75:リリィの秘密
──その夜、事件は起こった。
「リリィ、身体綺麗にしようね」
「……?」
お腹いっぱい夕飯を食べたエレナとリリィはエレナの部屋へ向かった。エレナは用意されていた布を床に敷くと、バルコニーで乾かしていた風呂桶を抱えてくる。その後、水属性のエルフにその桶に水を貯めてもらえれば簡易風呂場の完成だ。エレナは大体いつも窓を解放し、こうして私室で身体を清める。というのも、テネブリス城には浴場はあるものの、城の従者達が多いため窮屈だからだ。城の浴場に行くのは城の女性陣に誘われた場合のみなのである。
そしてエレナはリリィの身に纏っていた布を脱がそうとする。しかしリリィはそれを嫌がった。
「じゃあリリィ、自分でこの服脱げるかな? ほら、リリィの身体ちょっと土っぽい匂いするよ。気持ち悪くない? 服だってせっかく綺麗な白なのに、裾のところだけ汚れてる。お城のラミアさんに頼んだらもっと綺麗にしてくれるよ?」
「!」
リリィ自身も服の裾の汚れは気になっていたのか、エレナの言葉にピクリと反応する。そして恐る恐る服を脱ぎ始めた。しかし上手く脱げないようだ。エレナはそっと服の裾を握って一気に服を捲って脱がせることにした。
そして──
「──えっ……?」
唖然。その一言に尽きる。
裸になったリリィが屈んでいるエレナをキョトンと見下ろしている。エレナの視線はとある一点に注がれていた。ルーが「きゅーう!!!!」と慌ててエレナの顔面に張り付き、視界を塞いだが──時すでに遅し。
エレナは見てしまったのだ。純粋無垢そうな彼女──否、彼に秘められた、凶器を……!!
思わず悲鳴を上げるエレナ。数秒後、魔王とアムドゥキアスが物凄い形相でエレナの部屋に駆け込んできたが……そこにはルーを顔面に張り付けたまま気絶したエレナと、そんなエレナに戸惑う裸のリリィ(※凶器付)というとんでもない光景が広がっていたという……。
***
「いや、まさかリリィが、リリィが、あ、あっ、あ、あんな恐ろしいものを持っていたなんて──!!」
──翌日、エレナは顔を真っ赤にして身体を震わせながらそう語った。それを聞かされたノームとサラマンダーはどういう顔をしていいのか分からない。二人で顔を見合わせた後、レイと遊ぶリリィに視線を向ける。そのヒラヒラした純白に包まれた彼に秘められた凶器を想像し──兄弟同時にゴクリと唾を飲み込んだ。
「あー、つまりその、リリィは妹ではなく……弟だったということか?」
ノームの問いにエレナは頷く。ドリアードはそれを聞いて何かを考えるような仕草をした。するとそこでリリィがエレナの服を引っ張る。どうやらレイの背中を滑り台にして遊んでいたところ、手の平にかすり傷が出来たようだ。期待するような瞳と怪我した手の平をエレナに向けていた。エレナは「はいはい」と言うと、彼に治癒魔法をかけてやる。リリィの顔がふにゃりと綻んだ。
「なんだ? なんだか凄く嬉しそうだな」
「うん。今朝階段で転んだリリィを治してあげて以来、やけにおねだりするようになっちゃったの。よくわからないけどリリィには治癒魔法が心地いいみたい。でもリリィ、わざと怪我したらメッだよ」
「……♪」
ふにゃあと脱力し、エレナの胸に顔を埋めるリリィ。エレナはご機嫌な可愛い弟についデレデレしてしまう。ノームとサラマンダーはそんなやりとりに我慢できずに思わず立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待てエレナ! そ、そいつは一応、男なんだろう!?」
「うん? だからそう言ってるじゃん」
「いや、じゃなくてだな……その、胸とか……あんまり触らせない方がいいのではないかというか、ずるいというか……」
そうごにょごにょと目を泳がせるノームにエレナは不思議そうな表情を浮かべる。その隙にサラマンダーがリリィの身体をひっつかんで素早くエレナから引き離した。
「オラ、この俺が遊んでやるから光栄に思うんだなリリィちゃんよぉ……?」
「っ!」
オーガのように恐ろしい表情のサラマンダーにリリィは思わず原っぱを駆ける。サラマンダーがそんなリリィを追いかけまわした。サラマンダーの意外に面倒見のいい一面(実は別の感情も含まれているのだが、エレナの知るところではない)にエレナはにっこりだ。
「──もしかしたらリリィは神に関わっているのかもしれぬな」
ずっと黙っていたドリアードがようやく口を開く。どういうことかとノームが尋ねれば、ドリアードは己の推測を語った。
「リリィの魔力回路を透視してみたのだが、あやつは魔王殿と同等……いや、それ以上の力を保有しているかもしれない。純粋無垢な見た目だが魔力回路はそれほど未知数の化け物だ。それにあの中性的な容姿もただの人間とは思えないだろう。中性や両性というのは神のみ許された特権だしな。また、我が引っかかったのはエレナの魔力を好いている、という点よ」
「……つまり?」
「前に話したであろう。エレナに治癒の魔力回路が備わっているのはデウスや大天使の他に存在しているだろうどこぞの神の加護が宿っているからだと。つまりその神がリリィの関係者であるが故にリリィは無意識にエレナの魔力を好むのでは、と我は推測している」
ドリアードの推測は十分あり得ることだろう。そういえばエレナは悪魔サタンが種の姿であるリリィを見た時、怯えたような表情を浮かべたことを思い出した。彼自身、「リリィが苦手」だと公言していたが……リリィが神の関係者であるならば、天敵の悪魔が苦手とするのも頷ける。
しかしそこでどうしてリリィはエレナが見つけた時に種であったのか、また神の関係者であるならば何故地上に存在しているのか、という疑問が浮かぶが──。
……と、そこまで考えたところで突然空の雲行きが怪しくなった。ぽつぽつと雫が降ってくる。その上、ゴロゴロと空が唸り始めた。これは大雨になりそうだ。エレナは立ち上がる。
「ノーム、サラマンダー! これじゃあグリフォンでシュトラールまで帰るのは危ないよ。すぐにテネブリスに戻ってパパに転移魔法で送ってもらおう」
「あぁ、ありがたくそうし──」
しかしそのノームの言葉は遮られた。何故なら──鋭い雷の咆哮が、大森林中に木魂したのだから。地面が微かに揺れた。ノームが反射的にエレナを守る様に抱きしめる。
「森のどこかに落ちたな。エレナ、念のためにと魔王殿の魔法陣を持っているな? それで皆を連れて城へ帰るといい」
「わ、分かった」
ドリアードの指示にエレナは鞄を漁ったが、サラマンダーの焦った叫びに思わずそちらを向いた。そこでは、どういうわけかリリィが倒れているではないか。リリィはサラマンダーの腕の中で顔を真っ青にして顔を歪めている。空に雷が走る度に大袈裟に身体をくねらせ、異常なほど痙攣していたのだった……。
エレナとレイナ、リリスとリリィ。ややこしい。




