっていう体質に関わってるの?」
サラマンダーは何も言わなかった。エレナは唇をきゅっと結ぶ。せっかく友人になれたというのにまだまだ自分がサラマンダーの事を理解できていないことを実感し、寂しくなったのだ。
「ごめんね。教えたくないこともあるよね。でももし何かあったら、私は必ず貴方の力になるからね。だって私は貴方の友達だもん。……おやすみ、サラマンダー」
「…………、」
しばらくして、エレナの寝息が聞こえてくるとサラマンダーは半身を起こした。髪をがしがしと掻き毟ると、木製の仕切りを睨みつける。その向こうには無防備に眠る金髪の少女がいるのだろう。サラマンダーは自分の胸を抑え、その鼓動を確かめる。ドクンドクンと、いつもより速いソレに舌打ちが漏れた。
「……知らなくていいんだよ、んなこと。俺の罪を、お前に、お前にだけは、知ってほしくねぇんだ」
──俺が、他人を見殺しにしたことで生き延びた男だと知ったら、きっとどんなに優しいお前や兄上でも、俺を軽蔑するに決まっている。
──だから知ろうとしないでくれ。何も知らないまま、俺の傍にいてくれよ。
サラマンダーは仕切りの向こうにいる少女へ手を伸ばしたくなるのをなんとか抑え込み、ベッドに沈んだ。そうして熱っぽいため息を溢すと、エレナとノームの笑顔を瞼の裏で思い出しながら、意識の海へ徐々に溺れていったのだった……。
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