73:桃色の少女
「サラマンダーっ!!」
「!」
意識を取り戻したサラマンダーの眼前にエレナの顔がいっぱいに広がる。それを認識したサラマンダーは頬が熱くなり、慌てて後ろへ下がった。
「え、な……ななな!? なんで、俺は、意識を……」
あぁそうか、とサラマンダーは意識を失う前の記憶を辿る。エレナが摩訶不思議な種を見つけ、それを咲かせる為に自分が魔力を使い過ぎてしまったことを思い出した。
「大丈夫? 無理させてごめん! ドリアードさんから聞いたよ。サラマンダーって他の勇者より魔力消費が激しい体質なんだって? 私の治癒魔法は大量の魔力を送り込むことで成り立つものだから、それで今貴方に魔力供給をしてみたんだけど……」
「!」
ドリアードを一瞥すると、「話を合わせろ」とアイコンタクトをする。サラマンダーはそんな彼女の気遣いに感謝しつつ、頷いた。
「──あぁ、まぁな。今までこの状態になればしばらくは動けないのだが……。お前のおかげでその必要はなさそうだ。助かったぞ、エレナ」
「っ! そう、よかった。これから辛くなったら私に言ってね。私で力になれるならいつだって魔力供給するから!」
エレナの優しい言葉にいちいち動揺してしまう。
……と、そこでサラマンダーはエレナの背後にいるノームがやけに不機嫌そうに自分を見ていることに気づいた。当たり前の反応か、と彼は思う。自分の恋人が他の男に優しくする場面など誰も見たくないに決まっている。そう思ったところでノームがサラマンダーの両肩を強く掴んだ。嫉妬した彼に怒鳴られる、とサラマンダーは身構えたが──
「──馬鹿者! 気を失う前に何故魔法を止めなかったんだサラマンダー! それに、余はお前が魔力消費の激しい体質であることも知らなかったんだぞ!? 余らは兄弟だろう! ちゃんとお前の身体のことは話しておけ!!」
「!!」
サラマンダーはキョトンとする。ノームはそんなサラマンダーにハッとすると、すぐに手を離した。そうして少し照れくさそうに目を逸らす。
「……コホン。余はお前の兄だ。だというのに余はお前に嫌われていると思い込んで、今まで兄らしいことはしてこなかった。しかし、その……これからは、兄としてお前に向き合っていきたいと思っている。だから今、心からお前を心配したから余は叱った。……駄目か?」
「…………、」
サラマンダーはその時、どこか胸がくすぐったくなった。どう反応していいのか分からず、エレナを見たが──彼女はそんなノームとサラマンダーをにっこり見守るだけだ。故に、彼女からのフォローは望めないだろう。
サラマンダーは考える。ノームは「今まで兄らしいことをしてこなかった」とは言うが、幼い彼を拒否したのは自分自身だ。それどころか己に持っていないものを持っている彼を嫌悪し、今まで虐げてきた。しかし、彼はそんなどうしようもない自分にもう一度向き合いたいと言ってくれた。サラマンダーはしばらく言葉が出なかったが、じんわり広がる心の温もりを感じながら──
「──べっ別に、そ、そうしたければ勝手にすればいいだろ……」
とだけ呟いた。それが素直になれないサラマンダーなりの精一杯の返事だ。ノームがそんな彼の意図を察し、目を輝かせる。そして勢いよくサラマンダーを抱きしめたのだ。
「サラマンダー!! ありがとう!!」
「っ!? お、おい! おい馬鹿兄上! ちょ、抱き付くな暑苦しい! エレナ、こいつを引きはがせ!」
「ふふ、二人が仲良くなってくれて心から嬉しいよ」
そう幸せそうに微笑むエレナにサラマンダーは何にも言えなくなる。このままではこの二人のほんわかペースに流されたままだと思い、話題を変えることにした。
「──おい、そ、それよりあの種はどうなったんだ!?」
「あっ、そうそう。無事にお花咲いたよ。ほら、後ろ見て」
エレナの言葉通りに振り向くと、確かにサラマンダーの背後に花が咲いていた。しかしそれはあまりにも──巨大すぎる。高さ三メートルはあるのではないだろうか。サラマンダーが口をポカンと開けていると、重みで垂れた巨大な桃色の花弁が動いていることに気づいた。エレナ曰く、先程から動き始めたという。
そして──そうしている間にも花弁がポコポコ凹凸を繰り返し──
「あっ、」
エレナの声と同時に、それが花開く。解放された花弁は重みの原因であった何かを落とすと、役割を終えた様に萎んでいった。白い綿のような花粉と細かな花びらが舞う。エレナがすぐさま地面に落ちたソレに駆け寄った。ルーが驚きの一鳴きを上げる。
何故なら今、エレナ達に現れたそれは──、
「……女の子?」
そう、桃色の長髪に全身を覆われた美少女がこちらを見上げていた。長髪の毛先は白く染まっており、その桃から白へのグラデーションが実に美しい。少女の無垢な表情も、彼女の顔だちの良さと非常にマッチしており母性本能が擽られた。十歳にも満たないであろう少女の小さな身体を純白の布が申し訳程度に覆っている。ほのかに漂う甘い蜜の香りと妖精にも負けない可憐な少女の登場にエレナはぼぅっとして言葉を失ってしまっていた。しかし少女が不安げに辺りをキョロキョロし始めたので、エレナは我に返って彼女に話しかけてみる。
「こ、こんにちは。貴女、お名前は?」
「!」
少女はエレナに話しかけられていることに気づくと、こてんと首を傾げた。そしてその小さな唇を開くが、
「──、──っ? ……、……!!」
──どうやら声が出ないようだ。声を出せないことで少女の表情がさらに不安げに見えた。そしてみるみる瞳に潤いが宿りはじめる。エレナ、ノーム、サラマンダーはそんな謎の少女を泣き止ませる為にあたふたとあの手この手で彼女を宥めるしかなかった……。




