64:助っ人
「シルフ、お前……っ!!」
ノームは思わず握っていた剣を落としそうになったがその前に我に返る。民衆が自分を見ているのだ、剣を落とすわけにもいかない。魔力は限界だがまだ手も足も動く。……まだ、戦える。
──が。
「なっ、」
どしん、と地面が揺れる。ノームのすぐ傍に太い棍棒が振り落とされたのだ。地面に先が埋まった棍棒を恐る恐る視線で辿ると──そこにいたのは勿論、トロールだ。しかもそれだけではない。先程撒き散らした樹人達がいつの間にか全て燃え尽きているではないか。つまり魔族達が解放されてしまっているというわけだ。セロはクスリと口角を上げた。
「お疲れ様マモン。よくやったね」
「……偉大なるセロ・ディアヴォロス様の為ならば」
ノームはそこでセロの後ろに丸眼鏡をかけたエルフがいることに気づく。さらによく見てみると、彼はテネブリスで見かけたエレナの友人のはずだ。彼の目も赤いことから、おそらく彼も悪魔だろうが……。
……と、ここでノームの腹に激痛が響いた。体が吹き飛ばされる。セロが風魔法によってノームの腹を切り裂いたのだ。なんとか切り傷で済んだが、彼が本気を出せばたった今ノームの腸が無残に飛び散った事だろう。ノームは腹を抑え、自分に視線を落とすセロを睨みつける。ノームには一つだけ、理解できないことがあった。
「ど、うして、悪魔のお前に、大天使の加護が宿っているのだ……っ?」
そう、それはセロが勇者の風魔法を使用していることについてだ。風の勇者は大天使ガブリエルの加護を受けているはずだが、大天使が天敵であるセロに己の加護を授けるはずがない。それなのに何故──否、ノームの中には既にその答えが分かっていた。ぎりっと鳴るほど歯を食いしばる。セロはあっさりとその答えを吐いた。
「──あぁ、それはボクが本物の“シルフ”という風の勇者の身体に寄生しているからだね。この身体の本来の魂はもはや虫の息だよ。勇者の加護でどうにかそれが維持できているようなものなんだ。だから大天使も彼の魂を死なせるわけにもいかないから加護を解除できない。つまり身体に寄生しているボクも風魔法が使えるってわけ」
「……っ、外道め……」
ノームの言葉を褒め言葉として受け取ったのか、セロは機嫌よく頷いた。そうして先程からセロに熱い視線を送るレイナににっこり微笑む。
「それじゃあレヴィ。マモンが魔族達を動けるようにしてくれたから、君の能力を彼らに追加で発動させてくれるかな? そうすればもっと盛り上がると思うんだ」
「はいセロ様、貴方の為なら喜んで! ……“再定義”!! ……ぐっ」
レイナが呪文を唱えると同時に獣のように唸る魔族達の瞳が血のように染まり、さらに興奮した様子を見せた。涎を散らし、牙を剥き出しにして民衆達に襲いかかっていったのだ。悲鳴が上がった。ノームはすぐに民衆を助けに行こうとするが、セロの風の刃に背中を切られて再度地面に倒れてしまう。
「ぐっっ!! ……しまった、このままでは……っ、」
ノームは地面の土を握りしめ、攫われそうな意識をどうにか保つ。ぐぐ、と身体を起こそうとしても力が入らなかった。ノームの視界に影が差す。セロが好青年の笑みを浮かべたまま「さようなら、ノーム殿下」と残酷に言い放った。ノームは歯を食いしばり、必死に足掻こうとするが──
──ドシュッ。
その場にいた全員が、目を奪われる。
ノームの身体はセロの風魔法によって無残に真っ二つに──なっていなかった!!
「──我の大切な家族を、利用しているというのはお前か」
セロの風の刃を闇が打ち消す。ノームは薄い意識をどうにか保ったまま、顔を上げた。
その先でノームをセロから守る様に立っていたのは──骸骨頭の、魔王だ。
「あな、たはっ!」
「ここまでよく耐えたなノーム・ブルー・バレンティア。お前の傷はエレナに治してもらえ」
「っ!? エレナ、だと……!?」
「──ノーム!」
ノームの身体が、ピクリと揺れる。恐る恐る名を呼ばれた方へ首を向けると──そこにはサラマンダー、ウィンと共にこちらに駆けてくるエレナがいた。エレナはノームの半身を抱き上げると、その顔を覗きこむ。
「ごめんノーム、助けに来るの遅くなっちゃった」
「……えれ、な……」
ノームは嗚咽を漏らした。そして震える手をエレナに伸ばす。エレナはそんな彼の手を受け入れると、そのまま己の手を重ね──指を絡ませた。そして、治癒魔法を彼の身体に施していく。ノームは黄金の輝きに包まれるエレナに愛しさが溢れた。何度も何度も、彼女の名前を呼んで泣きじゃくる。エレナはそんなノームの額に自分の額を宛がった。
「もう安心して。私もパパも、貴方の大切なものを守るためにここに来たんだ。実は私はちょっと早めにここに来てて、サラマンダーとウィン様をこっそり治癒してたんだけどね。しかもパパだけじゃなくて、最強の助っ人達も連れてきたんだから!」
「最強の、助っ人……たち?」
首を傾げるノームにエレナは力強く頷いた。




