72:不思議な種
──どうかお願いだ。
──見つけてくれ。
──【希望/花】を、見つけてくれ。
──【僕/私】は信じているよ。
──【妹/黄金の女神】に選ばれた【君/貴女】を。
──きっと【君/貴女】なら、【希望/あの子】の目を覚まさせることができるはずだとね。
***
「──……、」
「きゅう!」
モフモフの触感がエレナの鼻を擽った。エレナは目を覚まし、半身を起こす。ぼうっとした脳内を起動させつつ、周りの状況を確認した。
(あぁ、そうか。私……疲れてその場で眠ってしまったのか。今日は張り切って十三本も魔花を咲かせたからなぁ。サラマンダーに言われたこと、反論できないや。三人別々で修行をする日でよかった……)
長距離走後の魔花法の修行は実にハードだ。特に今日は魔力の調子がよく、調子にのって限界まで修行をしたので余計に疲労してしまったのだろう。ルーがそんなエレナに説教するかのようにべしべし尻尾で攻撃してくる。彼の言葉を翻訳すると「こんな森の中で寝るなんて! 魔物に襲われたらどうするの!? 万が一があるでしょ!!」といったところか。……尤も、黄金色の小動物にそんなことをされても愛らしいだけなのだが。
「そういえば、夢の中で誰かに話しかけられたような……そうでないような……」
夢特有の曖昧な記憶にわだかまりが生まれる。するとそこで、ルーがピンッと耳を立てた。次の瞬間、木々の隙間を軽快に駆け抜けていく。何かを見つけたのだろうか。エレナは慌ててその後を追った。
「ルー!? どこに行くの!? そっちは……っ、危ないよ!」
「きゅーう!」
ルーは何故か必死だった。いつもはエレナが突っ走っていくのを彼女が追うという形だが、今回は完全に逆の立場である。ルーが目指すのはすっかり森に馴染んだエレナでも踏み入れたことのない領域だ。あちらこちらで白骨化した魔物の死体が見え始め、エレナは唾を飲み込んだ。一応ドリアードに魔物避けの魔法を掛けてもらっているので襲われないとは思うが、不安が過る。
「ルー! 待って! ねぇってば! ──って、」
そしてその時、エレナは木の根っこに足を引っかけ、思い切り転んでしまった。じんわりと膝と掌に痛みが広がるのを感じながら「もう、なんなのよぅ!」と叫ぶ。……と、目の前でルーが地面を掘り起こしていることに気づいた。
「こら、ルー! 突然走り出してどうしたの!? ……何してるの?」
「きゅ! きゅっ、きゅきゅっ! きゅう!!」
ルーが何度も何度も地面をべしべし叩く。よく見てみるとその指された場所だけ土の色が違った。エレナはそこに触れてみる。すると──バチィッッ!! と小さな稲妻が指先から広がったような鋭い痛みがエレナの身体を走った。
「いっ……」
エレナは痺れた片手を撫でつつ、もう一度地面を見る。周りは湿った茶色の土だというのに、やはりそこだけうっすらうすい桃色である。何かあるのだろうか……。恐る恐るもう一度触れてみると、今度は何も起きなかった。優しく土を掘り返していく。そして十センチほど掘った所でエレナはふと何か小さい粒に触れた。
「……? 種?」
そう、それは種だった。こてんと首を傾げるエレナ。ルーはやけに興奮気味にその種に興味を示していた。何もしていないというのに、魔力が吸い込まれていくのを感じる。するとそこでエレナの影からエレナの相棒──悪魔サタンがにょきっと頭部だけ露出させた。
「光よ、それはどうやらただの魔花の種ではないらしい。通常、種は呼吸のように空気中や周囲の魔物から魔力を吸い取って成長していくが、それはその呼吸量が大きすぎる」
「うん、花呪文を唱えてないのに勝手に吸収されていくような感じがする。でもこれが魔花なら私が魔力を流せば花が咲くって事?」
「おそらくな。だが私は……なんとなく、その種を好まないな。それだけ魔力を貯めこんでいて、未だに芽が見えないのも変だ」
そう言って、「光の好きにするといい。私はそれに従う」とまた影の中に沈んでいく悪魔サタン。エレナは得体のしれない存在をまじまじと観察する。そしてルーがやけにエレナに懇願の瞳を向けていることに気づいた。
「……、もしかしてルー、この魔花を咲かせてほしいの?」
「きゅ!」
大袈裟に頷くルーにエレナは驚く。ルーがここまで何かに興味を示したのは初めてではなかろうか。古くからの親友がそう言っているのだから、エレナが動かないわけがない。それにエレナが気になったのは先程の夢だ。未だに記憶は曖昧なのだが、その夢で「花を見つけて」という旨の事を言われたような気がするのだ。ただの偶然かもしれないが、ひとまず修行の〆としてこの魔花を咲かせることにした。
「──咲け!」
黄金の輝きが辺り一帯を包み込む。エレナは歯を食いしばった。悪魔サタンと魔力を共有したことによってエレナの魔力量はただでさえ常軌を逸したものがさらに強化された。故に以前は咲かせるのに三十分はかかっていた魔花でも今ではほんの数分で咲かせることが出来る。しかし、これはそういうレベルではない。種を埋めた土がピクリともしないのだ。既に出力MAXの魔力を放出しているというのに!
「ぐぐ、~~~~っ、ぷはぁ、ちょっと休憩!!」
二分ほどしたところで、エレナは我慢できずに思わずその場で両手をついて息を整える。汗がポタリポタリと頬を伝って地面に落ちた。
(足りない。この魔花を目覚めさせるための魔力があと一歩足りない……)
エレナはこの悪魔サタンと共にある自分でも咲かせることが出来ない魔花があることに動揺を隠せなかった。しかし、魔力量が足りないとなるとどうしようもない。どうしたものか、とエレナが迷っているとふと背後から気配がした。勢いよく振り向く。そこには、
「──エレナぁ!!」
「ノーム!?」
ノームがエレナに思い切り飛びついてきたのだ。ドリアードとサラマンダーもこちらに駆けてくるのが見えた。ノームの身体が火照っているので、どうやら彼も全力でここまで走って来てくれたらしい。
「エレナ、心配かけさせるな! ドリアード殿からあまり離れてはいけないと言っているだろうに!!」
「う、ごめんノーム……」
ノームは素直に謝るエレナに優しく微笑むと、「無事ならいいさ」と再度胸の中にエレナを閉じ込める。ドリア―ドとサラマンダーはそんなノームにやれやれと言いたそうな表情だ。
「エレナ、怪我はないか!? 魔物に襲われなかったか!? 突然、走り出すものだから我は驚いたぞ」
「転んだりしたけどもう治ったよドリアードさん。それよりちょっと不思議なものを見つけたんだ」
エレナはルーがやけに気に入っている種のことを話した。ドリアードはその種を見るなり、ゴクリと唾を飲み込む。どうやら、それが何かは分からないがとてつもない魔力を持っているのは分かるらしい。ルーが落ち着かなさそうに尻尾をぶんぶん振っているのを見て、ノームが顎に手を当てた。
「うむ。ルーが興味を示している辺り、おそらく害悪なものではないだろう。それならば──余とサラマンダーとエレナ、三人で魔力を送ってみるのはどうだ?」
「あ、それはいいかも。サラマンダー、手伝ってもらえるかな?」
「う、」
エレナの「お願い♡」にサラマンダーはぐ、と口を結ぶ。本心では頼られたことに浮かれつつ、「付き合ってやらんこともない!」とぷいっと顔を逸らした。これはいつもの彼のOKサインだということをエレナとノームは理解する。そうと決まったところで、エレナを真ん中にノームとサラマンダーが種を埋めた地面へ手を掲げた。ドリアードは森の管理に魔力を割いているので、それを黙って見守る。
そして三人同時で──
「──咲け!!」




